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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第六章、奪還と面影と
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【ジョエル】

 ――あのノヴァーリス様が、人を殺すことを宣言されるなんて。


 映像を流し終え、長い息を吐き出して胸元で両手を祈るように重ねているノヴァーリスの様子をジョエルは黙って見つめていた。

 隣ではルドゥーテの凛とした強い姿に感動しているレーシーが両肩を震わせている。


 そしてそれは一瞬の出来事だった。


「なっ?!女王陛下っ?!」

「え、お母様っ?!」


 まず気付いたのは、レーシーとノヴァーリスで。

 ジョエルはその二人の声に反応した者の一人だった。


 視界の中で、赤い血を吐き出しながら、ルドゥーテの膝が崩れ落ちる。前のめりに倒れこんだルドゥーテは、一度手をついて体勢を整えようとするが、そのまま再び吐血した。


「いや、いやぁあっ?!ルドゥーテ様ぁあっ?!」


 映像を流すという大仕事を終えたテラコッタが泣き叫ぶ。

 いや、既にルドゥーテを支えるノヴァーリスの瞳からは涙が溢れ出ていた。


「……二本の薔薇……?」


 ルドゥーテに皆が集中する中、ジョエルはふと彼女の足元に落ちていた桃色とオレンジ色の二本の薔薇に視線を向ける。

 何故かそれが気になって拾い上げようとした瞬間、手をジェイドに強い力で弾くように叩かれた。


「な、なに?」

「うるさい、触るな!僅かに毒の香りがする……」


 ジェイドの言葉にレオニダスたちが反応していた。

 ジェイドはゴム手袋を着用すると、そっと二本の薔薇を拾い上げる。


「やはりな。この二本の薔薇の棘には変わった毒が塗ってある。この香り……毒が全身を回るまで潜伏する毒の種類だろう。毒の症状が現れた頃には、最早手遅れだ」

「そんな……!」


 ジョエルが驚きの声をあげると、他の者たちも顔を見合わせて倒れこんだルドゥーテを見つめていた。

 ジロードゥランがそっと、遺跡の中にあった長椅子にルドゥーテを横にして寝かせる。


「……やはり、所見通り毒だったぞ」


 ジェイドが入念に調べた結果を口にした。

 その言葉に、ノヴァーリスは(すが)るようにムーンダストを見つめる。


「お願い、お母様を、助けてっ」


 ムーンダストは伸ばされたノヴァーリスの手を避けるように一歩後ろに下がった。


「……それは出来ない。もう手遅れだ」

「出来ない?お前ならエクレールの力を増幅させることは出来るんじゃないのか?!せめて、俺が解毒薬を作るまで持たせることはできないのか?!」


 横たわるルドゥーテの横で必死に治癒魔法を使っているエクレールを見てから、ジェイドが怒鳴り声をあげる。そしてその言葉はその場に居た者たちにとって、納得の行くものに違いなかった。


「そうだ!さっきテラコッタちゃんとリド王子の力を増幅したみたいにっ」

「だから出来ない。私は万能じゃないんだ」


 いつもの間延びした口調ではなかった。レオニダスに睨まれて、ムーンダストは吐き捨てるように言うと、ノヴァーリスに向かって首を横に振った。


「……既に、救出したときには毒がほとんど回っていた。今まで立っていられたのは、気力だったんだろう。映像を流しているときには、彼女は限界が来ていたはずだよ」

「……待てよ。その口調、てめぇ……俺が救出してきたときに既に気づいてたのか?!女王が毒にやられていると?!だったら尚更なんで言わなかった!!」


 ユキの表情が歪む。

 沸々と込み上げていた怒りが我慢の限界を超えたのだろう。ムーンダストの襟首を掴み、ぐぐっと引き寄せると鋭い眼光で睨み付けた。


「……言うわけないだろう?私にとって女王の運命よりも彼女が命を懸けてした宣言の方が重要だったからさ!」

「てめぇ、いい加減に――」


 ユキが涼しい顔で笑ったムーンダストを拳で殴ろうと片腕を振り上げる。だがその腕を止めるように飛び付いたのは、ノヴァーリスだった。


「ユキ、ありがとう。でも今はいいの。ロサを取り戻したら、お母様のことも……シウンのことも、覚悟していて」

「ふふ、はいは~い。そうだねぇ。この無国籍砂漠地帯(サルビア)に人が集まってきてるみたいだし、いい判断だよ~。まぁ……痛いのは嫌だけど、少しは覚悟しておきますよ~、お姫様」


