【ユキワリソウ】
「……まぁ、派手に暴れるのを期待されたのなら~、頑張らなきゃねぇ~」
真横で聞こえてくる間延びした口調にイラつきを隠さないユキは、舌打ちをしながら隣に立つ上司を睨み付ける。
舌打ちが聞こえているにも関わらず、いつものふざけたような笑みを浮かべるムーンダストの口の中に、そこら辺の土でも食わしてやろうかとユキは考えた。
だがムーンダストの唇が静かに魔法の詠唱に入ったため、実行することは止める。
ざわざわと風がユキの被っていたフードを持ち上げた。銀色の髪が光の下でキラキラと光る。と、同時にムーンダストの手から炎の玉が複数個飛び出て、その熱量にユキは顔を顰めた。
「あはは、ごめんねぇ。そこのハイドランジアの王子様。見せ場は全部私が頂いちゃうから~」
「冗談っ!!」
ムーンダストの挑発に乗ったような形でオウミが飛び出す。
だがそれは浅はかな行動ではなかった。ムッタローザと計算された緻密な動きで、王都の西門を守るように構えていた兵たちを次々と倒していく。
ムーンダストの魔法が相手を撹乱していたとはいえ、それは目を見張る活躍であった。
「あはは、容姿と同じで目立つねぇ」
「これほどまで武芸に秀でているとは……、ところで。ムーンダスト様はいいのですか?こんな派手に動いたのなら、ノワール様たちは黙っていないと思いますが」
「んー?」
派手さを重視したような炎の魔法が大狼の形を作り、兵たちを飲み込んでいく。
首を傾げたユキにムーンダストは張り付いたような笑顔のまま、唇だけを動かした。
「大丈夫だよ~。私は既に彼らに喧嘩を売っている状態だけど。国家間の争い事に首を突っ込まない協会はこの場には現れない。何かあるなら、ロサをノヴァーリス姫に返してからだよ。だから今は……ユキちゃん、ほら行って!」
トンっと背中を叩かれてユキは眉間に皺を寄せた。背中を叩かれたことに対してではなく、彼がまたユキちゃんなどと呼んだからかもしれない。
晴れ渡る空の下、太陽が照らす光が建造物の横に長い影を落とす。ユキは目を細めると、派手に立ち回っているオウミやムーンダストを一瞥した。
流石に門に近付くユキに気付いた兵たちが何人か向かってくる。重そうな鎧がカシャカシャと音を立てていた。
「命令を無視できないお前たちを殺すつもりはない」
振り回される銀の刀身を何度も避けながら、ユキは走った。身軽なせいもあったが、自身の中で迷いが生じ始めている兵たちの攻撃は躱しやすかったのだ。
やがてユキの足の爪先が影を踏む。
「……じゃあな」
同時にその足は影の中に沈んだ。
まるで水の中に潜るように、ユキの体は影の中に沈んでいく。
目指すべきは門の内側。
この季節の、この地域の、この時間帯。
王都の建物の構造もあって、西門の内側には丁度影ができている。
門の外ばかりを気にしていた、門内側の待機兵たちは気づくのが遅れた。
ぬうっと突如門の内側に現れた青年を目視しても、それが何を意味するのか、瞬時に脳が答えを出すことが出来なかったのだ。
その一瞬の間。
たった二秒ほど。
「開けさせてもらうぞ」
まず始めに西門が開く。
これは不味いと一番近い中央門から、半分ほど兵が援軍として移動してきた。
同時に彼らのいた中央門の前にある広場で声が上がる。
「今だ!ノヴァーリス様たちを助けよう!」
「ルドゥーテ陛下とノヴァーリス姫を迎えよう!」
「門ヲ開ケヨウ!!」
影を再び移動して、民家の軒下に姿を表したユキは、ふっと口許を緩ませた。
民たちを扇動しているのは、今朝には王都に紛れ込んでいたファリナセアとスクラレア、そしてジロードゥランだったからだ。