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転:妖精少年は少々強引(1)

 彼が蛙に変えられて三日経つ。


 東雲(しののめ)は帰るつもりがないらしく、妖精の姿で秋茜に付き纏っている。

 見かねた階下の妖精たちが、いつもの最上階の部屋ではなく、空中庭園の住まいを貸してくれ、二人きりになることだけは免れていた。


 蛙になったドラゴンは、魔法も封じられてしまったらしく、ペタペタぴょんぴょん跳ねるばかりだ。

 ドラゴンの時と違って、小食では体調を維持できないようで、小魚や虫などをペロンと食べ、定期的に水浴びをしながら一日の半分を寝て過ごしている。


 木漏れ日が落ちる、大理石できた噴水の縁で、東雲が沈黙を破った。


「ずっとそうしているつもりなのか?」

「しつこいです……本物だろうが、偽物だろうが、私は彼と離れる気はありません」


 蛙はすいー、と泉の中を泳いでいる。本来空を自在に舞うドラゴンだから、存外新鮮で楽しいらしい。


「中途半端に縛り付けていたら、あいつずっと蛙のままだぞ」

「……哀れに思うなら、魔法を解いて下さい」

「悪いが、そりゃ無理だ。一度した予言は書き換え不可」

「…………」

「なあ、あいつを助けてやりたいなら……」


 東雲(しののめ)は言いながら近づいて、秋茜の手を握った。


「僕のことも少しは……、ちゃんと見てくれ」


 橙の澄んだ真剣な瞳が、間近に迫る。


「……必要ないですっ」


 振り払おうとする抵抗も虚しく、腰を抱かれ引き寄せられる。薄い唇が目の前にあって、秋茜はぎゅっと目を瞑った。

 キスされる、と身を強張らせた時、二人の間にピンクの何かが割り込んだ。


「おぉっ!?」


 長い舌で東雲を瞬間で巻き取ってハム、と咥え込んだ蛙を見て、秋茜は目を丸くした。


 まだ心臓がドキドキしている。


 もしかして、妬いてくれたのだろうか。


「「くそ、離せっ!!」」


 蛙の口から東雲の蝶のような羽だけ覗いている。絵面だけだと、本当に捕食しているみたいで洒落にならない。

 暴れてうっとおしかったのか、蛙は東雲をぺっと吐き出した。


「ぎゃっ」


 情けない声を上げて唾液まみれの東雲がべしゃっと地面に投げ出される。


「てめ─!! ふざけんなよ!! 蛙の分際で邪魔しやがって!」


 自分と同じサイズの蛙はずんぐりしていても案外素早い。東雲の反撃は届かず、彼は空振った拳をわなわなさせた。


 既に予言の影響下にある相手には、魔法の重ねがけはできない。蛙に対しても秋茜に対しても、これ以上予言の力は使えないから、攻撃をするとしたら低級な魔法か、腕力しかない。


「それにしても、秋茜、キスくらいでなんでそんなに真っ赤になってるんだ」

「え……」


 はっとする。

 秋茜の頬は、その目に負けないくらい真っ赤になっていた。


「初めてじゃあるまいし」

「ほっといてくださいっ……」


 水から上がったばかりでぬるぬるする蛙の胴に手を置いてぷいとそっぽを向いた秋茜を見て、東雲は意地悪げに笑った。


「もしかして、案外純潔なのか、まだ」

「……っ!! 女性に訊くことじゃないですよ……!!」


 蛙は大きなプラチナの目をパチパチさせた。


「ああ、だから偽りの伴侶……へーえ」


 濡れた髪をかきあげ、色っぽい流し目をする東雲(しののめ)

