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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第六章、奪還と面影と
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【ノヴァーリス3】

「な、何を……何をしておるか貴様らぁあぁぁっ!!」


「それは此方(こちら)の台詞だわ」


 ガキィィーンッ……と、逃げようとした兵士目掛けてグレフィンが振り下ろした銀色の刃が、漆黒の杖によって塞がれる。

 二メートルを越える長身の――ジロードゥランの姿を見て、我を失っていたグレフィンは反動のまま大理石の床に尻餅をついた。


「し、死神男爵?!それに……お前は、ノヴァーリス!」


 王都の門が開いてから僅かな時間だった。

 だからだろうか。グレフィンのその顔は幽霊を目撃したかのように真っ青だった。


 ――そうね。ファリナセアとスクラレアに運んでもらわなければ、もっと時間がかかっていたでしょう。


 ノヴァーリスは後ろに立つ風使いの双子へと一度視線を向けてから、震えて座り込んでいる兵士の一人に手を差し伸べる。


「……もう大丈夫よ」

「の、ノヴァ……っ、殿下っ!!」


 ザザッとその場にいた兵士たちが片膝をついて、深々と頭を下げた。

 差し出した手を受け取った兵士は立ち上がると、再び頭を下げる。彼の目から零れ落ちた涙を見て、ノヴァーリスは胸を痛めた。


「……今、城門近くでレオニダス候と兵たちが無益な戦いをしています。止めて、と頼んだら、あなた方は聞いてくれる?」


 兵たちの顔色がサッと変わる。

 ジロードゥランはその表情の変化を眩しそうに見つめて目を細めた。


「……殿下、どうかそう困らないでください。ロサの王女――ノヴァーリス様。ただ我らに命令してくださいっ!」


 ノヴァーリスは唇を一瞬震わせる。


「命じます。止めなさい。同じ血を分けたロサの民が傷つけ合うことを許さぬと。その後、王都前で戦っている者たちにも直ぐにっ」

「はっ!!」


 兵たちの後ろ姿を眺めながら、ノヴァーリスはきゅっと口を真一文字に結んでいた。

 そのノヴァーリスの肩にジロードゥランがそっと手を置く。


「ふ……、ふざけるなっ!!わ、私の兵に、お前が何故命令を(くだ)すっ!!!!」


 カタカタと震える音が響いていた。

 憎々しげにノヴァーリスを見上げるグレフィンの顔色は、また青から赤へと変化していく。


「お、お父様、止めて!もう!私たちは……っ!」


 ――アストリット……


 王座の横で泣き崩れるアストリットを見てから、ノヴァーリスは再びグレフィンを見た。

 その瞬間、ノヴァーリスの前にジロードゥランとファリナセアが飛び出す。


 グレフィンの投げた剣が真っ直ぐに突き刺さった。

 タラリと垂れた鮮血は、黒のマントにさらに深い闇の染みを広げる。


「ジロードゥラン男爵っ!」

「逃がすかっ!!」

「風よ、拘束しろ!!」


 ノヴァーリスの悲鳴と同時に、床を這うように逃げ出そうとしたグレフィンをファリナセアとスクラレアが風を使い拘束した。

 その不可思議な魔法という力を目の当たりにして、アストリットは真っ青になっていく。


「……大丈夫ダヨ。我ハ人ヨリモ頑丈ダカラ」

「喋らないで!今手当てを――」

「……俺とルビアナがする」

「「?!」」


 ノヴァーリスとジロードゥランは驚いたように目を見開いた。口の回りの糸を引きちぎったせいだろう。彼は痛々しい表情で、そこに立っていた。


「ハーディ!ルビアナ!何故……ッ」

「ハーディは心配していたのですよ。貴方が一人で無茶をするのではないかと。だから、こっそり付いてきました。糸はハーディが自身の意志で引きちぎって。ふふ、そのお陰で戦わなくても済みましたわ」


 そんな台詞を口にしながら、ルビアナはゆっくりとジロードゥランの背中に突き刺さった剣を抜いて止血に入る。


「エクレールさんじゃありませんから、止血で精一杯ですけど」

「薬草は効く……」


 コロコロと笑うルビアナと大真面目な顔でジロードゥランに薬草を押し付けるハーディに、ノヴァーリスは一瞬唇を緩ませた。

 だがまだ終わっていないと、じたばたと暴れているグレフィンを冷たく見下ろす。


「止めて!止めて、ノヴァーリスっ!!お父様を、お願い!殺さないで!こんな酷い人でも、私の父なのよ!!」

「アストリット……、私は……」


 目の前に飛び出して縋るアストリットに、ノヴァーリスの表情が歪んだ。

 王座に視線を向ければ、仲良く並んで座っていたルドゥーテとアシュラムの姿が浮かぶ。


 ――父を失う子の気持ちはわかる、だけど。


「……民たちの前でお前は全ての罪を吐き出せ。そして民たちが選んだ罰を甘んじて受けろ」

「ハーディ?!」


 グレフィンの耳元で囁いたハーディにノヴァーリスは声を荒らげたが、振り向いたハーディの悲しそうな笑顔に何も言えなくなる。


「……そうね。私は裁かない。裁くのは民たちに任せます。それが……私の慈悲だわ」

「……なん、ですって……」


 俯いて呟いたアストリットを一瞥すると、ノヴァーリスはそのままファルセリナ、スクラレアにローレルたちがいる東の戦場に向かうことを命じた。

 ずっと胸騒ぎがして堪らなかったのだ。

 代わりに、その後すぐに王の間へと乗り込んできたレオニダスたちにグレフィンとアストリットの拘束を頼む。


「姫っ、良かった!」

「リドも無事で良かったわ」


 アキトの後に入って来たリドに微笑んだノヴァーリスは、窓から飛び出して行ったファルセリナとスクラレアの背中を見送った。


 ――後の問題は、ダリアだけ。


 ダリアに意識を向けたノヴァーリスは気付かなかったのだろう。

 ハーディの言葉の魔力で押し黙ったグレフィンと違い、自らの意志で口を閉じたアストリットの心に。


「…………渡さない……」


「……え?」


 王の間から連行されるアストリットの唇が僅かに言葉を紡いだ。その言葉が聞き取れたのは、唯一音の魔法使いであるリドだけだった。

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