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【アナベル】

 アナベルはオウミ達が消えた森の中で、後ろに通路が隠されている滝の前にいた。

 草を踏み分ける音が幾つも聞こえ、背後で止まった気配に口角を上げる。


「……逃がしましたが、居場所は判っています」

「そうか」


 短い無機質な返事にアナベルはふっと笑い声を漏らした。


「……何だ?」

「いえね、先程私まで殺されるのかと思いまして」

「……お前なら避けられるだろう。それよりも、何故泣いている」


 ウィンドミルの抑揚のない声にアナベルのイラつきは頂点に達した。彼に向き直ると、自身の右目から溢れ流れる液体に片手で触れる。

 唇の端に付いたものを舌先で舐めると塩辛かった。


「はは、は、何故だと?……てめぇらが俺をおかしくしやがったんだろうがぁっ!!頭の中弄くり回しやがってっ……!」


 記憶が混濁(こんだく)する。

 アナベルは誰かに頭を木槌で殴られ続けるような痛みに顔を(しか)めた。


「俺は、私は……何故、オウミ様を……っ」

「……とんだ副作用だな」


 眉を八の字にし、情けない顔で膝から崩れ落ちたアナベルをウィンドミルは冷たい眼差しで眺める。

 周囲の木々が嘲笑うかのようにカサコソと葉を擦らせ騒がしくなった。風がウィンドミルの髪を揺らす。


「しっかりしろ。お前はビブレイ様の()だろう。……オウミの動向を探るためにビブレイ様が潜り込ませた密偵だ。怪しまれぬよう、インマキュラータに記憶操作を行わせた為、混乱が生じているだけだ。オウミとの記憶はただの芝居だ」


 何の感情も持ち合わせてないような声がアナベルに降り注いだ。

 確かにそうだと頷く自分がいて、オウミと笑い合った日々を楽しかったと呟く自分の声が頭の中で反響する。

 自身の体に刻まれた蜂の刻印が全てを物語っているのは明白だったし、今ウィンドミルが述べたことをすべて理解している自分もそこにいた。


「夢を見ていたようだ……」


 幸せな夢だった。

 人を殺して生きてきた記憶を癒せるほどの、幸せな夢。

 可愛い女の子とセックスのことしか考えてないようで、実は広い視野を持つオウミは、いつも新鮮な驚きをくれた。

 愛しかった。

 馬鹿な言い争いも、意味のない日常会話も。嫌味の応酬も。

 そして母親の前では孝行息子になる優しい彼が好きだった。


「インマキュラータの術は何度もかけると危険だからな」


 脳に障害が残る。と簡単にいい放ったウィンドミルを睨むと、アナベルは涙を拭って空を見上げる。


 記憶の中でオカリナから奏でられる半音狂ったメロディーが記憶を呼び覚ます役割を担っていることを知った。



『これが鳴ったら密偵である事を思い出す。お前はビブレイ様の蜂なのだと』



 昨夜、レーシーと見張りを交代したアナベルが洞穴の外の岩肌に(もた)れ掛かっていると、オカリナの音色が聞こえてきた。

 そのメロディーをアナベルは何度も聞かされていた。

 刹那、アナベルの顔つきが変わり、使い鴉を使って近況を報告し始めたのだ。


 ローレルが出ていった頃には、アナベルはアナベルではなかった。


「……あぁ、だから」


 エクレールが自分の頭を治療しようとしてくれたことを思い出して、自嘲する。


 ――確かに()()をしていたんだろう。


 動揺する体を鞭で叩くように、アナベルは顔を上げた。

 太陽が西に傾いている。


 ――この()()を治せば、また彼処(あそこ)に戻れるだろうか。

 いや戻れるわけはない。

 泣きそうになる半身を手で押さえつけながら、アナベルは天を仰ぐのを止める。


 地面を見れば小さな花たちが並んでいた。

 お辞儀をするように頭を下げている花たちを眺めながら、(おもむろ)にアナベルは表情を和らげる。


 そして誰にも気づかれぬように溜め息を吐き出したのだった。

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