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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第六章、奪還と面影と
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【レーシー】

  ()うの昔に風化してしまったと思われていた遺跡の中は、キラキラと光を銀色に反射している。

  白と茶を基調とした壁や床は、確かに年月を経て色褪せていたが、それでもなお美しいと息をついた。


「中が……こんなに綺麗だとは……」


 思わず呟いてしまったレーシーは、ノヴァーリスの前を歩いていたスクラレアが満面の笑みを自分に向けたことに驚く。


「この遺跡はアタシたち砂漠の民が管理しているから」

「そうだったのか。まさか無国籍砂漠地帯(サルビア)に人が住んでいたとは……」


 自分と殆ど変わらない身長のスクラレアを見つめながら、レーシーは思ったことを口に出していた。


「おやおや、最近のロサの騎士は世間知らずなんだねぇ」


 遺跡の奥から姿を表した老人は古びた杖をつきながら、呆れたような口調で(かぶり)を振る。

 白く美しい輝きを放つ階段を下りようとした彼女にジロードゥランが手を差し伸べると、その包帯巻きしている手はピシャリと杖の先で(はた)かれた。


「痛いな……。全く……いい加減ネモローサは歳を考えたらどうだい?」

「お前にだけは言われたくないよ!私より年寄りのくせして……その顔をしても騙されやしないよ!!」


 ネモローサと呼ばれた老婆に年齢を指摘されると、ジロードゥランは乾いた笑い声をあげてテラコッタとレーシー、ジョエルなどの視線に首を傾げる。

 うっかりその仕草に騙されそうになってから、レーシーは慌てて首を振った。


 ――やはり三代目と言うのは嘘だったのか。


 死神男爵が三代続いてそう呼ばれるのは不自然だった。

 だからレーシーは薄々それが嘘であることは判っていた。

 ただ彼の素顔を見て、人には言えない過去があるのは判っていたため、深く追求はしなかったのだ。


「私ら砂漠の民は風の子らと呼ばれていてね。ずっと無国政砂漠地帯(サルビア)で生活しているのさ。それこそ、統一王が生きていた時からだよ」

「ちょっとお婆ちゃん!マジでそれ言ってんの?!マジでここ、統一王の城だったわけ?!あれ、もしかしなくても王座?!」


 レーシーを見ながら続けたネモローサに、オウミが(いま)だに信じられないと大声をあげる。


「誰がお婆ちゃんか!!」

「お婆ちゃんじゃん!違う言い方がいいわけ?!ババア?!」

「ちょっとオウミ様!女性に失礼ですよ!!貴方、女性に優しいオウミ王子が売りじゃなかったんですか!」

「バッカ!!もう女性じゃないよ!枯れてんじゃん!干上がってるよ!!」


 オウミがムッタローザの言葉も聞かずそう声をあげたところで、ネモローサの持っていた杖が思いっきりオウミの後頭部を殴り付けた。


「ババアでもなけりゃ、干上がってもおらんわ!!いい男がいたらオアシスのようにな――」

「痛いよ?!何言ってんの、それただのお漏らし――」


 ガツンっと衝撃的な音がして、オウミはムッタローザによって地面に顔面を叩き付けられていた。

 無言で気絶したオウミを俵のように肩に担ぐと、ムッタローザは申し訳なさそうな顔で「どうぞお続けください」と小さく会釈する。


「……ふむ、まぁとりあえず、青の薔薇……ノヴァーリス様」

「は、はい!」


 ネモローサはノヴァーリスに向き直ると、オウミが気絶する前に指差したシンプルな白い王座を杖で示した。


「これを貴女に差し上げましょう」


 その言葉に一瞬驚いた顔をしてから、ノヴァーリスは王座の目の前まで歩いてから、(おもむろ)に首を横に振る。


「……いいえ、いりません」


 それにネモローサは目を細め、ファリナセアとスクラレアもニコリと微笑んだ。


「私はただ、ロサとお母様を取り戻したいだけですから」

「……なるほど。では此方をお役立てくださいませ」

「……え?」


 ネモローサが掠れた声を出し、深々と頭を下げたと同時に、遺跡の奥の扉がファリナセアの手によって開く。

 ノヴァーリスの表情が固まり、ぽつりと漏れ出た音にレーシーとテラコッタ、ローレルがノヴァーリスの元に走った。


