未來 十二 昔語り 6 ( 帰宅 )
秋と紅時は御国に戻る前に継一に文を出した。
汽車に揺られながらゆっくりと帰還する。
傍目には、兄が妹を連れて旅をしている様に見えるだろうが二人には関係なかった。
紅時は思い出話の様に未來の令和の話をした。此れから飢饉や、戦争が起こる事を、どうしたら生き残れるかを話した。
秋は年表を作り自分の年齢と紅時の年を書いていった。巻物に整理した時に継一に報告をしょうと決めた。
秋の家に着くと隙間から灯りが点って居るのが解った。
紅時を木の後ろに隠し、黙る様に身振りをした。
硬い枝を拾い扉を開ける。
「誰か居るのか……。」
秋は声を張り上げた。
空間に木霊が反響する。
水場で、驚いて、婆が動くのを辞めた。
「坊っちゃん。如何なされました。」
婆は直ぐに掛け寄って秋の顔を見た。今迄身なり等、気にしなかった秋の姿に声を出して、笑った。
「こう様に会えたのですね。其れでこう様は何処です……。」
「婆が何故家にいるのだ……。伊藤家に返したはずだが……。」
「継一様の命令です。坊っちゃんの家と畑の管理をしておりました。流石に一人では無理だったので、近所の方や下男が助けて頂きましたよ。」
障子を開く音がする。
継一が憮然とした態度で立っている。彼は摺り足で近づく。土間迄降りず下を見下ろした。
「紅はどうした……。」
継一を確認すると秋が後ろを振り向く。
「紅時おいで……。」
木陰から紅時が安心した顔を覗かせる。
枝を家の脇に投げてから手を降った。
紅時が早足で近付くと秋の隣に寄り添った。先に紅時を家へ入れた。
「二人共、紅時だ。」
先に彼女が入ると、継一が溜息を吐いた。
「禿だ見て解る……。」と諦め口調で云った。
紅時は申し訳なさそうに下を向いている。
「婆は紅時に家の事を教えて欲しい。不馴れな点も多いが素直な子だから大丈夫だ。」
婆が紅時を手招きし部屋の中へ案内する。浴衣に着せかえる為だった。
「先生……。」
紅時の頭を撫でると秋が笑った。
「秋で良いよ。もう私の家族なのだから……。」
婆が其の姿を見て頷いた。
「紅時さん。これからは私も身内だと思って何でも聞いて下さい。坊っちゃんの為に御願いします。」
障子が閉まると継一が立っている側に腰を下ろし、秋は草履を脱いで足を拭いていた。
「御免な。心配を掛けて……。」
「禿を妻に選んだのは仕方がない。私もこうなる事は解っていた……。髪型が伸び所作が婆で直れば良いが……。半年は家の外には出すなよ。秋の要望に答えて啓之助も連れて来ている。明日から読み書きは、問題はない。」
「有難う。寺小屋に通わせるだけ紅時が可愛そうだ。まず慣れるまでは半年は掛かるな……。もう決めた事だ……。紅時を守るよ。」
「やはり彼女が紅か……。」
「女の子だったよ。まだ幼い。」
「訳が解らないが、紅は今世を女に選んだのか……。今迄の人生を否定する様だな……。」
「其れは紅時が決めれば良い。女だろうと、男だろうと、紅はこうだよ。」
継一が深い溜息を長く吐いた。彼は秋の側に座ると、片手を出した。
「身請け金が残ってるだろ……。出せ。」
秋が手を拭うと、懐から巾着を出した。
「大分、残ったぞ。太夫が口を聞いてくれて、話が早かった。彼女が居なかったら今頃、揉めてるよ。」
渋い顔をする継一が中身を確認した。
「思ったより残ってる……。勘定の出来る太夫で良かったな。普通なら嫉妬で妨害しそうな物を良く出来た女だ……。」
「其の様な感じはしなかったぞ。紅時を妹とも云ってた……。」
継一が巾着を縛ると、又秋の胸に押し当てた。
「待て……。今、妹と云ったか……。」
「ああ。」
秋が押し当てられた巾着を掴む。
「太夫の名前は佐波と云わなかったか……。」
「否。名前までは知らないよ。紅時に聞けば解るだろうな。」
秋が頭を掻いた。
「其うか……。今日は休め。大盥に湯でも張れ。少しは、疲れも飛ぶだろう。」
継一が身体を捻り障子を開いた。
「使え。此れからは紅時の物を揃えなければ為らないだろう。」
秋が呆気に取られた。
「有難う。」
