パグの糸
天界の犬神さまが、地獄から助けようとした者とは……
ある晴れた日の事、天界の住人、犬神さまは池のふちを散歩されていらっしゃいました。
辺りに咲いている花はまっ白で、その真ん中にある金色の花びらからは、何とも云えないにおいが、絶間なくあたりへあふれました。
犬神さまは、天界の朝の散歩中なのです。
やがて犬神さまは池のふちにたたずみ、水面をおおっている水草の間から、ふと下界の様子を見てみました。
天界の池の下は、丁度地獄界の底と接していますから、穢れのない水を透き通して、八大地獄の景色が、丁度遠眼鏡で見るように、はっきりと見えるのです。
するとその地獄の底に、パグンダと云う者がそのほかの罪人と一緒にうごめいている姿が、眼に止まりました。
このパグンダと云う者は、おやつを盗み食いしたり、食料の入った袋を破り中身を食べたり、いろいろ悪事を働いた悪者でした。
ただ、それでもたった一つ、善い事をしたことを犬神さまは覚えていました。
その善い事というのは、ある時この者が深い林の中を散歩していると、小さな蜘蛛くもが一匹、路ばたを這はって行くのが見えました。
そこでパグンダは早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、
「いや~これも小さいながら、命があるか。その命を無暗にとるというのは、いくら何でも可哀そうだ。」
と思いまして、蜘蛛を殺さずに助けてやったというのがありました。
犬神さまは地獄の様子を覗きながら、このパグンダには蜘蛛を助けた事があることを思い出しました。
出来るならば、善い事をしたことに報いようかと思いまして、この者を地獄から救い出してやろうと考えました。
周りを見渡すと、七色の虹のような色をした蓮の葉の上に、太公望姜尚が美しい銀色の竿でを釣りをしています。
「姜ちゃん、ちょっと釣りの道具貸して~餌は不要だかんね」
「珍しいね、釣りでもするんかい?」
と珍しげな顔しながらも、一本の竿手渡してくれました。
犬神さまは受け取った竿に呪文を唱え神通力を竿に流して、エイ!と池に糸を垂らしました。
するとキラキラ光ながら釣糸と糸の先に光るなにかが伸びていき、池の底をつき抜けて、地獄へと落ちていきます。
一方、地獄の底ではパグンダが、他の罪人と一緒に地獄風呂に沈められたり、針の山を歩かされたりしていました。
辺りは暗闇で、たまに火の玉がぼんやり浮き上っては周囲を照らす位で、心細いやら饑いひだるいと言ったらありません。
その上周り様子を探ると、ただ罪人がつく苦渋に満ちた埋め小声ばかりです
ここ地獄ですから、落ちて来る者はさまざまな地獄を
巡らされ、声を出す力さえなくなっているのです。
ですから、さすがにパグンダも、血の池地獄にむせる。
針の山で、針千本飲まされる。なんてことを受けながら
ただ、もがいてばかり居りました。
ところがある時、何気なにげなくパグンダが頭を挙げて、ヒマラヤの山々よりも高い針の山の上空を眺めると、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の糸が、まるで他の者に見つかるのを恐れるように細く光りながら、するすると自分の上へ垂れてきていました。
その上、先っぽに輝くチーズらしきものがついています。
「光るチーズ………ヒカチー」
パグンダの口の中がヨダレが満たされていきます。
パグンダはこれを見ると、思わず溢れだしそうなヨダレを手で押さえつつ喜びました。
唯でさえ、地獄食べるものなどあるはずもなく、食べさせられる者と言えば山盛り針、血の池の血なんてものです。
『このヒカチーにすがり付いて、ついでに糸をたどっていけば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ない。
いや、うまく行くと、極楽にin the sky出来るかもしれない。
そうすれば、もう地獄の責め苦に会うこともない。
ダメならダメでヒカチーだけでも。』
パグンダはそう考えると、早速ヒカチーに向かい針の山をえっちらおっちらと一生懸命に登り始めます。
しかし針の山ですからいくら焦って急いだところで容易にたどり着くものではありません。
しばらく登りますがくたびれて、もう一歩も歩けなくなってしまいました。
そこで仕方がないので、まずその場に座り込み、何の気なしに、ふと後ろを振り返ります。
するとどうでしょう、ヒカチーが光っているものですから、その光に誘われて周辺にいる者たちもワサワサと向かっているのが見えてきます。
「ヒッヒカチーは!だっ誰にも渡さんが!」
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その頃天界の犬神さまは、隣で釣りしている太公望姜尚と話し込んでましたが、
「今日は釣れませんな、犬神さまはどうですか?」
「うーん、どれどれ。あ!ヤベ」
犬神さまもワサワサと地獄の住人たちが集まって来るのを見つけてしまいましたので、竿を引き上げようとしました。
流石に地獄の住人を何人も引き上げてしまったとしたら、上司の大御神さまに怒られます。
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「ヒカチーが登っていく!?」
パグンダは気力を振り絞り、駆けます。
もう足は動きません。腕も使います。四つん這いになりながら、ヒカチーに下にたどり着きました。
そこそこの高さに上がったヒカチーに向けて懸命に飛び上がりますが、手も足ももう動きません。
周りには、他の地獄の住人も集まり始めます。
「やらん、やらんぞ~~!!」
パグンダは最後の気力を振り絞り、飛び上がりました。
もう腕が上がらず手さえ動かないので、口からヒカチーに飛び付きます。
パクりとヒカチーを口に咥えることができました。
(やった!やった!)
