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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第六章、奪還と面影と
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【アキト】

 昼間あれほど砂漠を照りつけていた太陽の存在が嘘だったかのように、月に照らされた夜の砂漠は冷え込んでいた。だが季節が夏ということもあり、その夜は日中よりも行動しやすいものだった。


「……だからと言って、貴女が動き回っていいわけはないはずなんですけどねー……」


 ジロードゥランの屋敷のバルコニーの手すりに腰掛けて夜空を見上げていたアキトは、気だるげに首を傾げ視線を落とす。

 その茶色い瞳に映ったのは、蜂蜜色の髪を揺らしているノヴァーリスだった。


「そもそも明日ロサに攻め込むんですけど」

「……わ、わかってるわよ。それは」


 アキトの呆れたような表情にノヴァーリスはしどろもどろになる。


「……あ」


 そんな中、遺跡から歌声が聞こえてきた。

 反応したノヴァーリスに一度短く溜め息を吐いてから、アキトは遺跡の方向に視線を向け目を細めた。


「……レオニダス様の領地に伝わる民謡です。歌い出したのはジョエルかな。……はは、きっと皆あっちはあっちで馬鹿騒ぎでしょうね。明日戦争だってのに、ホントウケる」

「……故郷を懐かしみながらも世界を旅している息子の想いが綴られた歌、よね。よくアシュラムお父様も歌っていたわ。レオニダス叔父様の方が上手かったけど」


 珍しく流暢(りゅうちょう)に喋るアキトに、ノヴァーリスは微笑みながらそう返す。アキトの横顔から彼がどこか嬉しそうなのを感じ取ったのだろう。


 遺跡にはジロードゥランの屋敷を目指してやってきた者たちでずっと溢れていた。各地の空に流した映像を見て、パラパラと人が集まってきていたのだ。

 そのため遺跡に、レオニダス、ジョエル、ローレル、カヤ、イヌマキ、ルビアナを残して他のメンバーは屋敷の方へと移動していた。

 瀕死状態だったルドゥーテは、回復はできないがとのことでムーンダストが彼女だけ時を止める結界を張り、それをユキが影に通しジロードゥランの部屋のベッドに運んだのだ。

 その時に砂漠は通れないと言っていたことをテラコッタが指摘していたが、ユキは短く謝罪するだけだった。

 きっとその嘘は彼の意思ではなかったのだろう。


 ルドゥーテ回復のため必死に魔力を注ぎ込んでいたエクレールは、その力が底を尽きたのか(ただ)の人形のように倒れ込んだ。解毒薬を作り上げたジェイドではあったが、既に身体中に毒が回り血の涙を目頭から溢したルドゥーテを手遅れだと診察していた。それから薬を机の上に置き、エクレールをなんとか修復しようと屋敷の使われていなかった小部屋に(こも)っている。そこはいつ作られたかも判らない玩具や縫いぐるみが飾られている部屋で、ジェイドがエクレールに声を掛けている姿は、夕食を運んだテラコッタが息を飲むほど異様な光景に見えたようだ。


「はー……それで。……ノヴァーリス様の目的をそろそろお話しください。まさか眠れぬからと話をしに俺のもとに来たわけじゃないでしょう」


 ――話し相手ならテラコッタ、リド王子、オウミ王子など……わざわざ話嫌いの俺を選ぶはずない。


 話嫌いというか面倒臭い事が大嫌いなだけではあったが、話すのも面倒だと思う彼にはやはり話すのは嫌いなことなのだ。


「アキトはいつも察するのね。そうよ、付け焼き刃だと貴方は笑うかもしれない。だけど身を、自分で自分の身ぐらい守るために、教えて欲しいの」


 ノヴァーリスが取り出したのは、レオニダスが手渡したという懐剣(かいけん)だった。

 抜け放たれた刀身を見つめながら、アキトは長い溜め息を吐き出す。


「はぁー……、なんで俺?人選間違えてません?」

「ま、間違えてないわよ!」

「ほら、レーシーさん」

「絶対無理。その上必ず長い説教がくるわね」


 二人で古い正義感の塊であるレーシーを思い浮かべてから、彼女の説教を考えては表情を曇らせる。


「ムッタローザさん」

「私がパワータイプに見えるの?」

「オウミ王子も強いのでは」

「……手取り足取り教えてもらえる気はするけど、でも……」


 ――あぁ、一応そういうことへの警戒心も少しはあるわけだ。


 少し頬を赤らめて俯いたノヴァーリスを見つめながら、一度納得したアキトだったが、その後すぐ腑に落ちない顔をした。


「……え?俺は?」

「?何言ってるの?」


 首を傾げるノヴァーリスに、アキトは口の端を引き()らせる。


「まぁいいや。……力のないお姫様が真っ正面から対抗するには、一つだけ。相手の力を利用してください」

「それは……どうやればいいの?」

「俺を突き刺そうとして」


 夜の闇が一層濃くなった。

 パチパチと屋敷を照らす松明の火がユラユラと揺れている。

 二人の影が交差し、バルコニーの床に銀色の剣が叩き落とされた。


「なんとなくわかりました?」

「な、なんとなく……」


 アキトの手がトンっとノヴァーリスの首筋を軽く叩く。

 それから横腹、太股と叩いていった。


「相手が着ている鎧にも依りますから、そこは狙える場所を素早く、ですね」

「う、うん」


 アキトはノヴァーリスの頷きを見て、一度距離を取ると彼女を捕らえるような動きで腕を伸ばす。

 その動きを何度か、タイミングを掴むまで繰り返した。

 徐々にノヴァーリスの息が上がり、アキトは平然とそれを見つめる。

 やがて傾いた月に薄い雲が少し掛かった時、ノヴァーリスはアキトに教わった通り、その腕の力を利用して相手の体勢を崩した。そしてそのまま懐剣をアキトの喉元に突きつけたまま動きを止める。


「……で、できたわ!」

「……まぁ、なんとか」


 嬉しそうに笑って緊張を(ほぐ)したノヴァーリスにアキトは眠そうな(まなこ)(まばた)きさせてから、白い歯を見せた。

 ノヴァーリスの持つ力の入っていない銀の刃を自身の喉元に押しつけながら、アキトは屈むように彼女へと顔を近づける。

 突然距離を詰められて、ノヴァーリスは反応できずにいた。


「……え?」


 つかの間だけ折り重なった影。

 唇の端に触れた感触にノヴァーリスは、目を大きく見開く。


「指導代ってことで」


 ペロリと自身の唇を舐めたアキトは、その後すぐ大きな欠伸(あくび)をした。


「ほら……もう寝ないと。貴女が倒れたら、俺、テラコッタさんとレーシーさんたちに殺される……レオニダス様からも説教されますし。こっちは聞き流せますけど」


 ひらひらと手を振ってバルコニーを後にしたアキトの背中を眺めながら、ノヴァーリスは唇の端を手の甲で少しだけ擦る。


「…………アキトはわからないわ」


 溢した台詞は静かな夜の闇に溶けるように消えたのだった。

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