【リド】
「はぁあぁっ!!」
「え?!」
リドはいきなり自身へと振り下ろされた太い両刃の剣に目を剥くほど驚いた。
慌てて上に腕を挙げ、そのままギュッと瞼を閉じる。その瞬間にピィィィイっと人間の耳では聞こえないほどの音が鳴った。リドの腕辺りから円を描くように広がったその音は、銀色に光る刀身に衝突する。
「わっ……!」
「なっ?!」
ガキィンっという金属が跳ね返る音が辺りに響き、ぼろっとレーシーの剣に罅が入り、僅かにその銀色の部分が欠け落ちた。
反動でリドもその場に尻餅を付く。
「レーシーっ!!リドはダリアの思惑とは関係ないのよ!」
一呼吸遅れて発せられたノヴァーリスの言葉に、自身の得物が欠けてしまったショックを隠せないレーシーは大袈裟に目を見開いて振り向いた。
その表情にノヴァーリスは一度頷くと、転んだままのリドに手を差し伸べる。
リドは顔を上げて、それがノヴァーリスの手だと気付くと、途端に瞳をキラキラと輝かせた。
「姫……っ、ノヴァーリス姫っ!」
伸ばされた手を掴むわけではなく、リドは屈んでいたノヴァーリスの首に腕を回して抱き付く。
予想だにしなかったリドのその行動に、体重をかけられたノヴァーリスはそのまま彼に体を預けるような形になった。
「あぁ……本当に、貴女が無事で良かった……っ!ぼ、僕は、ずっと貴女の事が心配で……っ!」
「……ありがとう、リド。私も貴方が無事で良かった……」
耳のすぐそばで息遣いと共に発せられたノヴァーリスの台詞に、リドはハッとすると一気に頬を紅潮させる。
それから驚いた顔で自分を見つめる多くの視線と、微笑んでいるルドゥーテに気付いて、言葉を失ったまま硬直してしまった。
「……ふんぬっ!」
暫くその状態のままだった二人を引き離したのは、ローレルだった。
「って言うかさ!君、誰?いきなり出てきて僕のノヴァーリスに馴れ馴れしいんだけど!」
それからいつの間にかムッタローザに抱えられていたはずのオウミがノヴァーリスの真横に立っていた。彼は後頭部にできているたんこぶを擦りながら、両膝をついたまま呆然としているリドを指差す。
そのオウミの質問は、事情がよく飲み込めないカヤも知りたかったことなのか、興味深そうにリドを見つめた。
もしかしたら彼女は、リドの存在があればローレルが自分のものになるという答えに行き着いた期待の眼差しだったのかもしれない。
「え、ぼ、僕は……っ」
「リド王子だろ。ダリア王国第二王子の。つかお前も王族同士の交流とかなかったのかよ?」
リドが答える前にローレルが口を開いた。
オウミは軽く笑うと、人差し指を自身の唇にそっと添える。
「悪いけど、男の王族になんて興味ないからねっ」
「オウミ様、それは自慢するようなところじゃありません」
はぁっと重そうな溜め息をついたムッタローザは、眉間に皺を寄せながら、その頭を抱えていた。
「ノヴァーリス、そいつがダリアの思惑とは関係ないとはどうして言えるんだ?」
エクレールを背に隠しながら、ジェイドがリドを睨む。
その横ではレーシーを慰めるジョエルの姿があった。
「リドはあの夜、私を助けてくれたの。リドのおかげで私とシウンは逃げ――……っ」
ノヴァーリスの瞳から突然ポロポロと涙が零れ落ちた。
ぎゅっと唇を噛み締めるテラコッタと苦々しい顔をしたレオニダスの様子に、何かを察したルドゥーテが後ろからそっと彼女を抱き締める。
その時、ムーンダストの口角が上がり、ユキの表情が曇ったことに気付いたのは、全員の様子を観察していたジロードゥランだけであった。
リドはノヴァーリスの涙に胸が締め付けられる想いを抱きながら、ふと彼の姿を探す。
いつもノヴァーリスの隣や後ろに立っていた執事の彼を。
「……ノヴァーリス……、シウンは……どこ?」
――僕の腹違いのもう一人の兄さんは……?
リドの思考がノヴァーリスの涙を見つめながら停止した。
考えたくなかったのだろう。
その行き着く先の答えを。
「シウンは……っ」
ノヴァーリスの口から嗚咽が漏れ始める。
リドは顔を上げると、勢いよく立ち上がった。
「嘘だ、そんな……シウンは、彼は僕の兄さんだったのに……っ!彼は父上の――スパルタカスの落とし子だったんだよ……っ!」
「は……?何だって?」
レオニダスの呟きはまさに全員が頭に浮かんだ言葉だった。
ムーンダストはそっと誰にも気付かれないように口笛を吹く真似をする。その様子を横目にユキは普段よりもより一層深い溝を眉間に作っていた。
「……リド王子、それは本当ですか?……いや、本当だからこそ……はー……なんだってそんなことに」
アキトが拳を握り締めたレオニダスの前に一歩進み出てから、小さく溜め息を吐く。
「……真実なんだ。彼は――シウンは、ソウウン……その、青のダリアの母親であるロゼア王妃の甥として、一時期ダリアの城に住んでいたんだ。そこで僕は彼と会った。昔から泣き虫だった僕を慰めてくれたのはシウンで……、彼の瞳の色が父上――スパルタカスと同じ黄昏色の瞳だったのは、ロゼア王妃の姉を父が孕ませていたから……なんだ。ロゼア王妃が王族でも貴族でもない、低い身分から王妃になれたのは……きっと、父がシウンのお母さんを愛していたからなんだと思う。面影を……ロゼア王妃に求めたんだ」
リドはポツリポツリと言葉を紡ぎながら、必死な形相でノヴァーリスを見つめていた。
彼女がどう受け取るのか、それは心配しているような不安そうな瞳の色だった。
「……そう、だったの……?私にはいきなり過ぎてどう受け止めたらいいのか……でもね、確か……前にシウンに怒られたことがあるの。青のダリアは生きることができなかった。だから自分自身を不幸だなんて言うなって……、その意味……その話を聞いたら、なんだかシウンの気持ちがよくわかったわ……」
ルドゥーテの腕の中で、ノヴァーリスは弱々しく微笑む。頬を伝う涙を止めようと目を擦るが、その手をそっとルドゥーテに押さえられた。
「……いいのよ。無理に止めなくて」
「お母様……っ」
ぎゅうっとルドゥーテの胸の中に顔を埋めると、ノヴァーリスは声を圧し殺すように小さく震え泣く。
リドはその様子を黙って見つめながら、ゆっくりとシウンが死んだ事実を飲み込んだ。
――ここにいない。ノヴァーリスの涙が、彼の死を真実だと告げている……。僕がもっと早く力をコントロールできるようになっていたら、シウンを助けられたんだろうか。
「……僕なんかに、出来るわけない」
誰に伝えるわけでもなく、リドは自嘲気味に小さく呟いた。
「……それで、そろそろ今後の事について話し合ってもいいかい?」
俯いている皆を見回しながら、ネモローサがやれやれと言った様子で肩を竦める。
その横で双子のファリナセアとスクラレアが小さく首を縦に振った。
「ふふ、もちろん~。その為にここに来たんだからねぇ~。そこの彼女とリド、そして僕の力を持って……卑劣な簒奪者たちに宣戦布告といこうじゃないか~」
待ってましたとばかりに笑ったムーンダストに、ジロードゥランとルビアナ、ハーディは顔を見合わせるのだった。