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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第六章、奪還と面影と
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【レーシー2】

「ファリナセアっ?!スクラレア?!そんなまさかっ」

「ムッタローザ殿っ!ジョエルを頼むっ!!」


 空中で捕らえられた蝶がその羽根を毟り取られるかの如く、ファリナセアの両腕が引き千切られる。

 それらが網に掛かって地面に落ちたスクラレアの上に降り(そそ)いだ。その光景を見たノヴァーリスは愕然(がくぜん)とし、ただ無意識に台詞が漏れた。

 (まばた)きをしないノヴァーリスを察して、レーシーが平行して馬を走らせていたムッタローザにジョエルを投げ付ける。レーシーの馬に乗っていた筈が、ムッタローザに抱き止められる形になったジョエルは目をぱちぱちさせていた。


「レーシー様っ!!」


 だがすぐに主の考えに気づいて声を張り上げた。

 時既に遅く、レーシーは単騎で大きく軍団から飛び出している。


「はー……まったく無茶苦茶だな」


 アキトが(まなこ)を擦って呟いた時には、レーシーは囲まれているスクラレアに向かって突っ込んでいた。あの豪猪(やまあらし)のような獣人のお陰か、簡単に敵兵を薙ぎ払えている。


「だ、ダメよ!彼処(あそこ)にはファリナセアを殺した者がっ!!」


 ノヴァーリスの悲鳴に彼女を支えながら馬を走らせているリドが片手を上げた。


「姫っ、もう誰も失わせないからっ!」

「うぉおぉぉおーっ!!」

「グワァアッ!」


 スクラレアが死を覚悟して目を閉じた瞬間に、獣人の大きな(とげ)をレーシーが弾く。と、同時にレーシーの乗ってきた馬は脚を折られた。飛び降りた彼女は足を地面に着け、すぐに体勢を戻す。

 低い唸り声のような気合いをいれた声が、獣人よりも長く辺りに響いた。


 ――くっ、一撃が重いっ!そしてまだ来るか!!


 レーシーが手首を戻し、剣を反転させ防御体勢を取ろうとするが、獣人の攻撃速度に反応が僅かばかり遅れる。

 爪を食らうかと腹部に力を込めたところで、空気中で爪が弾かれ二本折れた。


 ――この音……っ!ダリアの……、リド殿か!


「リド殿、助かったっ!感謝する!!そしてスクラレア殿!さぁ立つんだっ!!」


 ザシュッ……と、レーシーの刀身が振り向き様にスクラレアに絡まっていた網を切り裂く。

 呆然として寝転がったままのスクラレアを片手で引き起こすと、そのままもう片方の手で剣を振り回した。


「グォォっ!」


 獣人の苦痛に歪んだ表情から、哀哭(あいこく)しているかのように(とどろ)く。レーシーの攻撃で切り裂かれた腕から血が流れ出ていた。


「ファリナセアが……」


 ぽつりと呟いたスクラレアにレーシーは背中をバンッと強く叩くと「君まで死んだら、それこそ彼は浮かばれないぞっ!!」と怒鳴った。

 スクラレアの目から溢れ落ちていた涙が、驚きの為かピタリと止まる。


「レーシー、一旦下がるんだ!!」

「ここは任せてくれていいですよ」


 レーシーが作った綻びから入ってきたのか、レオニダスとアキトが数十人の兵を連れて獣人やダリア兵の前に立った。

 砂漠の民も数人混じっていて、彼らはそっとスクラレアの肩を叩く。


「ここは甘えさせていただく!さぁスクラレア殿っ!」

「でもっ」

「あぁもう強情なっ!」


 レーシーは苛ついたように吐き捨てると、その場を動こうとしないスクラレアを軽々と抱き(かか)えた。所謂(いわゆる)お姫様抱っこである。


「な、何をっ」


 双子の半身だったファリナセアと同じ身長であったスクラレアは男の平均並みの長身であった。だからだろうか。自分自身がその様な格好で抱かれるとは露聊(つゆいささ)かも思っていなかったのだ。

 予想だにしなかったレーシーの行動に頬が少しばかり赤くなる。どこか不機嫌そうなレーシーの横顔が、彼女には凛々しく見えた。

 ナルシストの部分が苦手ではあったが心の拠り所であったファリナセアを失ってしまった動揺が、余計にフィルターをかけたのかもしれない。


「レーシー!スクラレア!無事で良かった……ファリナセアのことは……っ」

「……いえ、これも運命(さだめ)……です」


 泣き出しそうな表情のノヴァーリスにレーシーは頭を下げると、用意された替えの馬に跨がった。その頼もしい背中にスクラレアは体を預ける。ノヴァーリスにポツリと返した台詞は、ネモローサがよく使う言葉だ。


「っ、ムーンダスト、ユキ!レオニダス叔父様たちの援護に向かって。男爵やオウミたちは一緒にローレルたちと合流を」

「はいはい~。わかったよ~」

「ソウダネ。早クシナイト、彼ハマタ何カヲ仕掛ケテ来ソウダ」


 薄笑みを浮かべ返事をするムーンダストと、ダリアの本軍を見据えたジロードゥランにノヴァーリスは顔を上げる。

 その表情は厳しく凛としていた。


 ――あぁ……。かつての女王陛下とそっくりだ。


 喜びに震えるようにレーシーは一人静かに首を縦に振る。

 忠義の人である彼女にとって、それはとても忘れ難いものだったに違いなかった。

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