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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第六章、奪還と面影と
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【ノヴァーリス2】

「そ、そこの彼女って、もしかしなくても私の事です?!」


 テラコッタがムーンダストに指を差されて驚いたように声を上げる。

 ノヴァーリスはニコニコと笑顔で頷いたムーンダストにモヤモヤとした気持ちを抱いていた。


 ――この人は一体何を考えているのだろう。


 いつも突然現れる彼の目的は何なのか。そして神出鬼没(しんしゅつきぼつ)で全てを見透かしたような彼が、シウンの死を予知できなかったのかと次々と疑問が浮かんでくる。

 そしてそれは苛立ちにも似た感情でもあった。


「君はこれから話し合おうって言っているのに、既に道を決めつけているみたいだね」

「……ふふ、そうだねぇ。話し合いはしなくても判るよ。だって選ぶ道は一つだけだからね~。……どうせロサを取り戻すために血を流すんだ。それが早いか遅いかの違いだろう?」


 ジロードゥランの言葉に、ムーンダストはクスクスと笑ってその場でくるりと身体を回す。

 白い彼の法衣が広がり、身に付けている金属がシャララと音を立てた。

 遺跡に差し込む光がそこに反射し、何でもない彼の行動を神格化(しんかくか)してしまいそうになる人間がいてもおかしくないほど、不思議な雰囲気が(かも)し出されている。


「あんた……宣戦布告と言ったが、どうするつもりなんだい?」

「ネモローサ、風が騒いでる」

「彼は魔法を掛け合わせる気だ」


 訝しげにムーンダストを見たネモローサを制するように、ファリナセアとスクラレアが毛を逆立たせた猫の様に彼へと警戒心を剥き出しにした。

 その双子の行動が珍しかったのか、ネモローサは杖をつきながら言葉を飲み込む。


「ふふ、風の子らにもまだ才能溢れる若い芽があって良かった~。君たちの言う通り、私の力を持って、テラコッタとリドの力を増幅させるんだよ~」

「え?」

「はぁ?!」


 初耳だと言わんばかりに、リドとテラコッタが声を上げる。大きく目を見開いて、ムーンダストを見てからお互いに顔を見合わせていた。


「心配事の種だったルドゥーテ女王は私が救出したし――」

「いや俺だけどな」

「――んん、そうだったね~。ユキちゃんが――」

「殺すぞ」

「――……ちょっと、ユキちゃん、私のカッコいいシーンなんだから、少しは黙ってくれないかな?!」


 ムーンダストの台詞に一々被せるように言葉を突っ込むユキの仏頂面に、ノヴァーリスはいつの間にか涙が綺麗に止まっていた。


「てめぇがちゃん付けで呼ばなければ俺も突っ込まねぇよ、このクソがっ」


 それからそう続けられたユキの毒々しい言葉に思わず吹き出してしまう。

 皆が真剣な面持ちでムーンダストに警戒心を(あらわ)にしていた場面だったが、その差が余計におかしくてノヴァーリスの肩を揺らしていた。

 そのノヴァーリスに続くようにカヤが声を出して笑い始める。


「あははは!なんだコイツら!」

「いやお前は声出して笑うな!」

「えー?!なんでアタイだけに言うんだよ!!ノヴァーリス姫だって笑ってんじゃんっ!」

「いや姫さんは――……っ」


 カヤがローレルに唇を尖らせるが、彼はノヴァーリスが自分に向かって微笑んでいることに気付いて言葉を失ってしまった。

 ノヴァーリスはローレルから視線を外すと、ムーンダストの前へと歩を進める。ルドゥーテは心配そうに娘を見ていたが、その背中がしっかりと芯を通して立っていることに気付いて何も言うことはなかった。


「ムーンダスト。確かに人質となっていた母は貴方達が救出し送り届けてくれました。ただ、これで懸念が全て無くなったわけではありません。幾ら無国籍砂漠地帯(サルビア)の民の皆さんと紅の針葉樹(レッド・コニファー)の皆さんが力を貸してくれるとはいえ、私にはまだロサを取り戻すだけの兵力があるとは言えないと思っています」

「ふっ、おかしな事を……」


 ノヴァーリスの真っ直ぐな瞳に映る自分を見つめながら、ムーンダストは小さく肩を竦めた。

 それから大袈裟に両手を動かしてから、ノヴァーリスの髪を一房(ひとふさ)(すく)い上げるとそこにそっと唇で触れる。

 その行動にオウミとローレル、それからユキがピクリと身体を微動したことにムーンダストは愉快げに口角を上げた。他にも表情が変わったリドやアキト、ジェイドに気付いて三日月型に目を細める。


「ノヴァーリス姫。貴女とルドゥーテ女王が此方にいるのですよ~?そして真実を語るよりも実際に見せることが出来るテラコッタもいるのです。……先程も言いました。私はテラコッタとリドの力を増幅させると」

