【ノヴァーリス】
「な、なんなんだ!この包帯ぐるぐるの化け物は!!」
「カヤ、言いたいことはわかるが今は黙っとけ!てか熊と海坊主合体したような化け物が父親なのに?!」
現れたジロードゥランに目を見開いてカヤが叫んでいた。
ローレルが慌ててカヤの口を手で塞ぐが、彼女は思ったことを素直に口に出してしまうのだろう。ノヴァーリスはジロードゥランを見上げながらそんなことをぼんやりと思う。
全身を包帯で巻いている黒ずくめのジロードゥランに見覚えがあった。それが何処であったのかわからないが、ノヴァーリスは彼を知っている。
「……ンン?ドウシタンダイ?」
首を傾げたジロードゥランにノヴァーリスはハッとした。
脳裏に一瞬だけ同じように首を傾げていた彼の姿が浮かんだのだ。
「私は……貴方を知っている?」
ポツリと漏らされた台詞に、今度はジロードゥランが驚いたようにノヴァーリスを見下ろす。
「フム……。ヨク覚エテクレテイタネ。我ハ確カニ君ニ会ッテイルヨ。君ニ塩ヲ撒カレタノモイイ思イ出サ」
「っ!……ジロードゥラン男爵、すみませんっ、私、何故そんな失礼なことをっ」
ジロードゥランに説明されても、はっきりと思い出せない。
ノヴァーリスは慌てて頭を下げるが、ジロードゥランはクツクツと肩を揺らして笑っているだけだった。
「イイサ。モウ遠イ昔ノコトダヨ。ソレヨリモ、サァオイデ。君タチニ見セタイ物ガアルンダ」
「そう、風の遺跡」
「砂の遺跡だろ。あんな砂だらけの図体だけでかい遺跡は」
ジロードゥランが踵を返し、ゆっくりと歩を進めると、双子のファリナセアとスクラレアがその後に続いてノヴァーリスの手を左右それぞれが引っ張った。
まだ子供のような無邪気そうな笑みだったが、彼らは長身で筋肉質でもあった。
その為、抗えることなくノヴァーリスは二人に引っ張られる。
「見せたいものって何ですか?男爵?」
テラコッタがレーシーと顔を見合わせながら首を傾げた。
だがその質問に答えることはなく、ジロードゥランは彼の屋敷の裏手にあるオアシス近くの遺跡の前に立った。
それから自身の顔の部分の包帯を取ると、そこで待っていたハーディに外した包帯を手渡す。
「ンン゛!!」
「なんなんだ!アイツも口が縫合されて……気持ち悪いぞ!」
「だからお前黙れよ、ちょ、マジで!」
ハーディの頷きにカヤがまた叫んだがすぐにローレルの手が彼女の口を覆う。カヤ自身はそのローレルの行動が嬉しいらしく、勝手にまた妄想の話を作り始めた。
「あぁ、ハーディは我と違って傷付き易いんだ。だからそれ以上は言ってあげないで欲しいな。……そして、ノヴァーリス姫。君に見せたかったのはこの遺跡だよ。これは大昔この大陸を統一していた王が城として使っていた場所なんだ」
風に揺られてジロードゥランの癖っ毛のような金髪が揺れた。
火傷の痕は目を覆いたくなるぐらいだったが、ノヴァーリスは敢えてそれを含めてジロードゥランの素顔をじっと観察する。
「統一王……って、大昔の作り物の人物じゃなかったのか!」
オウミは歴史を勉強させられた時に聞いたことがあると続けながら、その伝説があまりにも古く、あまりにも大袈裟に書かれていたために作り話だと思っていたらしい。
ジロードゥランは首を振ると、素顔のまま笑みを浮かべた。
「彼は実際にいたんだよ。そしてこの大陸を統べていた。それに彼は始まりの民だったからね。大袈裟に書かれるぐらいでちょうどいいほど強かったんだよ」
「……始まりの民って、母さんが読んでくれた絵本に……」
ジョエルがぽそりと言葉を漏らした。
レーシーの従者として彼なりに気を張っていたが、やはり母親の事を思い出すと目が潤む。
そんな彼の頭をレーシーは無言でくしゃくしゃと撫でた。
「始まりの民もいるんだろう。なんせ未開の地にいる蛮族は獣の耳に鼻、手足と尻尾、体毛を持つ人間ではない化け物だったぐらいだからな」
「え?!ほ、本当に?!」
「両親が殺されたんだ!エクレールは人形の体があったから助かったが、死にかけたんだぞ!」
ジェイドの苦々しい声にジョエルが涙目のまま尋ねれば、彼は物凄い剣幕で怒鳴った。
エクレールがそんな彼の肩に手を添えながら、ふるふると首を横に振る。
「……それで私はどうすればいいのですか?」
各々が思ったことを口にする中、ノヴァーリスはジロードゥランを見据えた。
その視線に目を細めると、ジロードゥランは遺跡の中を指差す。
「中に入ってごらん。きっと今君に必要なものが揃っている」
ファリナセアとスクラレアにも入るよう促されて、ノヴァーリスは不安そうにレオニダスに視線を向けた。
レオニダスは困ったような顔をしてから、手振りで遺跡に入ってみようとノヴァーリスに返す。
「不安なら手、握りましょうか?」
「アキト……」
絡まった指にノヴァーリスは驚くが、アキトが怪我をしていることを思い出してそのまま手を繋いだまま遺跡の中へと歩を進めるのだった。
「あ、あんのっ眠り小僧っ!いつか後頭部を殴ってやりますわっ!」
「っていうか、今の僕がやらなきゃいけない場面だったでしょ?!ちょ、ノヴァーリス!反対側の手、僕に貸してっ」
「ちょ、お前待て!!そっちはいつも俺がっ!!だーっ!!カヤ、離せ!!あ、あっ、姫さん!待って!!」
テラコッタ、オウミ、ローレルの声が辺りに騒がしく響く。
ムッタローザはレーシーと顔を見合わせて苦笑を浮かべていた。
「あらあらぁ、大変賑やかですこと!腕を奮ってたくさん料理を作らないと!」
「ン゛!!」
一番後ろでは楽しげにルビアナが笑い、それにハーディが大きく頷いているのだった。