未來 十二 昔語り 2 (京吉原)
継一の話で秋は京の吉原に来ていた。
彼は、継一の話を思い出しながら、昼見せの数十分前の大門で吉原が開放されるのを待っていた。
物見雄山が多い、昼見せを狙って紙を握り締めていた。
「話を戻すが、紅に似た稚児がいたと云う事しか解らない。話し掛けた訳ではなく店に入って行った事と禿で有る事しか解らない。」
「調べる時間すら無かったのか……。」
秋が落胆していると継一が悲しそうな顔をした。
「調べるには手持ちが無かった……。京吉原に寄るのは初めてだった。只の客の付き合いでしかなかったしな……。」
「自分で行くから気にするな。今迄の紅に対する話だと男ではないのか……。吉原の禿ならおなごで確定ではないか……。」
「時子には伏せてあるので何とも云えないが、紅の顔に間違えはない。」
秋が小馬鹿にした顔をした。
「確かに吉原に行った等カミさんに口が裂けても云えないな。」
「時子は気が強い。」
「そろそろ時子さんに私の事を打ち明けても良いのではないか……。」
継一の形相が怒りに変わった。
「其れは出来ない。」
秋が意外な言葉に目を丸くした。
「何かあったな……。教えてくれよ。」
継一は苦虫を噛み締めた顔をしている。
時子の口から、令和で転生した時期、秋継と夫婦だった事を話された。継一は長い呼吸をすると表情を戻した。
「御前に話しても意味がない。」
太々しく云いはなった。
秋が微笑みながら、腕を小衝いた。だが継一は口を一文字にしている。
「紅の諜報を教えないぞ……。」
「解った。解った。話を続けてくれよ。」
継一の表情は変わらなかった。
袂から文を取り出し秋に渡した。内容は場所の地図らしかった。
秋が一読すると、目が輝いた。
「紅の場所か……。京吉原に居るのか。其の様な場所に可愛そうに……。今直ぐにでも迎えに行きたい。吉原なら身請け金が必要だ。すまない。銀をくれないか。返せる宛もない。」
継一が眉を潜めた。
大きな溜息と共に首を振った。
「御前から銀を取ろうとは思わない。伊藤の家を継がなければ私の今の地位はないだろうし、時子とも一緒に慣れなかった……。本当は御前が持つ物を貰った様なものだ。」
「継一……、継一様。すまない……。」
秋がほっとして居ると、継一が思い出した様に言葉を発した。
「一つ頼みがある。時子が来ても身分を明かすのを私に任せてくれないか……。良いと云う迄自分が『秋継』であると名乗らないでくれ……。ならば、金を出そう。」
「其の様な事で良いのか……。ならば問題ない。紅の為なら黙っているよ。確かに、金と銀を貰いたい。禿とは云え京吉原だから幾らになるか解らない。」
村人になって数十年も経ってしまった秋は、予算が解らないのだ。使えていた婆も伊藤家に返し、時子の三人息子の世話に追われていた為長い間、独りで生活をしていた。
其の分村人との仲が良くなり、畑仕事を手伝ったり助けられたりしていた。
「禿なら銀で足りるだろう。だが出し惜しみされるかも知れない。客さえ居なければもう少し解ったかも知れない。すまない。」
「大丈夫だ。まだ紅と決まった訳ではない。何故か解らないが過去の記憶が無いけれど、あの子だけは分かる気がするのだ。名も知らぬのに不思議だな。」
継一は悲しい瞳をしていた。自分には明継が何度も斬首される記憶がある。だが当の本人は記憶が無い。或る意味幸せだと思った。そして今違う人生を生きてる幸運に感謝した。
「紅と秋継の繋がりが強いのだよ。だから私が話し掛けても紅かどうかも解らない。今日にでも向かうのか……。」
「ああ、皆に朝、報告してから旅つ。丁度冬で良かった。畑を任せないと行けなかったからね。」
「其うだろうと思った。」
継一が袂から又何かを出した。秋に投げる。彼は空中で受け止めると巾着を開いた。
「用意が良いな。」
様々な形の金と銀が入っていた。此だけ在れば楽に旅が出来る。だが無駄遣いをするだけ秋は裕福な暮らしをしていなかった。
「釣は返す。紅さえ連れて帰れれば、其れで良い。」
「なら尚更今しかない。紅が新造に成ったら客が付いてしまう。瘡毒になったら終わりだ。」
「確かに出会って病気に成られていたら辛すぎる。京吉原には独自の決まりがあるのだろ。禿に会うには、一度使えて居る遊女に顔見世しなくてはならないよな。」
「其の時に顔だけではなく、紅と話は出来るだろうか。」
継一が京吉原について説明してくれた。有名な遊廓の三大吉原に、京都にある紅が居る京吉原についてだった。
最も有名な遊廓、江戸吉原と同じ独自の風習を得た女郎屋の集まりだ。
集落の回りを堀で堅め女郎が逃げない様にしてある。
初回は遊女に初めてあう会食の事。裏を返すとは二回目に遊女に会い会食する事。馴染みとは三回目以上遊女に会い男女の関係になるか、もしくは会食で終わり通い詰める。馴染みになったら遊女を変える事は出来ない。
男が馴染みに以外の遊女に会うと、店の男衆にどつき廻され見せしめに引き擦られて界隈を一周する。
女郎にも階級があり、『呼び出し』、『昼回』、『付廻し』とあり、低い女郎には『鉄砲』となる。瘡毒になる可能性が高いからだ。
呼び出しは所謂、太夫の事である。花魁とも云う上級遊女である。
禿は優秀で或れば或る程、上級遊女に使えている。
将来を太夫候補として育てられるのだ。
「紅が花魁に使えて居たら、茶店で振る舞わないとならない……。大店の客には成れないぞ。」
茶店茶屋とは、太夫がいる大店の中継ぎになる。
「だから金がいるのか……。もう憂鬱にしかならない。」
秋が溜息混じりに云った。紅を連れて帰るのに、難題が在りすぎる。
「私が出て行くともっと、出し惜しみされるぞ。秋が動いた方が良い。」
「金が幾ら在っても足りない。」
「まだ大店の禿と云う事しか解らないから、何とも云えないが……。紅だったら連れて帰るのだろう。交渉は端的に値をつり上がらせるな。」
「やれるだけやるさ……。」
秋は行灯の明かりを眺めて居た。ゆっくりと揺れる炎は、秋の心情を物語って居た。
其して、大門の前に居る秋へと意識が戻って来る。
扉がゆっくりと開く音がした。
秋の不安と期待に胸が踊った。まだ、肌寒い中、布を顔付近迄擦り上げた。
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京吉原は、資料が少なく、江戸吉原を参考にしています。