【ジェイド】
「まず止血だ。エクレールの力で貫通した穴を塞げればいいんだが。出血量と触診の感じでは腸だ。ここなら致命傷にはならないから大丈夫だ。出血量が少ないのもそのせいだろう。他の内臓はやられてない……とは思う」
――まるでわざと外したかのように正確に……。
ジョエルとシウンから受け取った薬草や自身で持ってきていたアルベリック愛用の施術道具を広げながら、ジェイドは後ろの会話にも聞き耳を立てていた。
アナベルが敵の密偵であり、アキトを槍で突き刺したという情報に、一人なるほどと頷く。
ちらりと一度振り返ると、オウミが彼の母親らしい亡骸を抱いて踞っていた。
「……本当にアナベルが、……今でも信じられません」
ムッタローザが溜め息混じりに呟く。
「……あの、音……。オカリナの気持ち悪い、メロディー……あの音を聴いた瞬間にアナベルさんの顔付きが変わったように見えたわ」
「……そうだとしても、アナベルがあの人の蜂だった事に変わりはない。ずっと僕たちを騙してたんだ!」
ノヴァーリスの言葉に、俯きながらオウミが怒鳴った。
いつも飄々とした口調の彼の怒鳴り声に全員が押し黙る。
ジェイドは右側でずっと緑の優しい光を放ち、止血に努めてくれているエクレールを眺めてから、長く息を吐き出した。
体内で溶ける糸を取り出し針に通すと、エクレールでは塞ぐことができない傷を縫い始める。
「……お前たち、施術は今暫く時間が掛かるぞ。他の内臓を傷付けては意味ないからな。だがアナベルが敵だったというならば、ここに留まるのは無謀じゃないか?」
最初に作った軽い麻酔薬のお陰でアキトは眠っていて、縫合がきっちりと済まない限り移動させるのは危険だった。
ジェイドの言葉に青くなったり、表情を険しくしたり、個々の反応は人それぞれだったが、全員が不味いと理解はしていたのだろう。
きっとすぐに追手がやって来る筈だ、と。
「クソッ!!」
レーシーがイラついたように岩壁を叩いていた。
重い空気が流れるがいい案が思い付かない。レオニダスの表情は顕著にそれが見てとれた。
「……時間を、時間を稼ぎますわっ!!」
そう言ったのはテラコッタだ。
アキトの腹の中に手を突っ込んでいるジェイドと治癒魔法を使っているエクレール以外が彼女に視線を向ける。
「初めてやりますので、これがうまく行くかどうかわかりません。ですが、少しなら時間を稼げると思いますっ」
「何をする気なんですか?貴女の能力は……」
「シウン煩い!私の能力は私が一番知ってるわよ!見たモノを映像として再生する……その映像を最大出力で再生して見せるの!」
映像をその空間全体にまで広げるのよ、と続けたテラコッタは洞穴の真ん中に壁を映し出し、まるで洞穴が真ん中で行き止りのように見せた。
「これは……っ!」
「なるほど!そこの壁を映し出してるんですね!」
端にあったローレルが刻んだ伝言が目に入り、ジョエルが驚いているレーシーの横で手を打つ。
「ですが、これで洞穴の出入り口を見えなくしたとしても……アナベルさんなら、位置を正確に把握しているのでは……」
シウンの言葉にテラコッタはムッとしたように唇を尖らせた。
「だから少しの時間稼ぎと言ってるじゃない!馬鹿シウン!!穴がなければ一度通り過ぎるかもしれないでしょ!この似たような岩山なら!」
「……全く、どこまで俺に負担をかける気なんだ」
結局急げと言われているのだと、ジェイドは眉間に皺を寄せる。アルベリックならもっと早く正確に縫合できるかもしれない。そんなことを考えては首を横に振る。
「で、でも、出入り口を塞がれては……逃げられないわ」
「それなんですけど……ローレルさんの置き土産ですよね。あれ」
ノヴァーリスの言葉にテラコッタが上を指差すと、たらりと岩の隙間から縄が垂れていた。
ローレルは出ていく時、どうやら上から抜け出したらしい。それで誰も気づかなかったのだとノヴァーリスは納得する。
「いや無理!!」
カッとレオニダスが叫んだ。
縫合が無事に済んだとして、重症であるアキトを背負って壁を登るも、あの隙間から抜け出すのも困難だ。
「ローレルは全身の関節を外せるらしいですから」
「あ、じゃあやっぱり常人には上から抜け出すのは無理?」
「はい、でしょうね」
まずお前が普通に壁を登るのは無理だろと言う目でシウンがテラコッタを見たせいか、彼女は顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
全員が再び無言になり、ジェイドの施術音だけが虚しく響いていた。
「ふふ、一先ずテラコッタは縫合し終えるまでの時間稼ぎしてくれるかな~?そうしたら後は私がなんとかするよ~」
「「っ?!」」
全員が大きく目を見開いて声の主を見た。
ジェイドも思わず顔を上げる。
間延びしたような独特な口調の人物を、その場にいる誰もが知らなかった。
いつの間に?
何処から?
何者だ?
そんな疑問が全員の頭の中に浮かぶ。
シウンとレーシーはその人物から放たれる重圧感に、無意識の内に利き手が得物の柄を掴んでいた。
渦中の人物は目を細めると、満面の笑みだと言わんばかりに口角を上げる。
シャラシャラと白い法衣の上に揺れている金の飾りが音を立てていた。
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