未來 十二 昔語り 15 (継との絆)
追加部分です。
秋と継一の話し合いは散々な物だった。
紅時の女の力では引き摺られてしまい、吉野と婆が体ごと抱き締めなくてはならなかった。
継一が言葉一つ発っそうとすると、秋が立ち上がって殴り掛かろとする。直ぐに紅時が下半身を抱き止めて吉野が秋の腕を止めた。
何も話し合いにならず『継を返せ』と怒鳴った。
継一は反論もせず、殴られた侭帰って行った。
紅時は秋の側を離れられなくて、婆にでんでん太鼓を渡しす。庭先で継一に婆が追い付くと「旦那様」と小さく叫んだ。
継一が振り替えると濡れた手拭いで、顔の腫れを冷やしていた。
夜風がざわざわと靡いている。
「秋を頼む。損な役回りばかりで申し訳ないが……。」
継一が溜息混じりに言葉を付いた。
「旦那様は何かをしょうとしているのは分かります。紅時さんや坊っちゃんが何か関係があるのでしょう……。ならば坊っちゃんを御助け致します。旦那様も時子様を責めないて上げて下さい。」
「毛頭、責める気はない。紅時が時期が来れば分かると云った意味が分かったよ。今が時期なのだな……。継が明継に変わる。」
「紅時さんは此の様になるのは分かって居た様です。確かに時子様なら旦那様の子供を、放って行く筈がありません。当たり前の様に奥様の考えを蔑ろになさっているのが見ていて辛いです。」
「しかし、親子を裂くのは辛い……。」
「母と子を離すのは生木を裂く様な物です。気丈にされてる紅時さんが可愛そうです……。」
「ならば私が其の罪を被ろう。時子には知らせない。私が皆に嘘を付いているのだからな……。」
「旦那様は坊っちゃんの我儘に付き合っただけではないですか……。身分を偽るのがどれ程大変かと思うと……。継坊っちゃんが拐われたのも、全ては其処から派生しているのですから……。」
継一が自笑ぎみに笑った。
「まだ旦那様と呼んでくれるのか、婆は……。」
「伊藤の家督は既に旦那様の代になりました。もう戻れない処迄来ているのですよ。」
「肝に免じておく……。」
婆がでんでん太鼓を継一に差し出した。
「紅時の意思か……。ならば伊藤 明継として立派に育てよう。留学もさせる。我々の末子として大切育てよう。」
継一が婆の手からでんでん太鼓を握る。
「常継様と時継様には何と云って納得させるつもりですか……。」
「簡単だ。赤子が未熟児で、病院に静養させていたと云おう。時子だけに話を合わせる様に伝える。嘘を突き通す。時子にも其の覚悟はあろう。」
「妾の子では時代が許しませんからですね。」
「大丈夫だよ。嘘は慣れている。」
「紅時さんも酷な事をさせますね。」
「其だけ重要なのだよ。伊藤 明継と云う存在はな。私も初めて新しい人生を歩めるのは、紅時の子供、明継のお陰だと思ってる。まあ、憶測だがな……。」
「坊っちゃん達には因縁がおありなのですね。正しき道を御行かれますよう、願っておきます。」
婆が深く頭を下げると継一が歩き出した。もう、振り替える気配は無かった。
秋が紅時を抱き締めながら震えて居た。
「秋さん。大丈夫ですよ。時間が解決してくれます。」
紅時は力一杯抱き締めて居た。
「紅時迄居なくなりそうで恐いのだ。側に居て居おくれ。」
吉野が困った顔をしていて婆が部屋に入ってくるなり、駆け寄った。
「秋さんの様子が可笑しいの……。」
「誰だって子供に何かあれば、ああなります。坊っちゃんが弱い訳では有りません。」
二人に気が付いた紅時が微笑んだ。
「二人とも伊藤の家へ行って下さい。継がぐずって寝られないでしょうから……。時子さんの御手伝いを御願いします。」
「しかし其れでは余りにも、坊っちゃんと紅時さんが不憫で成りません。」
「大丈夫よ。初めから二人だけだったではないですか……。婆が居てくれたから村の娘に慣れた。私達夫婦は一から、やり直せばいいのです。」
紅時は笑っている。
婆が黙って頷いた。
「何時でも御呼び下さい。必ず馳せ参じます。」
吉野の手を引くと扉を開いた。
「母さん。流石に、秋さんを紅時さんだけで繋ぎ止めるだけの腕力はないわ。残りましょうよ。」
扉をしめると、婆が出口に向かった。
「あの二人は大丈夫よ。坊っちゃんが、伊藤の家に乗り込む事はないわよ。過去の事で継一様には仮があります。坊っちゃんにだって、自尊心があります。」
「其の様な物かしら……。」
「大方、因縁が御有りなのよ。だから紅時さんは大丈夫と云っているのだわ。」
婆と吉野が帰った後、虫の音が鳴り響いていた。
「大丈夫ですよ。秋さん。」
二人っきりになった秋と紅時は体を寄せ合っていた。
「紅時は辛くないのか……。俺よりも、母親の方が辛かろう。父親らしい事もしてやれなかった……。只無念だ。此から楽しい事を色々教えてやろうと思って居たのだ。畑にすら連れて来てやれなかった。川にも山にも……。何処にも見せてやれなかった。」
紅時は複雑な顔をしていた。
彼女は秋の云う言葉を頷きながら聞いている。只、継の名前を聞くと泣きそうな表情をしていた。
「してやれなかった事を悔やむのは、別れてしまったからだな……。俺は伊藤の家には、近付けない。捨てて来た物が多すぎる。」
秋が紅時の膝枕でうとうとしている。
怒鳴り疲れたのと畑での重労働で体力を削がれているのだ。
「継の話は止めましょう。もう話すだけ悲しみが増します。」
紅時は顔を背けている。
秋が腕を上げて紅時の髪を撫でた。其れから頬に触れた。
紅時が慈しむ様に、掌を添えている。
「此れからを考えましょう……。継には会えないけれど継の兄弟が居たって構わない筈です。」
秋が徐に起き上がると、紅時に口付けした。
嫌がる素振りは見せない。秋の背中に腕が回される。
「紅時が許せるなら……。」
秋が呟くと紅時の着物と胸に手を滑らせた。
晒しが巻かれている胸を鷲掴みにした。
「痛い。」
紅時が苦痛で顔が歪む。
晒しに湿り気を感じて秋は腕を引っ込めた。直ぐに彼女は立ち上がり、土間に掛け降りた。
流し台に体を預け、晒しを捲ると乳を出している。
お椀の様に丸々とした乳房から勢い良く母乳が出て来ていた。反対側の乳からも先端から滲み出した母乳が滴る。
肌の薄い処には血管が青筋を立てている。
片方が出終わると紅時は乳が元の大きさになる迄乳首を絞った。交互に乳房の痛みが消える迄母乳を出している。
其の必死な形相に秋は声を掛けられなかった。
紅時が落ち着いて乳を手拭いで拭いてから、新しい手拭いを胸に挟んでいる。
水洗いで手拭いに染み込んだ色の変わった母乳を洗っている。
「紅時……。大丈夫か……。」
紅時の側に近付き横顔を見た。
一筋の涙が流れている。
秋は紅時を抱き止めると彼女から涙が溢れて来た。流れては、出て、流れては、伝い、まるで、今流した母乳の様に溜まっている。
「今頃、継が泣いています。まだ、御乳を飲んでいるのに……。」
紅時は音もなく秋の体を強く抱き締めた。背中の着物の生地を握る。
「早く、二人目を作ってやろう……。」
秋は直ぐに紅時を抱き上げた。
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