姉のスマートフォン
「え?」
1ヶ月前に姉が残したスマートフォン。
充電しても動かなくて、壊れていると思っていた。
だから姉の遺品の一つとして、仏壇の傍に置いていたら突然音が鳴って、待機画面を映し出した。
今日は両親ともに親戚のところへ行っていて、家には私一人だった。
「お、お姉ちゃん?」
そう呼んだけど答える声はなかった。
ただスマホはずっと光ったままで、誘われるように手に取った。
姉は1ヶ月前に投身自殺をした。
立ち入り禁止になっているはずの廃墟と化したビルから身を投げて。
遺書はなかったけど、靴と鞄がきちんと屋上にそろえて置かれていて、指紋が姉の分しか見当たらなかったことから、自殺の方向で調べられて、遺体にもおかしいところがなかったら、自殺ということになった。
姉は真面目でちょっと融通が利かないタイプだった。
それでも会社では問題も起こしていなかったみたいなのに。
家から通うのは大変だったので、一人暮らしをしていたけど、彼氏どころか友人の影も見当たらなかった。
姉の楽しみはなんだったのだろうか。
光り続ける画面をタップすると、暗証番号を聞かれた。
何気なしに実家の電話番号を入れると解除されて、メニューが現れる。
電話の着信記録を調べると、最新は亡くなった日で、時間は鑑識の人が教えてくれた死亡時間より1時間前にあった。
しかもその「高梨さん」はそれだけじゃなくて、毎日やり取りしていたみたいだった。
「高梨さん」が誰が気になって、名前をタップすると電話をかけそうになったので、慌てて消した。それから、「高梨さん」の名前の横のインフォをタップすると……。
「高梨さんは男?しかもかなりカッコいい。姉ちゃんの彼氏だったのかな。そんな話聞いたこともなかったけど」
どうしても気になって今度は、写真のアイコンをタップする。
出てきたのは高梨さんの写真ばかり。
でも盗撮したような感じじゃなくて、近くに一緒にいて写真を撮っているような……。
しかもたまに一緒にとっているものがあったりして……。
「高梨さんって人が、お姉ちゃんの彼氏?」
彼氏じゃなくても、親しいのは間違いなかった。
写真に写っている姉は幸せそうな笑顔をしている。
高梨さんも。
お姉ちゃんの本当の自殺原因を知ってるかもしれない。
っていうか、葬式にも来てないってことは、もしかして?
考えた結果、私は非通知にして高梨さんに電話をかけることにした。
「出ないよね」
非通知なんて出るわけないか。
でも家も自分の番号も知られたくない。
もしかしてこの高梨さんがお姉ちゃんを殺したかもしれないし。
だって、こんなに親しそうなのに葬式にも来ないなんておかしい。やましいことがあったに違いないんだから。こんなにカッコいい人だから、ホストかもしれない。だったらなんとなく分かる気がする。
お姉ちゃん……。
私はこの高梨さんについてもっと知るため、お姉ちゃんのメールを読むことにした。通話アプリを見ると、すぐに見つかって、高梨さんとお姉ちゃんのメッセージを読む。
「……やっぱり恋人同士?でも営業かもしれない」
私は腹をくくると、今度は非通話じゃなくて、自分のスマホから高梨さんに電話をかけた。
「もしもし?」
「あ、あの」
あの顔同様イケテル声がして、動揺してしまう。
けれども勇気を出す。
「あの、私、歌詩間の妹なのですが」
そのとたん、電話が切られた。
悶々としたけど、それからかけなおす勇気もなくて、そのうち両親が帰ってきた。
スマホのこと、高梨さんのこと、結局話せず、そのスマホをもって部屋に上がる。お姉ちゃんはかざりっけがなくて、スマホのカバーも茶色で、色気がない。カードとか入れられて便利なんだけど、これだけみれば持ち主が男か女か判断がつかないくらいに、可愛らしさがない。でも、あの写真のお姉ちゃんはとても可愛かった。
「高梨さんにやっぱり確認する」
私は今度は電話じゃなくて、メッセージを送ることにした。
「はじめまして。私は歌詩間由利の妹の真利といいます」
そう打ってから考える。
正直に名前を書いてもいいのか。
でも……。
高梨さんの笑顔は偽物に見えなかった。
だから、私はそのまま続けて打つ。
「姉のスマホからあなたのことを知りました。スマホにはあなたの写真がたくさん保存されていて、姉が亡くなった日の通話記録にもあなたの番号が残ってました。姉のことを聞かせていただけませんか?」
これでは、脅しなのかな。
もし高梨さんが姉を殺したのであれば、私も殺される?
