結:そして2人は結ばれる…のか?
広いベッドで目蓋を開けると、手の届く距離に癖のある黒髪が艶っぽく枕に埋もれている。
さわ、と撫ぜると心地いい。
彼も少し笑って、秋茜の柔らかい髪に指を梳き入れた。
額をこつんとぶつけて、そのまま肌を重ねる。
温かく、幸せな時間。
髪を梳いていた長い指が、頬をなぞり、つー、と首筋を甘やかす。そして……
「っ!!!」
ガバッと身を起こした秋茜に、いつものようにベッドの脇のテーブルで本を読んでいた黒髪の男性が驚いて振り向いた。
「な、なんだ……? まだ夜明け前だが」
橙の薄明かりが窓の外に広がりつつある刻限。
「ゆ、ゆめ……」
なんという恥ずかしい夢。秋茜は両手で顔を覆った。
頬から耳にかけて、とても熱い。
「秋茜?」
「……なんでもないです……」
深呼吸を何度かして、火照った身体を冷ます。
誤魔化すように、秋茜は彼が読んでいた本を覗き込んだ。
「見たことのない文字ですね。読めるんですか?」
「ああ、スウェーデンという国の民話集。蛙の呪いがキスで解ける話ってどこかにあるのかなと思って、ちょっと借りてきた」
「……で、あったんですか?」
「あったよ。にしても、なんでキスで呪いが解けるって発想なんだろうな」
「ロマンチックじゃないですか」
「白雪姫だって、王子が棺を揺らしたから毒林檎が喉から出たっていうのが原典だし、……だいたい初対面でされて嬉しいか?」
「……えっと。好きなひとじゃないと、気持ち悪いですね」
秋茜はようやく火照りが冷めた身体でベッドから抜け出す。
彼女は今、彼と同じく魔法で人間の姿をとっている。
彼と過ごすなら人間サイズの方がコミュニケーションがとりやすいから。
「そうだ、言い忘れてたが。おはよう」
「おはようございます」
すっと微笑んだ彼の頬に、秋茜は唇を寄せる。
好きなひとだから。息遣いが聞こえる距離感が嬉しい。
それが彼女の愛情表現なのだと、彼も拒否することはない。
彼は、す、と一度身を引いて、秋茜の後ろ頭に手を回し、髪を梳いた。
撫でられる感触が心地いい。彼はそのまま優しく秋茜を引き寄せる。
東雲が秋茜の唇を奪って以来、時折彼はそれを真似ることがあった。
この先もずっと一緒にいるために、彼なりに歩み寄ろうとしてくれているのが分かる。キスだけでとろけそうになるので、その先の問題はひとまず据え置き、今はそれで十分だ。
治ったはずの動悸が復活して、甘い吐息がはあ、と漏れる。
ぽんっ
「あっ!?」
急に、秋茜の変身の魔法が解けた。
小さくなった秋茜は、はわわ、と夫の視線の先を辿る。
「東雲……!」
彼はまだ、空中庭園に居座っていた。
そして、こうして時折、不意に訪ねてくるのである。
“東雲の前では秋茜は変身の魔法を使えない”……かわいい呪いであるが、こう邪魔をされると、最初からこれが狙いだったのではと疑いそうになる。
「な、何の用ですか、こんな朝から」
「なんだよ。日が昇りゃあ6時だろうと9時だろうと変わらねーだろ」
これだから朝陽の妖精は。
人に化けたドラゴンは面倒そうに息を吐いた。
「……秋茜。俺が冬眠から目覚めた時に、また一緒に世界を旅したいって言っていたな」
「……ええ。はい」
「行こうか。十分、ゆっくりしたし」
言外に、これ以上東雲に邪魔をされたくない、という思いがありありと伺える。
「塔の管理は東雲サマがしてくれそうだしな」
「えっ、おい!! 何を勝手に」
彼はプラチナの目を細めた。
「国と側室ごと引っ越してきたらいい。気に入ったんだろう? なにしろここは元々世界樹があった場所だしな」
秋茜は聞き咎めて眉根を潜める。
「……今、なんて」
「朝陽の妖精は、太陽の都の妖精王。正室は空席だが側室は片手の数より多いんだよな?」
「ちょ、おい!! 自分で言わせろよ、そういう話は!!」
「お前のための優しさは持ち合わせていないんでね」
ドラゴンはふん、と鼻で笑った。秋茜は苦笑する。
「旅に出るなら、支度してきますね!」
秋茜はすいー、と軽やかに飛翔した。階下の空中庭園、そこに住む十年来の友人たちに挨拶をしておきたい。
† † †
彼女を見送ってから、東雲は深くため息をついた。
「まさか、ドラゴンに彼女をとられると思ってなかったよ。腹が減ったからって喰うなよ?」
「お前じゃあるまいし、欲に走って押さえがきかなくなるなんてことはない」
「くそ、朴念仁め」
四十歳過ぎ人間の外見をしたドラゴンはくつくつと笑った。
あれから数日が経って、険悪ながらも会話を重ね、多少気安くはなっている。
意地悪気な笑みを収め、急に静かな目をしてドラゴンは東雲を見つめた。
「もし、俺に何かあったら、彼女を頼む。ただし……嫌がることは絶対にするなよ」
「はっ、正室の席はいつまでも空きだ。隙を見せるなら奪ってやるから、せいぜい大事にするんだな」
「……」
東雲の一手一投足に嫌々言いながらもポーっと見ていた秋茜のことを思い出す。
これで性格を改められたら、本当にどうなるか分からない。
「……肝に命じるよ」
ニヤリと口の端を歪め、ドラゴンが化けた黒髪の男は秋茜を追って部屋を出て行った。
† † †
それから何千年か後、秋茜の夢は正夢になった……とかならなかったとか。
妖精の少女がどれほど頑張ってドラゴンの心を甘く溶かしたのかは、ご想像にお任せする。
完読いただき、心から感謝申し上げます。
デレる二人が描きたくてノープランで初めてしまって、盛り上がりをどうするか悩みに悩みましたが、無事起承転結ができていますでしょうか。
ご指摘、お叱り、なんでもいいです。
ご評価、ご感想を残して頂けますと、大変、たいへん幸甚です。
『傍に空』本編ではドラゴンさんがイケオジぶりを発揮します。よろしければどうぞ。
https://ncode.syosetu.com/n4972fz/
改めて、お読みくださいましてありがとうございました。