口に咥えてる状態のため、声に出せない喜びが身体を巡ります。
が。
周りにいた地獄の住人も、黙って見ている訳ではありません。
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「大物かかった! いや違っ」
と一人ボケ突っ込みしながら、犬神さまは竿にズシリと重みがかかったのを感じていました。
そしてジリジリとテグスを巻き取り始めます。
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ジリジリと上に上にと上がり始めたパグンダですが、周りにいた地獄の住人たちも、逃がすまいとパグンダの身体に抱きついて引き下ろそうとします。
「はまは!ははほへる!(離せ!歯が取れる!」
口のなかのヒカチーは死んでも離したくない。死んでるけどなぜかそう思うパグンダ。
身体が物凄く上下に引っ張られ、顔も身体も伸びまくります。
ただ知ってかしらずか、上から引っ張っているのは神通力を持った犬神さまです。
地獄の住人が何人係っても、その力には敵いません。
最初に限界を向かえたのが、流石の太公望竿とテグスでした。もう少しで地獄の天井、天界の底まで上がったところで、ブチンとテグスが切れてしまったのです。
「「あっ」」
パグンダと犬神さまが気がついたときには、パグンダとパグンダの身体にしがみついていた地獄の住人は、空中に投げ出されてしまいました。
ちょうどその時、天界のお昼のチャイムが鳴り響き、何処からともなく、美味しそうな匂いがしてきます。
その匂いが竿を伝い、糸を伝い、ほんのりと溢れ落ちます。
「美味しそうな匂いだグ!」
落ちていく寸前のパグンダはその匂いに反応して、空中を蹴り飛び上がります。
「グアアアァァ」地獄に大きな声が響き渡り
物凄い勢いで、空を駆け上がるパグンダ。
そして、地獄と天界の境界まで昇ると、バチコーーーーーーーーーンと物凄い衝突音が鳴りました。
なんと地獄と天界には越えられない壁があったのです。
伸びきっていた顔の先、つまり鼻から物凄い勢いでぶつかったパグンダの鼻は潰れ、豚っ鼻になります。
「ここまで来て、諦めきれんグァ!」
パグンダは物凄い勢いで、もう一度地獄と天界の境界に顔から衝突すると、なんとまあ壁が割れ、突き抜けていくではありませんか。
「mjk!」
流石に犬神さまも腰を抜かします。
そのまま天界の池を突き抜け、水面に出てきたパグンダは、お昼のご飯の匂いがする方へ、走り出しますが、壁に衝突した影響で、頭から胴は長くなってしまい手足は短くみえます。
長時間の移動で、足だけではもう立てません。
四足豚足で走ります。顔は壁にぶつかったせいで、鼻ペチャンコです。
天界の池の縁にいた犬神さまも呆気にとられて、パグンダを追いかけるのを忘れてるぐらいです。
数瞬の間、固まっていましたが、パグンダを捕まえようと駆け出します。
天界ももうお昼ご飯の時間でしょう。
どんとはれ。
と言いたいところですが、このあと池の底の大穴を塞ぐの忘れた犬神さまは大御神さまに呼び出され、こってりと油しぼられましたとさ。