表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】倫敦《ロンドン》  時折《トキオリ》、春 〜君を辿って〜   作者: 木村空流樹
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/138

過去 八 下男の少年

 人力車(ジンリキシャ)の上で、明継(あきつぐ)が目を(ツブ)って、紅を思い出していた。

 カタカタと揺れれば、首が揺れた。


「本心では、離れたくないんだな……。」


 昨日、佐波(さわ)に、『紅を宮廷に帰す』と云うと、心が軽くなった。()れは嘘ではない。だが、田所 節(たどころ せつ)の登場で、いとも容易(タヤス)く、理性が飛んだ。


()の感情は、初めてだ。」


 愛情でも、悲壮感でもない感情。


 明継は首を(ヒネ)った。

 (マブタ)の裏に、何時(イツ)もの紅の笑顔が思い出された。

 初めて紅と出会った梅ノ木の下での表情とも違う。


 明継にだけ寄せられる微笑。


「独占欲か。」


 独り言を呟く明継には、流れていく街並みを楽しむ余裕はなかった。抱いた感情に戸惑(トマド)いながら、長い息を吐いた。



 聞き覚えがある其の単語。

 (ナン)か月前かに、聞いた覚えがある。

 明継は、腕組みしながら、思い出そうとした。


「ああ……、下男(ゲナン)()っていた……。」


 明継の記憶が過去へと(サカノボ)る。

 ()れは、昼間の仕事休みの事だった。

 皇院(おういん)の別邸近く、梅ノ花が咲く前の時期。肌寒い中、弁当を食べようと、梅ノ下に座り込んだ時だった。


「伊藤殿も、お昼ですか……。」


 若い少年が、明継を(ノゾ)()むように立っていた。


「ああ、君か。」


 明継の顔に笑みが(コボ)れた。


()久しぶりです。伊藤殿。」


「其うだね。」


 下男は、明継の隣に腰を下ろし、着物の(スソ)を正した。手に持っている竹の(ツツミ)から、握り飯を出して、頬張(ホウバ)る。


()手製の弁当ですか……。」


 下男は、云った。屈託(クッタク)のない表情が印象的だった。

 明継の胡座上(アグラジョウ)に布と、弁当のわっぱ箱が開いてある。


「私は、料理は苦手です。出汁(ダシ)を取るのがどうしても、(ウマ)く行かなくて……。」


 口の中から喉に呑み込んだ明継。


「自分で作るのを、(アキラ)めました。」


 明継は、紅が作った弁当を見詰める。


「伊藤殿は、家に料理人が()るんですね。」


 紅の顔を思い出しながら、首を(ヒネ)った。

 割烹着を身に(マト)った後ろ姿で、沢庵(タクアン)を切っていた。


「料理人と()うと、語弊(ゴヘイ)がありますね。」


 綺麗に詰められた弁当から、麦ご飯をつついた。

 ((コウ)も今頃、同じ品物を食べてるだらうか……。)とほくそ()み、口に運んだ。


「愛妻弁当ですか。」


 明継の箸からおかずが(ゴボ)れ落ちた。


「すみません、妻はいません。」


 飯を頬張(ホオバ)律之(りつの)と、視線が(カラ)まる。


「何度も、からかわないで下さいよ。毎回、毎回、()う度に、妻と()わないで、下さい。」


 明継は、()の時代では、適齢期で祝言を上げているのは、普通であった。だが、本人は気にする素振りもないので、周りの仕事仲間達は言葉に出さなかった。

 なので、余計に(ウワサ)だけが流れた。特に、下女(ゲジョ)の間だったが……。


「伊藤殿は、()御人(ゴジン)大層御気(タイソウオキ)に入りですね。其れを妻と呼ばなくて何と敬称(ケイショウ)すれば、宜しいか………。」


 明継は、言葉を詰まらせた。

 (紅との関係、主従関係しかないか……。)と、思ったが違う気がする。

 少し(ホホ)が赤らんで来た。


「私にも解らない……。」


 明継は眉間に(シワ)を寄せた。

 考えた事すらなかった。今の紅の立ち位置など、何も考えた事すらなかった。


「絵姿(ナド)は有りませんか。」


 明継は、咄嗟(トッサ)に否定した。


「無い、無い。辞めてくれ、撮ってないよ。律之(リツノ)さんは、人が悪い。」


 律之は、塩握り(シオニギリ)を、頬張る。

 明継も、飯をかっ込み始めた。紅が作った飯は、微かに甘かった。


「伊藤殿の飯は、見たこと無いオカズばかりですね……。一つ頂けませんか……。」


「嫌、嫌……。御渡し出来るもの、何てありませんよ。」


 律之(リツノ)がわっぱを、畳んで、(タモト)に入れ、梅ノ木を眺めながら、空を(アオ)いだ。

 枝から、白い空の輪郭が見える。


「彼が作った物は、一つも渡せないと……。」


「へっ。」


 明継の喉から変な声が漏れる。


「其の人が触った物すら、触らせたくないんですよ。」


「其んな事はありませんよ。」


 意味が解らず、秋継が、 咄嗟(トッサ)に否定した。


「見た目に()らず、独占欲が強いんですね……。」


 明継は、「其んな事ありませんて……。」と小さい声で呟いた。


御馳走様(ゴチソウサマ)でした。また、お会いしましょう。」


 律之が、着物を翻し、去って行った。姿勢を正し、背中を見詰(ミツ)めた。


 紅と後ろ姿がだぶって見える。

 律之の方が、幾分か肩幅が広い。着物を()いている彼よりも、紅の方が腰周りが細かった。手首も、紅の方が華奢(キャシャ)だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルフアポリスにも登録しています。 cont_access.php?citi_cont_id=675770802&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