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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第六章、奪還と面影と
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【セイリュウ】

 海洋国であるアザレア共和国には、王という君主は存在しない。が、代わりに国家元首となる、選挙で選ばれた大統領というものが存在していた。

 現在十年以上もの間その役職を続けている男の名は、ソルティータという。

 彼がずっとその席に座り続けている理由は、自国の儲け優先でアザレアを大陸一裕福な国家にしたという実績からだ。

 船を使い各々の国家に商品を流通させる手腕は見事で。まだ三十代半ばであり、その端正な顔立ちから女性人気が高い。若い頃に失ったとされる左目を覆う革の眼帯には、紋章の西洋躑躅(せいようつつじ)が描かれていた。


「……しかし、先刻のはなかなか面白い見世物だったな」


 日に焼けた根岸色(ねぎしいろ)の髪を揺らしてソルティータは、背後に立って曲芸の天幕代の支払い分を袋から取り出していた黒髪の少年に声をかけ振り向く。

 片方だけしかない群青色(ぐんじょういろ)の瞳に見つめられて、少年は黄昏色(たそがれいろ)の瞳を大きく見開いてから、パチパチと何度か瞬きを繰り返した。


 ――や、やべぇ。金貨チャンと別れるのが辛すぎて、全然っ聞いてなかった!!


「……お前……まさか、今の見てなかったのか?」


 ソルティータの信じられないと言った呆れ顔に、少年は人懐っこい笑みを浮かべて首を傾げる。

 物心ついた時からずっと旅芸人をしながら貧乏生活を送っていた彼は、貨幣に対して異様なまで執着心を持っている金の亡者と化していた。その為、支払いを行う度に一人の世界に旅立ってしまい、人の話を聞いていないことが多かったのだ。


「はー……先刻の空の映像だよ。声ぐらい頭に響いただろ」


 窓の外を指差すと、ソルティータは乱暴に高級そうな革の回転椅子に腰掛ける。


「あ、あぁ。ロサのノヴァーリスとかいうお姫様の、ですか」

「それだよ!ったく、お前……金にばっかり愛を注いでんじゃねぇよ。自国の儲け優先の俺が言うのもなんだが、確かに金は人生にたくさんの選択肢や生活に余裕を与えてくれる。が、心を潤すには女がいるだろ」


 ソルティータの甘く響く低音に、少年は支払い分の金貨を数枚泣く泣く彼の執務机の上に置くと、面倒そうに頭を掻いた。同時に彼の後ろで一つに束ねている長い黒髪が尻尾のように揺れる。


「さっきの、ノヴァーリス姫は噂通り愛らしい姫だったな。これから戦争するんだろうが、生き残っていたら一度抱いてみたいね」

「あはは、流石、出歩くだけで女性が股を開く大統領様は言うことが違う」

「……お前、俺のこと馬鹿にしてるだろ?あのな、男なら女を悦ばせたいと思うのが自然だろ。そして俺は多くの女に求められるのだから仕方あるまい」


 溜め息を()いたソルティータを眺めながら、少年は瞳をそっと細めた。


「大統領は女性に花を贈ったことがありますか?」

「ん?唐突だな。勿論あるぞ。女は花を好むからな」

「そうらしいですね。ただ、もし花言葉を知らないなら、気を付けた方がいいですよ。花にはそれぞれ花言葉があって、その意味で贈られた花を受け取る女性もいるらしいですから。あまり多くの女性に贈っていると刺されますよ」

「ほう。そこまで考えてなかった。……だが、花を贈る以前に既に何回か刺されそうになったことはあるな。はははっ」


 ――笑い事じゃねぇって。


 少年は苦笑いを浮かべると、ソルティータに一礼して部屋から出ていこうとする。

 いい加減、この大統領の相手が面倒臭くなってきたのかもしれない。


「あぁ、セイリュウ」

「はい?」


 セイリュウ、と呼び止められて、少年は首を回し顔だけをソルティータの方に向けた。

 ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべたソルティータは、片目を細めて口を開く。


「リンドウは次に何処に向かうと言っていた?もしまだ決めかねているならば、砂漠を通ってロサに行けば良い。お前たちが着く頃にはごたごたも終わってるだろう。戦争終わりは興奮度が高いからな、あと娯楽に飢えてる。お前たち旅芸人の儲け時だぞ!」

