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夢現の青薔薇姫~アンデシュダール戦記~  作者: 如月 燎椰
第六章、奪還と面影と
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【ルドゥーテ】

 くしゃくしゃになった紙を握り締めていたルドゥーテは何かの気配に不意に顔を上げた。

 上半身を起こして部屋の扉の下を見る。

 冷えた食事と共にピンクの薔薇とオレンジの薔薇が一本ずつ置かれていた。

 まるで自身とアシュラムのようだとルドゥーテはその薔薇を手にする。


 ――二本の薔薇は、この世界は二人だけという意味だったわね。皮肉かしら。


 だがその薔薇たちを捨てることはできない。

 ルドゥーテは胸に大切そうに(いだ)くと、片手に握っていたアシュラムからのメモを広げた。


 “お疲れ様。明日の昼食は必ず一緒に食べようか。ノヴァーリスも寂しがる。いや一番寂しいのは僕だったね”


「……嘘付き……っ」


 永遠に来ない明日の昼食の約束を待っていたように、ルドゥーテはまた頬に涙が伝っていた。


 ――貴方の嘘は優しすぎて、貴方の笑顔は痛ましくて。


 ルドゥーテにだって判っていた。

 アシュラムがついた嘘はルドゥーテとノヴァーリスを救うためのものだけだったということを。

 だがあの日手渡されたこのメモも嘘になってしまったことが酷く悲しすぎて、(せわ)しなく家族の時間を持たなかった自身を恨んでしまう。


「痛っ……!」


 ピンク色の薔薇の(とげ)がルドゥーテの人差し指に小さな赤い点をぷっくりと作った。

 ルドゥーテはそれを舌で拭うと、久し振りに味のしたものを口にしたことを思い出す。


『ルドゥーテ。ノヴァーリスがいるだろう?僕は君とノヴァーリスも助けたかったんだよ。だからこれしかなかった。君を生かし、君とノヴァーリスを再会させるためには』


 あの時のアシュラムの言葉が(よみがえ)った。

 あの冷たい石牢で最期に交わした会話の一つだ。


 ――そうだ。私は生きなくては……


 (うつ)ろとしていたルドゥーテの(ひとみ)に生気の光が灯る。

 崩れていた髪型をできる限り手で整え、ルドゥーテは冷えきった料理を平らげた。

 犬食いのような形だったが、そんな些細なことはルドゥーテには構っていられなかった。



「……その様子なら俺もやりがいがある」

「?!」


 ルドゥーテは目を見開き、部屋の(すみ)っこで身を固めた。

 警戒心でその目は声のした方を厳しく睨み付ける。


 部屋の反対側の隅、そこの影が揺らめいた。

 そして黒の衣装を着た男が姿を現す。まるで自ら影を(まと)っているかのような男だった。


「ロサの女王、ルドゥーテ様ですね。俺はユキワリソウと申します。我が(あるじ)、ムーンダスト様のご命令により貴女様をノヴァーリス姫の所に連れていきます」


 仏頂面は普段からなのだろうか。

 淡々とそう言ったユキにルドゥーテの警戒は解かれることはなかったが、ノヴァーリスの名前を出されては反応しないわけにはいかなかった。


「ノヴァーリスは無事なのね?」

「えぇ。ご無事です」


 その瞬間ふっとユキの表情が刹那だけ和らいだ。

 ルドゥーテはそれを見逃さず、持っていた警戒心を緩める。


「……私の元に来てくれたように、ノヴァーリスも何かの形で救ってくれたのね?ありがとう」

「いや……俺はっ」


 頭を下げられて瞠目(どうもく)したのはユキだった。

 その驚いた表情は、ルドゥーテとノヴァーリスの性格がよく似ていると物語っていた。


「……貴方、協会(カーネーション)の魔法使いでしょう?ムーンダストという名は祝賀会に来られる予定だった方ね。私がここに閉じ込められている間に世界の情勢が変わったのだったら教えてちょうだい。いつから協会は国同士の争いに首を突っ込むようになったのかしら?」


 綺麗に微笑んだルドゥーテは女王の威厳と聡明さを取り戻したようだ。


「俺と主であるムーンダスト様の起こした行動は協会(カーネーション)とは関係ありません。ムーンダスト様はいずれ、協会と(たもと)を分かつおつもりです」


 ユキは目を伏せると、深々と頭を下げそのまま片膝をついた。

 その様子に彼の中にある戸惑いを見たルドゥーテは、そっと立ち上がってユキの肩を叩く。


「貴方の信じる人を信じなさい。貴方の信じたい道を信じなさい。そして何よりも貴方自身を信じればいいのです」


 ――私がそうであったように。


「……はい……っ。では、見つかる前にここから脱出を。俺に掴まってください」

「……掴まればいいのね?」


 もしこれが罠だとしたらとも考えたが、先刻、ノヴァーリスの無事を伝えた時のユキの柔らかい雰囲気を信じることにした。

 それに幽閉されているよりは、ずっといい。


 そっと彼の手首を掴む。

 ユキの付けていた銀のアンクレットが部屋の中に僅かに差し込んでいた光に当たって反射した。


 一歩一歩足を進め、ルドゥーテは影の中に沈む。


 頭上高くにある小さな鉄格子の窓から覗く真昼の空は、雲一つない青だった。

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