「それは……先程言っていた宣戦布告とはまさか!」


 ノヴァーリスの後ろでルドゥーテが息を飲んだ。

 ムーンダストの考えが判ったらしい彼女は瞬く間に顔色を変える。


「そうか……。先程、レーシーの剣を欠けさせた様子から、そちらの彼は音を操る魔法使いらしいね」

「えぇ。そうらしいですわ。ムーンダストさんのお陰で少し判別しづらかったですが、リドさんも相当の魔力の持ち主です。ハーディさんと同じ、突発型の目覚めを経験された方だとお見受けしますが」

「ン゛!!」


 ジロードゥランは小さく溜め息を吐き、ルビアナとハーディが大きく首を縦に振っていた。


「ふふ、本当はそちらの彼の魔法を使ってもいいんだけど。それをすると、君たちは怒るだろうし~。勿論、私の大切なノヴァーリス姫も嫌がるだろうからねぇ」

「ははは、何が私の大切な、だ!ノヴァーリスは君のじゃないから!」


 ムーンダストの言葉に身を縮めたハーディを庇うようにジロードゥランとルビアナがムーンダストを睨み付ける。

 オウミのツッコミにその三人の行動を気にする人はあまりいなかった。


「ええい!まどろっこしい言い方をするな!テラコッタ殿とリド殿の魔法を増幅させて何が出来るというのだ!」


 何人かがムーンダストがしようとしていることに気付いたが、レーシーはいまいち理解出来なかったらしく、頭をガリガリ掻きむしりながらそう怒鳴った。


「れ、レーシー様!もしかしたら、テラコッタさんのあの記録を大陸中に流すのかもしれません……!」


 ジョエルがレーシーのマントを掴んで引っ張りつつ、そう言葉を紡ぐ。先に自分が気づいてしまったことを申し訳ないと思っているのか、彼はほんの少しだけ気不味(きまず)そうだった。


「なっ!だとしたら……!」

「今ロサの王座に座っているグレフィンがダリアと共謀した簒奪者ってのが大陸中に伝わるわけだ。そして、兄貴や俺たちに掛かっている反逆者の汚名も消えることになる……!」


 レーシーがハッとして顔を上げると、レオニダスが拳を震わしながら吐き出すようにそう続けた。

 アキトも彼の隣で微かに目を細める。


「……お前も確か反逆者扱いされてなかったか?」

「まぁそうなんだけど……、僕の場合は別の問題もあるからねぇ」

「オウミ様……」


 ジェイドの言葉に深い溜め息を吐き出したオウミは、僅かに苦笑していた。既にあの国で彼が守りたかった者が居なくなってしまったことを理解しているムッタローザは、胸が痛くて顔を(しか)めた。


「つまり~、正義は我らにありって感じで。民衆たちが君たちの味方に変化するってことだよ~。ロサの兵士たちの中にも真実を知らず騙されて戦っていた者たちもいるだろう。彼らはきっと反旗(はんき)(ひるがえ)し、君を助けてくれるはずさ」

「……戦力差はなくなる、と?」


 ムーンダストの仕草をじっと見つめながら、ノヴァーリスは小さく呟く。

 彼女の瞳の色があまりにも澄んでいて、ムーンダストは一瞬頷くのを躊躇(ためら)った。


「……ならば確かに貴方の言う通り、道は一つだわ。宣戦布告しましょう。お母様も賛成してくださいますか?」

「……えぇ。勿論よ、ノヴァーリス」


 振り向いてルドゥーテに同意を求めると、ノヴァーリスは母の返事に満足そうに頷く。


「あ、ひ、姫さん!映像や音声があるなら、もういらねぇかも知れねぇけど、俺も証言はする!!」

「……ありがとう、ローレル」


 それからローレルに微笑むと、ノヴァーリスはムーンダストに向き直った。


 ――お父様の無念を、そして今回の事で失った全ての為に。


 取り戻せない物の多さに目眩がしそうになるが、それでも奪還できるものはこの手に取り戻すとノヴァーリスは決意する。


『大丈夫ですよ。ノヴァーリス様なら出来ます』


 大きく見開いた双眸(そうぼう)に、シウンの姿は映らない。それは理解しているのに、ノヴァーリスは耳元に確かに聴こえた彼の声に思わず周囲を見回した。


 ――あぁ、わかってる。貴方はもうここには居ない。でも、それでも……ずっと、私の心に生きている。


 ぎゅっと胸の前で握り締めた手は、唇の震えを誤魔化し、胸の奥の痛みを和らげる為だった。


 心配そうに自身を見る多くの仲間たちの視線に安心感を与えようと、顔を上げたノヴァーリスは穏やかに微笑む。


「ムーンダスト、始めましょう」


 自身を奮い立たせるように発せられた声音は、その場にいた皆の心によく響いたのだった。

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