そんな想像もしてみたけど、私は送信ボタンをタップした。
暫く待ってみたけど、返事はこなくて、お風呂に入るように母に急かされて仕方なく部屋を空ける。風呂をあがると返事が来ていた。
――はじめまして。高梨華月です。由利からあなたの話を聞いたことがありました。明日の夕方であれば時間を作れます。どうですか?――
明日。さっきは電話を切ったくせに。同じ番号だとわかっているのに。やっぱりこの人が姉を殺した人?だから私を……。
そう考えると怖くなって、私はスマホを持ったまま、目を閉じる。
すると急に電話がなってびっくりした。
「洋介!びっくりした!どうしたの?」
それは従兄弟の洋介で、私の彼氏だった。
しばらくどうでもいいことを話した後、私は高梨さんのことを思った。
「洋介。明日暇?」
「暇だけど」
「付き合ってもらってもいい?」
高梨さんに明日の約束を取り付けたけど、洋介が行くことを伝えなかった。
だって伝えると、断られるかもしれないし。
夕方、私は洋介と合流すると待ち合わせの場所に向かう。
彼には昨日のうちに事情を話していたので、神妙な顔をしていた。
「……指定された場所も、あのホテルの近くなんだろう。やばいんじゃないか?」
「そのために洋介にきてもらったんでしょう。殺す目的だったら、洋介をみたら断るだろうし」
「まあ、そうだな」
そんな会話をしながら、高梨さんが待っているはずの喫茶店に入った。
「歌詩間さん」
顔を知らないはずなのに高梨さんは喫茶店に入った私をすんなり見つけ、隣にいる洋介に対しても少し驚いた様子を見せるだけだった。
何かおかしい。
「さて、何を頼みますか。由利とはよくこの喫茶店であってました。珈琲とシフォンケーキのセットがお勧めですよ」
「じゃあ、それで」
「じゃあ、俺も」
挨拶もそこそこに注文して、それからやっとお互いの自己紹介に入る。と言っても名前だけだけど。
高梨さんは物凄く落ち着いていて、やっぱり近くでもみてもイケメンだった。
私がじろじろ彼を見ていると、洋介が不機嫌そうな顔になっている。
いや、そういう意味じゃないから。
「さて、由利のことですよね。あなたたちは僕が由利を殺したと思っているんでしょう?」
いきなり核心を疲れて、私たちは言葉を失う。
っていうか、なんでそんなにあっさりと。ここまで落ち着いているとやっぱり犯人じゃないのか。
「殺したのは私ですよ。そういう契約だったので」
「は?」
「正確にいうならば、自殺を選んだのは彼女です。私は彼女の寿命を少しいただきました」
「は、え?」
どういう意味?
「私は美しさと若さを維持するために、他人の寿命を少しいただいています。その交換条件として死までの楽しい時間を提供してあげてるわけです。本当なら、こんなこと話しませんけどね。由利から頼まれたので。これもサービスです。妹もきっと望むだろうからと言ってましたけど」
「の、望むわけないじゃないですか!」
「そうですか?私との思い出作り。楽しませてあげますよ。その隣の人よりもずっと」
高梨さんの瞳は茶色で、吸い込まれるように美しい。見惚れてしまった私の腕を掴んだのは洋介だった。
「冗談じゃない!いくぞ。真利!」
引きづられるようにして立たされ、私たちはケーキセットが来るよりも先に店を出た。
――三日後。
「真利。やっぱりかけてくると思ってましたよ」
私は高梨さんに電話をかけていた。
彼の茶色の瞳がどんなときも追っかけてきて、忘れられなかった。
「さて、あなたはどれくらい私に寿命をくださいますか?それによって奉仕が異なりますから。由利からは四十年分いただきました」
「じゃあ、私は五十年分で」
「五十年分?それは少し足りませんね。あなたの寿命はあと三十年しかないのに」
軽やかな笑い声を立てる彼は、とても楽しそうだった。
酔っ払っているような、そんなおかしな状態で、私は彼を眺める。
「じゃあ、三十年分いただきましょう。今夜死んでしまいますが、それまであなたを楽しませてあげますから。由利も喜びます。彼女の遺言だったのですよ。真利の寿命を全部もらってと。彼女はあなたを恨んでましたから。洋介くん、あなたが死んで悲しんでくれますかね」
高梨さんが語る言葉の意味はわかるけど、もう何も考えらなかった。
――その年、年若い女性が自殺する事件が相次いでおきた。
どれも不自然な様子はなかったのだが、遺品には必ず茶色のカバーのスマートフォンが含まれていたという。




