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【ジロードゥラン】

「ヤァ、元気ダッタカイ?」


 そうジロードゥランに声をかけられて、砂に半分埋もれた遺跡を眺めていた砂漠の民の長――ネモローサは(おもむろ)に身体ごと振り向く。

 弱くなってしまった足腰と、殆ど見えていないその腫れぼったい瞼の下から覗く、白に濁り始めている虹彩(こうさい)を左右に動かしていた。


「……やれ、死神の。お前さん、まだ生きておったのか」

「イヤイヤ、ソレ、ネモローサニハ言ワレタクナイヨ」


 ジロードゥランの返しを聞いてから、ネモローサはヒェッヒェッと肩を震わせて可笑しそうに口角を上げる。

 やがて風が吹くと、ジロードゥランはシルクハットが飛ばされないようにと手で押さえた。


「それで、何か用かな?」

「イヤ、モウスグココヲ使ワセテモラオウト思ッテイテネ」


 そう言って、ネモローサが眺めていた遺跡の外観をジロードゥランは繁々と見つめる。

 何年、何十、いや何百年前からこの遺跡はずっと砂漠の中に埋もれていた。そして遺跡の近くにはジロードゥランたちの屋敷があったのだ。


「ここを使うとは……もしやお前さん、厄介ごとに首を突っ込んでいるのではないかな?」


 (しわが)れた声が愉快そうに弾んでいる。


「相変ワラズ、性格ガ悪イネ。デモ、確カニ厄介ナコトニナッテキタヨ。統一王ノ希望ガ無イママ、其処ヘ向ケテ動コウトスル友ニ、国々ノ野望、ソシテ協会(カーネーション)ノ存在モアルカラネ」


 肩を(すく)めるだけで、その長身の巨躯(きょく)は大袈裟な動きに見えた。

 ネモローサはまた肩を揺らすと、遺跡の二階にある広場から手を振っている二人組の声にゆっくりと身体を反転させた。まるで自動で動く絡繰り人形のようだ。


「……双子ハ、イツノ間ニカ、アンナニ大キクナッテイタンダネ」

「そりゃあそうさ。何年過ぎたと思っておる。阿呆め」


 ネモローサは手にしていた杖の先を地面から浮かせると、背後にいるジロードゥランへと素早く動かす。

 丁度膝の辺りを杖で突かれて、ジロードゥランは小さく「ウッ……」と呻いた。


「遺跡に匿うなら条件がある。我ら砂漠の民は主を持たぬ、そして我らは風の子だ。その者が風を呼び込むことの出来うる人間か見定めて貰うぞ……ヒェッヒェッヒェッ」


 ネモローサは一層、目が何処に行ったのか判らないほど、くしゃっと顔中に(しわ)を作り笑う。

 そして杖をザクッザクッと鳴らしながら、一歩一歩慎重に砂の上に小さな穴を作って前進した。その穴はすぐに風が砂粒を運ぶと埋もれていく。

 遺跡の中に入っていくネモローサの後ろ姿を見送りながら、ジロードゥランは小さく溜め息を吐いた。

 それから屋敷の方へと踵を返し戻っていく。


「……見定メルモ何モ、私モ幼イ彼女ノ記憶シカナインダヨ」


 あの夜、王都に出向いたのはルピナスが其処に行けと言ったからだ。とジロードゥランは自身の呟きにそっと瞼を閉じた。

 王都にはずっと行っていなかった。

 だから最後にノヴァーリスの姿を見たのは彼女が六歳ぐらいの事だ。


『お母様を連れていかないで!』


 ルドゥーテ女王が高熱で倒れたという雨の日に、城に現れたジロードゥランを見て、幼い姫は必死に声を張り上げていた。


 ――あの時は塩を撒かれたんだったかな。

 お陰でスーツや包帯の隙間に塩が入り込んで大変だった。とジロードゥランは珍しく笑っていた。


 また強めの風が吹き、ジロードゥランは空を見上げる。

 何処までも広がる青は見ていると吸い込まれそうなほどだった。

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