【シルバー・ベビー】
其処は未開の地。
青々と茂る木々の葉は種類が豊富で、人によれば其処は最後の自然の楽園だという。
特に薬にも毒にも変化する特殊な草花や生物が残っており、森に隣接するハイドランジアは建国当時から森の開拓を進めようとしていた。
だが森の奥に進むことはなかなか出来なかった。
既にその土地には森の民と呼ばれる、古から長きに渡り住み着いている一族がいたからである。
森の民は人ではない。まさに獣と人の合の子。
獣人と呼ばれる者たちであった。
森の奥深く、木々の葉の隙間から空を見上げた幼女は、先程まで空に流れていた映像を食い入るように見つめていた。
淡い薄紫のかかった銀髪を揺らして、ピクピクと人とは違う頭の上の方にある獣耳が音に反応した。
また人のものではない獣の鼻がスンスンと匂いを判別する。
「ヘッドボーン、いまのみた?」
獣人の幼女――シルバー・ベビーは背後に立った大男――ヘッドボーンに振り向かないまま声をかけた。
お尻から生えている長い尻尾がクルリと輪を描き、その動きを見たヘッドボーンはシルバー・ベビーがまた夢物語を描いていることに気づく。
「見た。興味ない。……人の王、誰でも、俺ら、殺す。人間、敵。それ変わらない」
強靭な肉体に生えた獣の毛を逆立てながら、ヘッドボーンは鼻息を荒くする。片言の彼の言葉を聞き、シルバー・ベビーは悲しそうに瞼を閉じた。
ヘッドボーンはいつも血の匂いがする。
長く鋭い爪の間には、人間の肉片がよく詰まっていた。相手が幼い子供でも、相手が屈強な兵士だったとしても、ヘッドボーンは容赦なく出会った者全てを殺した。勿論、彼らは全員未開の地に無断で足を踏み入れた侵入者たちだったからだ。
「いつも仲間奪う。いつも森傷つける。人間、嫌いだ」
「わかってる。わかってるよ。でもね、いまのノヴァーリスっていうおひめさまは、どこかちがうきがするの」
――昔話で聞いた、遠い過去に居たと言う統一王の再来なんじゃないかって。そう私の夢が語っていたの。
シルバー・ベビーには予知夢という特技があった。
五歳と言う幼さはあったが、予知夢という能力のお陰で他の獣人の子供たちよりもどこか飛び抜けてしっかりとしていた。
「……我ら女王、呼んでる」
「かあさまが?なら、さっきのえいぞうのことかな?」
「知らない。だが俺伝えた」
そう言い終えると、ヘッドボーンは森の中に姿を消す。
そんな彼の大きな背中を見送りながら、シルバー・ベビーは小さく溜め息を吐いた。
未開の地に住む森の民らには女王がいたが、未開の地は国家として列強諸国に認められていないため、王はいないことになっている。
だが、確かに森の民の王はロサと同じ女王であった。
「かあさまなら、わかってくれるかな……」
――私の見た夢を。
これから起こるであろう大きな戦争を。
シルバー・ベビーはもう一度だけ溜め息を吐くと、そっと鋭い爪の生えた獣の足で大地を踏みしめた。
湿った土は、くっきりと彼女の小さな足跡を残す。
木々の葉の間から覗く空には、珍しく虹が掛かっていた。