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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第六章、奪還と面影と
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【イヌマキ】

 イヌマキたちは朝早くから遺跡前の砂漠に集められた。

 そこにいた人々を見て、イヌマキは瞬間的にぎょっとした。

 彼が昨夜酔い潰れる前に見た数よりも、今朝集まった人数の方が確実に膨れ上がっていたからだ。


 砂漠の民や紅の針葉樹(レッド・コニファー)、そしてレオニダス領の生き残りの民たちだけではない。

 ロサの他の領地の民たちもそこに加わっていたのだ。


「おいおい、こりゃあえらい人数になったもんだ……」

「アタイたち、いらないんじゃないかってぐらいの人数だね」


 愛娘であるカヤの台詞に大きく頷いてから、イヌマキはロサを取り戻すために働いた分の報酬が少なくなるのではと計算する。空の映像に感動したこともあったが、それはそれ。これはこれであった。


紅の針葉樹(レッド・コニファー)の頭領であるイヌマキに話があります」

「むっ?」


 突然ノヴァーリスに名指しされ、イヌマキは首を捻った。スキンヘッドの頭が見事に太陽の光を反射する。


「イヌマキ。貴方たち紅の針葉樹はハイドランジアだけでなく、ロサでも悪事を働き、我が国の民に被害を出していますね」

「まぁー、そういうこともあったかもしれないな。物覚え悪くて覚えてないが」

「なんと無礼な!」


 ノヴァーリスの傍に控えていたレーシーが肩を震わせて怒りの声をあげるが、それをノヴァーリスが手を伸ばして制止した。


「……イヌマキ。貴方たち紅の針葉樹は、人を殺したこともあるでしょう。実際に村を襲っている姿を目撃しましたし、その時私も殺されそうになりましたから」


 その言葉を聞いた者たちが動揺する。

 目を細めたイヌマキは短く口笛を吹いた。


「……ですが、ロサを取り戻す為に尽力してくれるなら、今までの事をロサでは不問にします。そしてロサで特別な商いを任せましょう。ここにアザレア共和国の大統領から、今朝早くに使い鴉が届けくれた書簡があります。……もし私が国を取り戻せたのならば、砂漠にロサとの特別な流通の道を作ろうと。……言っている意味がわかりますか?」


 ――わからないでか!それは大きな儲け仕事だ!!


 イヌマキは鼻息荒くスキンヘッドの頭を揺らすと、その場でノヴァーリスへと両膝を砂の上に折り曲げた。

 それから深々と頭を下げる。


「今ここで誓いましょう。俺達紅の針葉樹(レッド・コニファー)は、山賊ではなく、ノヴァーリス殿下の手足となることを」

「誓います!」


 カヤも同じように続くと、そこにいた紅の針葉樹の男たちが両膝をついて深々と頭を下げた。

 その光景を満足そうに眺めながら、ノヴァーリスは小さく頷くとイヌマキたちの側で呆然としていたローレルに声をかける。


「ローレル。イヌマキたちと一緒にロサの東を任せてもいいですか?……わかっていると思うけど、東が一番――」

「危険なのはわかってる。ダリアとの国境があるからな。……だがもしダリアが動いても、このローレル様がロサには一歩も侵入させねぇ!」


 ローレルが白い歯を見せて笑うと、ノヴァーリスはそっと目を細めた。

 彼の八重歯が見える笑顔が優しければ優しいほど、胸の奥がざわざわと落ち着かなくなる。


「ははは!ノヴァーリス殿下、俺はこのローレルという小僧が気に入っていてな!絶対に死なせねぇからそんな顔をするもんじゃねぇですぜ!」

「アタイの未来の旦那様だしねっ!」

「違う!!俺は落ち着いたら――ふぐっ?!」


 イヌマキとカヤの台詞を聞いて慌ててノヴァーリスに何かを言おうとしたローレルだったが、顔面を近付いてきたアキトに叩かれた。


「はー……死亡フラグ死亡フラグ。……っと、ノヴァーリス様、俺とレオニダス様は勿論――」

「えぇ、アキトとレオニダス叔父様は、私とレーシー、ジョエルと一緒に正面突破です。後、リドも一緒に来て」

「う、うん、僕が役に立てるならっ」


 ノヴァーリスの台詞にリドは何度もコクコクと首を縦に振る。

 その後ろでムーンダストは面白くなさそうに唇を尖らせていた。


「どーして、正面突破に私を入れてないのかな~?」

「ムーンダスト。何でもお見通しの貴方ならわかるでしょう。貴方には西側を任せます。ユキとオウミとムッタローザもムーンダストと一緒に西側をお願い。出来れば一番最初に派手に暴れて欲しいのだけど」


 ムーンダストの拗ねたような横顔を見て鼻で笑うと、オウミは前に一歩進み出る。


「……この、(とお)で神童十五で才子(さいし)二十過(はたちす)ぎれば只の人であるムーンダストと一緒なのは気に入らないけど、君のために頑張るからね」

「はぁ?!何それ?!言っとくけど私は今も天才でっ」

「ぶはっ!」

「ちょ、ユキちゃん?!何吹き出してんのっ?!」


 ――確かに神童とか自分で名乗っていたが、神童ってのは子供のことだったな。ハイドランジアの小僧も面白いこと言うじゃねぇか!


 イヌマキは騒がしくなった一ヶ所を眺めながら、頼りなかった筈のハイドランジア王子の変化に肩を揺らした。


「既にここにいないジロードゥラン男爵や砂漠の民であるファリナセア、スクラレアには作戦を実行してもらってます。テラコッタ、ジェイドたちはここに母と残ってもらいますが、何かあったら絶対に報せて」


 最後にテラコッタの手を握ったノヴァーリスを視界に入れてから、イヌマキは自身専用の太い脚と大きな体を持つ立派な赤い馬に跨がった。


 空は快晴。

 降るとすれば、それは目を覆いたくなるばかりの血の雨だろう。

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