秋の言葉と同時に閉まった。
交代に婆が出て来た。隣には襦袢姿の紅時が居た。
「肌の汚れが酷いので、湯浴みをさせてあげたいのですが……。」
「継一にも云われたよ。大分旅が大変だったみたいだな……。待ってろ。大盥を持ってくる。」
秋が納屋から大盥を持って来ると、婆が二人の着替えと大量の湯を沸かしていた。
婆に巾着を渡し貴重品の入る箪笥に仕舞わせる。
「紅時も見ておいで家の事を覚えるといい……。」
秋が指示すると紅時が頷き、後を追った。
秋が着物を脱ぐと、洗い桶に投げ入れた。
其の後に湯を大盥に満たす。湯気が上がりながら、土間を暖かくした。
「此の様なものか……。」
手拭いに湯を浸し身体を拭く。確かに色が変わっている。肘や脛の皮膚の色が変わっている。数回拭くと色も変わらなくなった。
全身を拭き取るだけの時間があった。
野良仕事の為に付いた筋肉は落ちはしなかった。
腕と上腕に付いた筋と血管が力仕事の賜物だった。中腰でする作業も多いためか脹ら脛と尻が上がっている。理想的な体型だった。
婆と紅時が帰って来ると、褌姿の秋が居た。
「坊っちゃん……。」
上半身を拭き直している秋が紅時と目が合った。
直ぐに彼女は上を向いた。幾度も瞬きをしている。
「婆。悪いが呼び方変えてくれるか……。もう只の農民なんだからさ……。紅時も秋でいいからね。」
紅時が下を見ながら恥ずかしいそうに呟く。
「あき……さん……。」
雪駄を引っ掻けた足で紅時に近づくと、板場に居る彼女をひょいと抱き上げる。軽々持ち上がる少女が秋の体にしがみ付こうとはしなかった。
「坊っちゃ……」
婆の驚いた声が悲鳴の様に響いた。
秋が支えている体重の軽さに驚きながら、紅時を見上げた。
「まだ幼いから、風呂位同じで構わないだろう。」
裾除けだけ残し上襦袢を解いて、片手で脱がせた襦袢を洗い桶に投げた。
些か抵抗した様に紅時を感じたが、力技で脱がしてしまう。
上半身の肌が露になった紅時を湯を張った大盥に降ろして、秋は微笑んだ。
「まだ、温くはあるまい。」
秋が手桶で肩から湯を掛けている。
紅時の華奢な首から腕を通って湯が流れていく。
紅時の顔が引きっつているのにも気が付かない。婆が慌てて土間に降りてくる。
「どうした。紅時……。」
少女は自分の肩を強く抱き締める様に前屈みになって、湯に腹まで浸かっている。
「背中ばかり掛けても暖まらないだろうに……。緊張してても仕方ない。慣れて行かないと行けないだろ。」
秋が手首を掴んで紅時の腕を開らく。
弱い力で腕を横に引っ張った。
「あっ。」
紅時が呆然とした声を出す。
秋にまだ、未成熟な膨らみが見えた。
紅時が必死に隠して居たのは、胸だったのだ。
秋の力が緩まると、直ぐに少女は、肩を抱き直した。
秋は、何故か失念して居たのだ。紅の記憶がないのに紅時が少女で有る事に……。本能的に少年と接する対応をしていたのだ。
「す、すまない……。」
秋は紅時の肌から視線をずらした。
婆が洗った浴衣を秋の肩から被せた。
皺を称えた掌で、秋の肩を二度叩いた。
婆の顔を見た秋が申し訳なさそうに、婆の浴衣の裾に腕を通す。
秋は立ち上がると板場に近付き置いてある帯を持ち上げ、腰に縛った。
「婆、後は頼む……。」
秋が背を向けて去ろうとした時に、紅時の声がする。
「先生。違うのです。只先生に見られるのが、恥ずかしいだけで……。否な訳ではありません……。誤解しないで下さい。」
婆が紅時の背中を流しながら、笑った。
「秋様を異性として意識しているから、恥ずかしいのですよ。此れ位のおなごにまだ、羞恥心は有りません。妻として連れて帰ったのでしょう……。廓から来たのなら尚更身構えてしまいますよ。」
紅時の顔が赤くなった。
秋の身体が紅時の方へ動く事はなかった。
「今日は婆の部屋で眠らせてやってくれ……。」
秋は言葉少なに其の場所を離れた。
板場から障子を開けて自分の部屋に入った。二組の蒲団を見ながら一つに潜り込んだ。
「紅を妻に……。」
現実味を増した紅時との関係に戸惑いを隠せない秋だった。




