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【ノヴァーリス2】

「どうしてっ、こんなことになってしまう前に呼んで下さらなかったのですか!」

「だ、だって……」


 扉の前にいるシウンが矜恃(きょうじ)的な問題で邪魔だったんだもの!と言えずにノヴァーリスは口をもごもごさせた。

 鏡に映る自分は化粧の失敗によって醜い化け物のようになっている。


「まったく!時間もないというのに!」

「わ、悪かったわ……ごめんなさい」


 白粉(おしろい)を箱に片付け、口紅を取り出したエマに謝るが、彼女の苛立ちはなかなか収まってくれない。ノヴァーリスは同じ護衛でもテラコッタと違いエマは苦手だと感じていた。生真面目すぎるからだろうか。


「まったく、シウン程度の男、もっと(てのひら)の上で転がすぐらいの気持ちで扱ってくださいませ」

「え?」


 ノヴァーリスもこの時ばかりは(こと)(ほか)間抜けな顔をしてしまった。まさかエマからそのような台詞が出てくるとは露程(つゆほど)も思っていなかったからだ。


「ノヴァーリス様がシウンを男として見ているのは流石の私でも承知していますよ。そんな間抜けな顔をするなんて……よほど堅物だと思われていたみたいですが」

「そんなこと……あるわ。ごめんなさい」

「いいえ、気にしていませんから」


 大きな丸眼鏡のレンズ向こうで、エマの瞳が優しく細められた。意外と取っ付きやすいのかもしれない、とノヴァーリスが笑うとエマもクスクスと笑い始める。


「おおっ?エマちゃんが笑ってる!」


 突然の乱入者は何を思ったのか二階の窓から部屋に入ってきた。


「っ!」

「まぁ!レオニダス叔父様!」


 エマが即座に戦闘体制に入ろうと手に得物(えもの)を持つが、その人物の顔を見て憎々しげに睨み付ける。そして見つかる前にそれを隠した。ノヴァーリスの方はと言うと心底嬉しそうな顔をして乱入者――父親の弟である叔父を迎え入れた。


「レオニダス叔父様が来てくれたなんて!いつもこういう席は苦手だったでしょう?」

「あぁ苦手も苦手。超苦手だね!だからパーティーの前に大事な姪の顔を見に来たんだ。これをお前に渡して兄さんと義姉さんとこいって挨拶したら速攻で自分の領地(ウチ)蜻蛉返(とんぼがえ)りさ」


 アシュラムと同じ焦げ茶色の髪の頭を動かして、大袈裟な身ぶり手振りをするレオニダスから手渡された贈り物にノヴァーリスは目をキラキラさせる。軽くはないが重くもない。


「開けてみな」


 人懐っこい笑顔で促されてノヴァーリスは頷く。

 レオニダスは父、アシュラムとは真逆で自信に溢れた明るい性格だった。アシュラムも暗いというわけではないが、とりわけ人見知りの上、覇気(はき)がないのだ。

 だけど二人に共通しているのは、どこか人を安心させる無邪気な笑い顔だろうか。この笑顔がノヴァーリスは大好きだった。


「短剣……?」

懐剣(かいけん)さ。いつも懐にいれておく……まぁ護身用だな」

「レオニダス様、ノヴァーリス様になんて危ないものをっ」


 包装を解くと、中から出てきたのは護身用の短剣だった。

 銀色に輝くそれは宝石など散りばめられていないにも関わらず、気品を放つ幽玄(ゆうげん)さがあった。

 エマがレオニダスを(とが)めようとするが、ノヴァーリスはそれを止めて嬉しそうに微笑む。


「レオニダス叔父様、ありがとう!」


 満面の笑みを見せられてはエマは黙るしかなかった。


「いいさ。使わないことが一番だが、もし何かあったらそれで身を守れ」


 レオニダスもこれほど感謝されるとは思わなかったのか、ムズムズとしている様だった。


「それじゃ俺は義姉さんたちを探すから」

「また近いうちにお話ししに来てね?」

「ん!そうだな、ノヴァーリスは立派に育ってきたもんな。エマちゃんは相変わらず絶壁だ――ぐぁっ!痛ぁーあぁっ?!」


 入ってきた窓の窓枠に身体を乗せながら、手をわきわきとイヤらしく動かしたレオニダスはエマが投げた化粧箱を左側頭部に直撃させて外に落ちた。

 流石にここは二階だ。心配してノヴァーリスが窓の外に身を乗り出すが下を見れば何やら喚きつつも此方に手を振ってきたので大丈夫のようだ。茂みに落ちたのが幸いだったのだろう。


「本当に最低ですよっ!」


 エマはまだプリプリと怒っていて、その様子にノヴァーリスはクスクスと小さく笑った。




「ノヴァーリス様」


 その後すぐ、シウンが扉をノックしてから入ってくる。エマが来てから扉向こうで気配がなかったが、いつの間にか戻ってきていたらしい。

 部屋に入ってきたときのシウンの表情は平常と変わらぬそれのようで何かが違うとノヴァーリスは感じ取った。


「は、初めまして……っ、ぼ、僕の名前はっ、リド、と、も……申します」


 そのシウンの斜め後ろに恐る恐る顔を覗かせた相手は、蚊の鳴くような声でそう言ったのだった。

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