 水も滴るいい男でも、その原因が(トード)の唾液では格好など付かないが。


「尚更、呪いを解くには僕を選ぶしかないだろう。蛙とのプレイとか聞いたことねーし」

「〜〜っ」


 秋茜は居た堪れず翅を震わせた。

 そこで東雲は照れつつも、真剣な顔をした。


「なんで僕じゃだめなんだ。……昔、育ててた花を踏んだからか」

「違います」

「じゃあ、前髪が伸びたのを貞子(さだこ)って呼んだからか? 今だから言うけど、照れ隠しだぞ、あれは」

「そういうことじゃないです……。あなたが、いつも魔法で人の心を支配して縛りつけようとするから」


 ぎく、と東雲の顔が強張る。


「さすがに、五百年経ってるんだ、もうそんなガキじゃねえよ。今だって、ちゃんと待ってやってるだろうが」


 気に入らないと蛙の呪いをかけたくらい、何も成長していないと思うが。


「なあ、僕にチャンスをくれないか。乱暴はしない、明日一日だけでもいい。ニ人きりで、過ごしたい」

「嫌です」


 にべもなく拒絶すると、東雲はぐっと詰まった。さきほど心が広くなったと発言した手前、脅しめいたことは口にできないだろう。


「四六時中付き纏うのをやめてください。私も、彼とちゃんとお話がしたいです……。せめて、今日一日」

「……分かったよ!」


 口を尖らせて東雲は頭を掻いた。蛙の唾液でねっちゃりしている体を清めたいという理由もあるだろう。

 基本的に人間サイズで作られた庭園の大きな石畳を、東雲は翅を使わずすたすたと歩き去った。

 その後ろ姿は、こんな状況でなければ見惚れるくらいかっこいいのだが。




 東雲が去った後、秋茜と蛙の姿は屋上の自室にあった。

 蛙は不器用ながら、用意した紙とペンで筆談を試みてくれている。


『そろそろ、聞かせてくれないか? 何を悩んでるんだ』

「……ええと」


 この質問は、呪いにかけられた日以来だ。


『さっきの話に、関係がある?』


 やっぱり鋭い。秋茜は観念したようにぽつりと肯定した。


「……はい」


 蛙も押し黙る。ややあって、紙面に雑な文字が描かれた。


『俺は応えられない』

「……」


 はっきりと、そう書いてあった。彼がつい先日の冬眠から目覚めてからの、初めての拒絶。

 言葉を失った秋茜に、蛙はプラチナの目を伏せた。


『気づけなくて悪かった』

「い、いいんです……! す、すぐに忘れて、気にならなくなりますから!」


 だってほら、長年連れ添った夫婦は、体の関係などないことの方が多いだろう。それを目指せばいいんじゃないのか。


『気持ちを抑え込むのは、いいことだと思わない』


 では彼は何が言いたいんだろう。黒い蛙は浮かない雰囲気で、ゆっくりとペンを滑らせる。


『俺が、君を抱く日は絶対に来ない』


 そして。


『離れれば、呪いが解けるなら、俺はその方がいい』

「そんな。そんなこと……!」


 蛙はじっと秋茜を見つめた。


「理由を聞かせて下さい! そんな風に拒絶するなんて、あなたらしくない!!」


 いつもなら、なんだって、一緒に解決しよう、と言ってくれるのに。

 彼はしばらく逡巡したが、目を伏せたままゆっくりと文字を綴った。


『自分の子供、というものに、トラウマがある』

「トラウマ……?」


 初めて聞く話に、秋茜は首を傾げた。


『何百と人喰いの獣が産まれたのを、自分の手で殺した』


 秋茜は目を潤ませた。


「その時の奥様は……?」

『一緒に葬った。君の(はら)から(おぞ)ましいものが産まれると思うと怖い』

「そう……だったんですか」


 ほろほろと涙が溢れ落ちる。


 彼は秋茜より長生きだ。東雲(しののめ)の呪いを受けた五百年の間、檻に閉じこもって過ごしていた秋茜と違って、方々を旅していた彼は嬉しいことも悲しいことも、彼女の何十倍も経験している。


『結論は急がない。東雲の声にも耳を傾けてやったらどうだ』

「……」


 蛙の表情が読めない。

 彼女の答えを待たず、蛙はテーブルから飛び降りた。そしてそのまま、階段をペタペタと降りて部屋を出て行った。


 秋茜はその場から動けず、じっと目を腫らしたまま、窓から見える茜色の雲海を日が暮れるまで見つめていた。

せめて蛇だったら…ごにょごにょ

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