「わかりました。リンドウ団長に伝えておきます」


 セイリュウは素直に頷くと、その整った中性的な顔で微笑んだ。ソルティータとの会話中見せていた作り物の笑顔ではなく、ごく自然に微笑んだその笑みを見て、ソルティータはまた軽く溜め息を吐いた。


「……まったく、そうやって普段から笑っていれば……中性的な美少年として人気が出て、毎日客や女に苦労しないだろうに。……いやまぁ……女に対して無愛想なところがウケているのだから、苦労はしていないのか。アイツが手を出さないだけで」


 そんなソルティータの呟きは、扉を閉じて出ていったセイリュウの耳には届くことはなかったのだった。







「セイリュウ!」


 大統領の邸宅(ていたく)から港町に出たセイリュウに、穏やかな声が掛かった。

 殆ど髪を剃り上げていて、頭のてっぺんにしか深緑色(ふかみどりいろ)の髪の毛が生えていないその姿は、輪郭の形も伴いなんとなくパイナップルを連想させる。


「ソルティータ様に無事支払いを終えたか?」

「リンドウのオッサンよ、見たら判るだろ?無事に俺の懐から金貨チャンが数枚旅立ってしまったわっ!」

「いやお前だけの金じゃないからな。一座(いちざ)全員の金だぞ……」


 懐を押さえて嘆くセイリュウにリンドウは眉尻を下げながら、困ったように笑った。


「大体、デルフィニウムの(ねえ)さんが行けば良いと俺は思うんだけどっ」

「いや、デルフィニウムは……一度関係を持ってしまったらしく、それ以来会うと喧嘩になるから」

世知辛(せちがら)い……」


 心底面倒臭そうな顔をしたセイリュウに、リンドウはまた苦笑するしかなかった。


「あ、えっと、それに……デルフィニウムは、空間魔法の使い手だからね。前にも言ったけど、狭い天幕の中の空間をあれだけ広い円形舞台に出来るのはデルフィニウムだけだし……すごく維持するのに疲れるんだって」

「わかってるけどさぁ、最近こういう仕事全部俺にやらせてんじゃん!」


 長い溜め息を吐き出してから、セイリュウはソルティータが勧めていたロサへの興行をリンドウに告げようとしたところで、先に彼の口が開く。


「次の興行先はロサにしようと思う」

「あ……そう、なんだ」


 やはり儲け時という認識なんだろうか、とセイリュウが考えたところで、リンドウの穏やかな黄緑色の瞳が物悲しそうに揺らいでいるのを見て違うと確信した。

 まるでリンドウのその表情は旅の終わりを示しているかのようだ。


 ――ロサ、か。

 着いた頃には戦争は終わってるって言ってたけど……


 セイリュウは白い雲が幾つか浮かぶ青い空を仰ぐと、懐かしい気持ちになっていた。


 ――ここずっとロサだけは避けるように大陸を回っていた。

 もし城下町にも寄るなら、アイツに会えるだろうか?


 無意識に指が触れたのは、自身の唇。

 セイリュウは瞼を閉じると、そっと思い出の中の少女を脳裏に思い描こうとした。だが八年も前の思い出は曖昧模糊(あいまいもこ)で、少女の顔も声も思い出せない。

 ただ覚えているのは、柔らかい唇の感触と……


『へぇ、もう一度会えるなんて思ってもみなかった。あぁ、団長が次の町に行くって言うから。世界を旅する旅芸人なんてこんなもんだよ。だけどまぁ、今度もしまたもう一度会えたら、今度は百八本の薔薇の花束でも贈ってやるよ』


 冗談半分で笑いながら口にした自分自身の台詞だけだった。


●珍しく後書きです!


いややっと出せたー!

出てきたー!

第一章『不吉な王女』【ノヴァーリス】の秘密の恋の少年がやっと出せました(´;ω;`)

長かった……(笑)


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