【グレフィン】
「な、何を……何をしておるか貴様らぁあぁぁっ!!」
その日、ロサの王城で怒号を放つことになったのは冷たい王座に一人腰掛けていたグレフィンだった。
時は少し遡り、大陸中の空にあの夜の映像が流れた日。
グレフィンはいつにも増して不機嫌そのものだった。
何羽も送られてくる使い鴉だけが理由ではない。
城の王の間にまで飛んでくる民衆の声、城にいる兵士たちの冷めたような視線。
それら全てが彼を不安に陥れ、不機嫌な態度を取らせていた。
――なんと言う、ふざけたことをしてくれたんだ!!
前日にアストリットが嬉しそうに語っていた話とは全く違う現実に、彼は苛立ちから彼女の綺麗な頬を赤く腫れるほど強く殴っていた。
「どこが死んでいるんだ!あの映像を見る限り、あの女、ピンピンして生きていやがるじゃないかっ!!あぁ、それになんと言うことだ!!あの映像、あんな、ふざけた能力でっ」
――全ての計画が!!あぁぁっ!スパルタカスも何をしている!早く私を助けに来いっ!!
口から出る台詞、心であげている叫び、それらがどちらなのかすら判断できないほど、グレフィンは冷静ではない。
娘のアストリットはスパルタカスの息子であるクライスラーと関係を持ったと言っていた。そして排除すべきルドゥーテも死ぬと。
「本当か?だったら何故来ない?皇国よりも私を助けに来るのが先だろう?!私は高貴な存在だ。そうこの国、ロサの王、グレフィンだぞ!!」
映像ではルドゥーテとノヴァーリスが明日ロサを奪還すると宣言していた。そしてグレフィンを殺すとさえ。
『……グレフィン伯父様、貴方がどんな言い訳をしようと、私は決して貴方を許さない。お父様と同じように、いいえ、もっと残酷に、私は貴方を殺します』
耳元で囁くように、脳内の記憶が甦る。
ノヴァーリスの真剣な表情は、グレフィンの知っている彼女のそれではなかった。
――私がノヴァーリスを変えたのか……
国を滅ぼす青薔薇姫。
疎ましい妹の、呪われた娘。呪われた……我が姪。
瞼を閉じたグレフィンが次に目を開けた時、時間は正しい場所で動き始めた。
王の間に存在する正しい時を紡ぐ、魔法の砂時計。
協会からロサへの贈り物として飾られているその砂時計は、そろそろ正午を示そうとしていた。
そう、奪還すると宣言された日の正午を。
「お父様っ、民が門を勝手に内側から開けておりますっ!!」
少し前に王都の手前で戦闘が始まったという報告があった。だが、そのアストリットの台詞は想像よりあまりにも早い。
「……おかしい、まだクライスラーから報せがない。昨夜此方に来ると報せてから一向に……っ」
「お父様っ!」
アストリットの悲痛な声にグレフィンは眉根を寄せた。
白い肌は血の気が引いていて、いつもよりも青白い。まるで骸骨のようだと、グレフィンはテーブルの上にあった金の杯に写りこんだ自身の顔を見て笑った。
ちょうどその時、また一羽の使い鴉がグレフィンに手紙を運んでくる。
そっと白い紙を広げると、そこにはクライスラーの軍が国境付近でノヴァーリスが用意していたらしい軍と交戦中だと書かれていた。
「ふ、ふふふ……」
グレフィンはクツクツと肩を小刻みに揺らす。
赤と黒の二枚の布地を折り重ねた大層な作りのマントがその振動に小さく揺れていた。
彼の髪はグシャグシャと乱れていて、それは彼自身の手で掻き毟った行為のせいだった。
「……お父様」
アストリットの声が掻き消えそうなほど、か細く震える。
彼女の瞳に映ったグレフィンは次の瞬間には天を仰ぐように仰け反って、大笑いをし始めた。
まるで気が狂ったかのようなそれは、その場にいた兵士たちに動揺を生じさせていく。
窓の向こうで王都の門が開いた。
と、同時に王の間の立派な戸も開かれる。
空に立ち上る白い煙。
王都中に響き渡る歓声。
グレフィンは笑うのを辞めると、顔を覆っていた片手の指の隙間からギロリと王の間から出ていこうとしている兵たちの後ろ姿をとらえた。
「な、何を……何をしておるか貴様らぁあぁぁっ!!」
それは天を貫くほどの怒号。
剣を抜いたグレフィンの瞳は理性を完全に失っていた。
大変遅くなりました。
体調を崩していたので、更新が途絶えておりました。
また色々と迷ったのですが、先にこちらを描いて少し他の視点も動かしていこうかと。
戦闘シーンを楽しみにしていた方がいらっしゃいましたら、少々申し訳ないです。