「こ、これは……!」

「全て砂漠の民の方ですか?!」

「砂漠の民ってこんなにいたのか……」


 レーシーはテラコッタとローレルの台詞に頷きながら、ネモローサを一度視界に入れる。彼女は満足そうだった。

 いつの間にか傍にいたレオニダスとアキトも扉向こうを見て驚いた顔をしている。


 扉の向こう側はジロードゥランの屋敷がある場所のちょうど反対側の砂漠が望めるテラスになっていたのだが、その砂の上に立ち並ぶ砂漠の民たちが千人ほどいたのだ。


「ロサを取り戻すためにお使いいただければ幸いです」


 ファリナセアがそう頭を下げれば、ノヴァーリスは戸惑ったように周囲を見回した。

 きっといつもその彼女に助け船を出す相手はもういない。


「ノヴァーリス様、大丈夫です」

「レーシー……」


 レーシーはノヴァーリスの肩を叩くと、できる限り彼女を落ち着かせようと優しい口調で言った。

 脳裏に浮かんだ彼の姿を真似してみようとしたが、やはりそれは出来ない。また真似などしても彼女は喜ばないだろう。


「アタイの親父たちが合流するはずだし、兵力はもう少し増えるよ!ダリアの馬鹿のせいで、大事な取引先の黒の月桂樹(ブラック・ローリエ)が無くなってしまったんだ!一泡ふかせてやろうじゃないか!」

「カヤ、お前……」


 カヤが鼻息荒く大声を張り上げた。ローレルは彼女に何か言葉をかけようとしてから、一瞬躊躇(ためら)うと頭を下げる。


紅の針葉樹(レッド・コニファー)さんの全体の数は知りませんが、果たしてその人数で攻めて勝てるでしょうか?」

「いやそもそも、そんなことをすれば……ロサの女王とやらの身が危険なのではないか?」


 ジョエルの疑問にさらに疑問を投げ掛けたのはジェイドだ。


「ですね。……幽閉されてましたよね、ルドゥーテ様」

「義姉さんが人質、なんだよな」


 アキトとレオニダスも顔を見合わせては小さな溜め息をつく。

 その様子に、ノヴァーリスはそっと瞼を閉じていた。


 そんな時だ。

 不意にしゃらんと何かの飾りが揺れる音がしたのは。


「ふふ~、皆揃ってるかな~?」

「なっ!」


 また気配などなかった。

 一瞬でその場に現れたと言っていいムーンダストにレーシーは目を見開き声を漏らす。

 そして洞穴のときとは違い、彼の影がきちんと揺れていることに気づいた。


 ――今回は本物か……!


「あらあらぁ、ジロードゥラン様。この方、物凄い魔力量ですわ」

「あぁ、そうだろうね。……ルピナスが言っていた協会(カーネーション)の神童……ムーンダストか」


 無意識にまた剣を構えたレーシーと同じく、ムーンダストを知らないローレルとカヤもそれぞれ手が得物を握っていた。

 そしてルビアナとジロードゥランの会話にさらに柄を握り締める手に力が入る。


 しかし、そこで手を離してしまったのは、ムーンダストの後ろにユキと、ルドゥーテの姿があったからだった。


「お母様……っ!」

「義姉さん?!」

「る、ルドゥーテさまぁぁあっ!」


 ノヴァーリス、レオニダス、テラコッタが殆ど同時に声を上げた。

 三人の体は自然に動き、ルドゥーテの傍に駆け寄る。


「あぁ、ノヴァーリス!レオニダス、テラコッタ!本当に良かったわ……!もう一度貴方たちに会えるなんて……!」


 ぎゅっとノヴァーリスを抱き締めたルドゥーテが、不意に視線を上げレーシーを見つめた。


「生きてノヴァーリスを守ってくれていたのね。レーシー」

「……っ、ルドゥーテ様っ……!」


 思わずレーシーの目から大粒の涙が一粒だけ零れ落ちた。

 忠誠を誓っていた主の言葉はレーシーに取ってどれほど嬉しかったことだろう。


「……あ、えっと……」


 感動で胸を震わせていたレーシーの耳に、ふとか細い音が入ってきた。

 皆がルドゥーテに集中してしまっていたせいか、ユキの背後に隠れるように立っていた彼を誰も気づかなかったのだ。


「……っ、リド!!」


 そのノヴァーリスの台詞にレーシーは鞘から剣を抜いていた。

 ノヴァーリスの声がルドゥーテを発見したときと同じ様に声が弾んでいたことを気付かなかったのだ。

 それはまさに、レーシーの性格を如実(にょじつ)に表している行動だった。

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