【オウミ】
「ノヴァーリス様、寒くはありませんか?」
「は、はいっ?!だ、大丈夫よ、ですっ!!」
――えー……?
オウミは目の前で交わされたシウンとノヴァーリスの会話に首を傾げたまま顎に手を添えて唸った。
シウンに話し掛けられるだけで、ぴょんっと跳び跳ねるぐらい驚くノヴァーリスの顔は一目で判るほど真っ赤に染まる。
そしてその表情を見て満足気に微笑むシウンからは、やけに穏やかな空気を感じた。
「ははーん、何かあったな」
「貴方もそう思いますか、アオウミウシ様」
「いや僕オウミだからねっ?!」
突然隣に湧いたテラコッタに心臓が止まるような思いをしながら、オウミは見開いていた目を平常に戻して、こほんっと咳き込む。
「それでどう思う?やっぱり二人に何かあったよね?」
「一先ず、シウンコを便所に流したいと思います」
真顔でそう返してきたテラコッタは、どこから持ってきたのかラバーカップを手にしていた。それは協会性の非常に優秀な物である。
シウンに突撃してはヒラリと躱されるがテラコッタはめげずに何度も繰り返していた。
そんなやり取りを眺めながら、オウミはノヴァーリスに近付く。ムッタローザの声が後ろで「まったく……」と呆れたような声を出していたが気にしない。
「ねぇノヴァーリス?シウンと何かあった?」
にっこりという擬音が聞こえるほどの、含みを持った笑顔でオウミが近付くとノヴァーリスは面白いぐらいに表情を変えた。
「ななな、なっ?!」
「そりゃあ――」
「わかるだろう。お前の間抜けな顔と間抜けな反応を見ればな」
動揺するノヴァーリスに言葉を続けようとしたオウミだったが、途中からコーヒーをマグカップで飲んでいるジェイドに邪魔をされる。
「ま、間抜け……!」
「判り易過ぎるんだ、この馬鹿めっ」
ノヴァーリスを睨みながら何処か不機嫌そうな、拗ねたような表情のジェイドにオウミは両手を合わせた。
「あぁ、そっか!ジェイドくん!君も!うんうん、いつでもいいから一緒にお茶でもしようか!」
「何がそっか!だ!!俺とお前を一緒にするなっ!言っておくが、俺はお前が嫌いだからなっ」
ノヴァーリスに対して少なからず好意を寄せているのだなと理解したが、オウミの台詞は彼に怒りを与えるだけだった。プリプリと文句を口に出しながらジェイドはエクレールの処へと戻る。
――うーん、折角同士だと思ったのに……。
オウミが残念そうに肩を落とすと、不思議そうにノヴァーリスが首を傾げていた。
「え!何?!」
今度は逆に動揺してしまう。
ノヴァーリスの大きな双眸に自分の姿が映っているのが何やら擽ったかった。
「ふふ、オウミが元気そうで良かった」
「……それはこっちの台詞なんだけど?」
シウンはまだテラコッタに追いかけ回されている。
アキトはソファで横になりつつ、何故かレオニダスをパシりに使っていた。レーシーは飲み物を口にしながら、ジョエルに何か小言を言われてうんざりしている様だった。
――あぁ、なんだろう。これ。
無意識なのだろう。不意に目でシウンの背中を追っているノヴァーリスにオウミはチクリと胸が痛むのを感じた。
その頬が少し紅潮するだけで、またチクリと棘が刺さる。
「……ノヴァーリス」
「どうしたの?」
二人の雰囲気の変化に気付いた時もきっと刺さっていたに違いない。だけどオウミは気付かない振りをした。
そしてからかってやろうとさえ思った。
だというのに、言葉が重くて口からなかなか出てこない。
「……いや、その」
――お幸せに?……嫌だ。
「僕は、さ」
――君を好きになったのかもなんて、……言えるわけないじゃないか。
いつもの軽口のように、いつも軟派していたように。
スラスラと出てくる言葉が紡げない。
「……僕は君の力になれる、かな」
それは生まれて始めてオウミが自身の気持ちの変化に打ちのめされた瞬間だった。
情けなく無難な言葉を選んで吐き出してしまった。
――力にはなりたい、けど、本当に言いたいことから逃げるなんて。ホント、僕らしくない。
「ふふ、オウミはずっと力になってくれてるじゃない」
おかしそうに笑うノヴァーリスの笑顔が眩しい。
オウミは目を細めて彼女の綺麗な瞳を見つめた。
見つめあったのはたった一瞬で。
ノヴァーリスはレオニダスに呼ばれてオウミの前から去る。
「……あぁ、くそっ!……僕が喋られなくなるなんて、まるで本の中の恋じゃあるまいし。そう思わないか、アナ――……っ」
いつもの癖でオウミは肩を竦めた後、振り向いて従者の名を呼ぼうとして固まった。
ムッタローザとはたと目が合い、オウミは誤魔化すように咳き込んだ。
「ホント、冗談じゃない……!」
アナベルの姿を思い出して、オウミはぎゅっと拳を握り締めた。
「オウミ様……」
ムッタローザが何かを言おうとしては口を噤む。
「よし、これからジロードゥランの処に向かうぞ」
視界の端でレオニダスがそんなことを言っていたが、今のオウミにはあまり聞こえなかったのだった。