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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第六章、奪還と面影と
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【シルバー・ベビー2】

「……なかまがさらわれてるのが、ほんとうだったなんて」

「王、嘘()かない。シルバー・ベビー、何言ってる」


 片言のヘッドボーンの冷たい声音に泣きそうな顔をすると、シルバー・ベビーはふるふると首を横に振った。


「たしかに、ゆめでも……もりのたみも、ほのおのなかにいたわ。これがげんいんかもしれない」


 辿々(たどたど)しい言葉を吐き出してから、シルバー・ベビーは母である森の民の王、リリプットの言葉を思い出す。

 あの日……。

 空に青薔薇の姫の映像が流れた――空に虹の架かった日。女王に召集されたシルバー・ベビーとヘッドボーンたちは予期せぬ出来事を聞いたのだ。





「我が民がハイドランジアの毒牙にかかっている。既に四人の同胞(はらから)たちの行方が分からず、目撃者の証言ではスターゲイザーがハイドランジアからダリアへ移動させられたと……」


 森の王の証である、森の幻獣の仮面を被っている女王リリプットは重々しく言葉を続ける。幻獣の見事な一角が冷たい光を反射していた。


「今まで我々はこの森の中で生きてきた。それは外界(がいかい)と接点をなくすため。……統一王の下、一度は夢見た世界もあった。だがそれは夢幻(ゆめまぼろし)に過ぎぬ。始まりの民とは違い、我らは人に化けることも出来ない。だからこそ、この森で生きる道を選んだというのに……っ!」


 ギリッと歯を食い縛ったリリプットの赤い唇が小さく震えていた。鼻の辺りから上は仮面で隠れていて表情を把握できないが、女王は憤怒(ふんど)しているのだと十分に伝わる。

 シルバー・ベビーは予知夢を口にすることができないまま、黙ってリリプットの言葉を聞いていた。


「人の子がそこまで愚かだと言うのならば、我らも黙ってやられているわけにはいかない!この爪で奴らの喉を切り裂き、この舌で血を(すす)ってやろうぞ!!」


 興奮したような怒号にシルバー・ベビーは目を見開いて顔を上げた。震える声で精一杯立ち上がる。


「まって!かあさまっ、ゆめをみたの!このたたかいは、ハイドランジアだけじゃなくて、たいりくじゅうをまきこんでしまいます……!」

「それが人の子の望みであるならばっ、だ!」


 ダンっと、王の間に生えている森の大樹の前で足を踏み鳴らしたリリプットにシルバー・ベビーは息を飲む。


 ――かあさまをせっとくするのには、どうしたらいい?


 王の言葉に周囲の大人たちも声を荒らげていた。

 異様な熱気が王の間を包み込む。


「……かあさま。わたしが、スターゲイザーをつれかえります。つれかえるのがムリなら、このクスリで、しをあたえてきます」

「……シルバー・ベビー、判っているのか?そなたは我のたった一人の娘。(じき)、森の民の王ぞ?」


 震える声で言葉を紡いだシルバー・ベビーにリリプットは冷静に娘を見据えていた。

 小さな幼子。体毛も柔らかく肉球も薄桃色で、それらは外界の汚さなど知らぬ無知な者にしか見えない。

 だがシルバー・ベビーの瞳は真っ直ぐにリリプットを見つめ返していた。


「いくさなら、わたしがしんでからでもおそくない。わたしの……ゆめをしんじてください」


 小柄な体は小刻みに震え、周囲の大人たちの威圧感に負けそうになりながらも、大人しかったシルバー・ベビーが自身から視線を外さないことにリリプットは思うところがあったのだろう。


「……相分(あいわ)かった。そなたの予知夢は確かに未来を見る力がある。だが、そなた一人で成すことができると?」

「いいえ……すすむべきみちは、ゆめがしめしてくれる。うんめいはあおばらひめに」

「青薔薇姫?……まさか数時間前の!……人の子の力を借りるというのか?!それはっ」

「かあさま。ゆめをみたのです。あおばらひめは、ちからになってくれる」


 ――そんなゆめはみてないけれど。


 予知夢が示したのは大陸中を巻き込む大きな戦争。

 そしてその渦中に青薔薇姫がいた。それは確かだ。だがシルバー・ベビーと彼女の運命が重なることを示しているとは言えない朧気(おぼろげ)な夢だった。

 だから青薔薇姫に会うのは大きな賭け。そしてそれはただのシルバー・ベビーの直感。


「……ヘッドボーン、我の娘に付いていってやってくれ」

「……わかった」


 溜め息を吐いたリリプットは、シルバー・ベビーの頑なな意思を折ることはできないと感じたのか、ヘッドボーンを付いていかせることで渋々納得したのだった。





「……言っとく。俺、敵意ある人間、容赦なく殺す」

「ヘッドボーン。わたしとあなたのちがながれてからでもおそくないわ」

「血、とうの昔流れた。……今も流れてる。痛み、消えない」


 初めて未開の地(アガパンサス)の深い森から出た二人は、木のない平原に落ち着かないように鼻をヒクヒクさせた。

 いつまでも平行線を辿る会話に長い息を吐き出してから、シルバー・ベビーは顔を上げる。


 ――ゆめをみた。それはいしをもったころよりずっと。


 一つは予知夢。

 もう一つは、シルバー・ベビー自身が願い望む、人と手を取り合う『和』の夢を――……

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