【ムーンダスト2】
窓の外ではシトシトと雨が降り続ける中、ムーンダストの部屋の中にはオルゴールの音が鳴り響いていた。
純粋な愛を囁くようなその曲は、ロサやダリアで広く知られる作曲家の物だ。
カタカタとオルゴール箱の真ん中で王子と王女を象ったブリキ人形が口付けを繰り返しては離れる。
やがて曲が終わりを迎える前に、オルゴール箱はガタガタと揺れ、ムーンダストの机の上から転げ落ちた。
激しい音を立てて、王子の人形がその舞台から外れ落ちる。
「……悲しい役柄だったね~、お疲れ様とは言わないけど」
オルゴール箱とブリキ人形を拾い上げて、ムーンダストは独り呟いた。
ノヴァーリスの手の甲に付けた魔法が消え、彼の目の前で再生されていた炎の映像は揺らめいて消える。
傷付き首の外れかけた人形を机の引き出しの中にしまうと、そこからムーンダストはもう一つ薄汚れた別の王子の人形を取り出した。
「……それは?」
「おや、ユキちゃん。お帰り~」
溜め息を吐いたところで、部屋の隅の影から現れたユキにムーンダストはいつもの飄々とした笑顔を見せる。
「このオルゴールに一番始めに設置されてたやつ。首と胴体がバラバラになってしまったから、修復してたんだよ~。やっぱりこっちの人形の方がしっくりくる」
目を細めてほくそ笑んだムーンダストにユキは寒々しい何かを感じた。
目の前の者のすべてを知っているわけではない。だが、他の協会の人間よりも信頼していた筈だった。それが揺らぎ始めるほど、その笑みは残酷なものだったのだ。
――私が全部知っていたとしたら、君は私を恨むだろうね。だけど、君の心は彼に依存し過ぎていたから。壊さないと物語が進まないじゃないか。
誰かに向けての台詞を脳裏に浮かべてから、ムーンダストはユキの目の前でオルゴールに人形を設置し直し、螺を回し始める。
「……おや~?」
「鳴りませんね」
オルゴール箱を落とした衝撃のせいか、それとも人形のせいか。いっこうに音は鳴らなかった。
ムーンダストは首を傾げてから、そっとオルゴール箱を机の上に置く。不思議なことに振動で揺れた王女の人形が震えて泣いているように見えた。
「リドは順調に成長していますが、今日は何のようです?ノヴァーリス姫の一行が危ない目に遭ったのは少しだけ聞きましたが」
「うん、一人死んだよ。まぁそれは想定内。あぁ、このことリドに言っちゃダメだよ~?」
死んだと聞かされたユキの目が一瞬動揺の色を見せたが、彼はいつもの不機嫌な表情で「そうですか。伝わらないようにはしてます」と呟くだけだった。
「今日君を呼んだのはまた別件。……そろそろ、女王様を返してもらおうと思ってね。ノヴァーリス姫のために」
「……ルドゥーテ女王のことですか。俺に侵入しろと?」
眉間に皺を寄せたユキにムーンダストは楽しげに笑う。
「正解だよ~。本当にユキちゃんは役に立つイイコだねぇ」
その台詞にユキは苛々しながら舌打ちした。
ムーンダストの目が余計に細く吊り上がる。まるで嘲笑うかのようなそれにユキは彼を睨み付けた。
「あぁ、ごめんごめん~。バカにした訳じゃないんだよ~。ただ、ユキちゃんは本当に判りやすい子だなぁって」
「それ以上喋ったらお前の髪を全部引っこ抜くぞ、このクソ野郎っ!!……はー……っ、ルドゥーテ女王の救出はお任せください」
怒鳴ってから長い溜め息を吐き出し、ユキはいつも通り影に片手を突っ込む。
ムーンダストはこれっぽっちも気にしてない様子で、ヒラヒラとユキに手を振っていた。
その時突然オルゴールから音が鳴り始め、愛の曲を奏で始めた。
影の中に消えようとしていたユキもその曲に驚いた表情を浮かべる。人形が動く頃にはユキの姿は闇の中に消えたが、ムーンダストは一人、中心でキスを交わす二つの人形を静かに見つめていた。
――さぁ、再び紡ごう?その閉ざされた筈の扉を開けて。
「……君が表舞台に舞い戻ってくる日が来たよ~、ふふ……楽しみにしてるよ。何も知らない、青のダリア」
部屋の中に落ちた独り言を拾う者は誰もいなかった。