 弧を描くように再び細められたムーンダストの瞳は、まるで彼女がそうすることを知っていたかのように、余裕綽々であるのが見てとれる。

 ユキが掴んでいた手を離せば、ムーンダストはさらに白い歯を見せて笑った。


「「……やっぱぶん殴るっ!」」


 それは一瞬の出来事だった。

 離した筈の手を握り拳に変えて勢いよく降り下ろしたユキと、ムーンダストの態度がやはり許せなかったらしいローレルが拳を突き出しながら突進したのだ。

 両側の頬を同時に殴られたムーンダストはそのままその場に崩れ落ちた。


「ふ、二人とも?!」


 目をぱちぱちさせてノヴァーリスが倒れたムーンダストを見下ろしながら、何度も視線だけはユキとローレルの二人へと動かしたりする。


「すまん。お前の気持ちは判っていたが、俺がこのニヤケ面を殴りたくなっただけだ!」

「俺もずっとイライラしてたっ!シウンが身命(しんめい)()したことも馬鹿にされてる気がしてっ!姫さん、俺もごめんっ!」


 二人が大真面目な顔で謝ると、レオニダスの隣に立っていたアキトが盛大に吹き出す。


「ぶはっ!……あは、あはははっ!……はー……笑い死ぬかと思った。……一先ず、ルドゥーテ様はエクレールとジェイドに任せましょう。ジェイド、解毒薬すぐに作って」

「あ、あぁ……」


 間に合わないぞという顔をしたジェイドにアキトは一度ノヴァーリスに視線を向けてから、彼に首を振った。

 その表情にジェイドも何かを察したのか、大きく頷いて腕を捲る。


「ジェイドっ!僕も何か手伝うよ!」

「いや、ジョエル……お前は私と一緒に来い」

「え?」


 ジェイドに声を掛けたジョエルの肩を叩いたのはレーシーだ。

 彼は瞬きを数回繰り返すと、そこでやっと多くの人々の声が響き渡っていることに気づいた。


「レオニダス候、君モ行ッテ見ルトイイ」

「な、に?」


 いつの間にか包帯を巻き直していたジロードゥランの台詞に、レオニダスは呆気に取られつつもアキトと共に遺跡の外へと出る。

 ノヴァーリスも自然に彼らの後を追った。


 ジョエルとレーシー、レオニダスとアキト、ノヴァーリスとその後ろを追いかけてきたローレルとカヤの七人が遺跡の外に姿を表した瞬間、一気に砂漠に熱気が走った。

 うぉおぉっという歓声が上がる。


「カヤちゃぁぁあんっ!ローレルぅ!!俺は来る途中であれを見て猛烈に感動したぞぉぉおっ!!」

「親父っ?!」


 そこにはイヌマキを始めとする紅の針葉樹(レッド・コニファー)の一団がいた。


「レオニダス様ぁぁあっ!!俺らはあんたの無実を信じていましたよっ!!」

「あぁ、散り散りに逃げながらも、ずっと貴方とアシュラム様の汚名が晴れることをどれほど願っていたかっ!!」

「お、お前たち……っ!生きて……っ?!」


 また馬車で移動しながら生活していたのか、レオニダスの領地の民の生き残りであろう五十人ほどもそこにいたのだ。

 レオニダスとアキトの目が大きく見開かれ、その声は喜びに満ちている。


「っ、ジョエル!!ジョエルーっ!!」

「え?!と、父さんっ?!」

「うわぁぁん!お兄ちゃんっ」

「おにいたん!」


 そしてその中には、ジョエルの父親の姿と妹たち――アンとプルダの姿もあった。


「みんな、生きて……!」


 レーシーに無言で背中を押され、ジョエルはポロポロと嬉し涙を流しながら階段を駆け降りる。

 そして父親や妹たちと熱い再会の抱擁を交わした。


「っ、母さん!母さんはっ?!」


 妹たちが生きているならばと、母親のことを口にしたジョエルだったが、父親は小さく首を横に振る。


「母さんは……残念だが。……父さんが村に戻った時には軍はなかった。必死に探したよ、アンとプルダも一緒ならそう遠くに逃げられない。ならば、森だとね。そして森の枯れ井戸の上に被さるように母さんが倒れていた」

「お、お母さんがね!絶対泣いちゃダメだよって、だから、アンもプルダも頑張ったんだよ!」

「なかなかったよ!!」


 枯れ井戸の中に娘たちを隠したのだ。

 ジョエルは直ぐに判った。大好きだったしっかり者の母親がしそうなことだ。

 悲しみのあまりまた違う涙を流しそうになって、ジョエルは必死に飲み込むと、また家族の再会を喜んだ。


 ――これは母が命を懸けて作ってくれた再会なんだ。母さんのお陰で、父さんと妹たちに会えたんだ。


 ジョエルは強くそう感じていた。

 そして先刻気絶するほど強く殴られたムーンダストを思い出して、確かにあの人は万能ではないと(まぶた)を閉じたのだった。

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