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【レオニダス】

「一体何が……どうなって」


 レオニダスの呟きに答えるように、ノヴァーリスがきゅっと彼の服の袖を引っ張った。


 アナベルが突然アキトを槍で突き刺した、ということしか馬車の覗き窓からでは判断ができない。


「……はは、何それ。お前の冗談はどうでもいいし、アキトくんもそれ……演技……」

「冗談に見えます?」


 オウミの乾いたような震えて掠れた声にアナベルが妖艶に微笑む。そしてガンっと強くアキトの無防備な体に蹴りを入れた。崖をアキトの体が転がり落ちる。無抵抗なそれはどこか人形のように見えた。


「ムッタローザ!!」

「わかってますっ!!」


 オウミの叫び声に崖を途中まで登っていたムッタローザが怒声に似た返事を返しながら、転がってくるアキトの体を抱き止める。


「オウミ様、貴方がノヴァーリス姫を匿ったことを報告したのは私です。そしてウツギの村に向かったことを教えたのも私です。貴方に教えた王妃の蜂とは私自身だったんですよ」

「お前……っ」


 アナベルの笑みにオウミの顔色がどんどん悪くなっていった。


「ノヴァーリス、そこに座っておけ!」

「叔父様っ」


 馬車から外に出たレオニダスは御者の座るところに足をかけると、馬車を引いていた馬たちに鞭を入れる。

 乗ってきた馬たちは矢で死んでいたが、馬車の馬たちは生き残っていたのだ。

 ノヴァーリスは崩れ落ちそうなリベラバイスの遺体を支えながら、彼女の隣でぎゅっと瞼を閉じる。


「シウン、乗れ!」


 まずはシウンが馬車の中に入り、泣き出しそうなノヴァーリスの頭を撫でた。


 レオニダスはそのままオウミを御者の椅子の空いている隙間に引っ付かんで無理矢理座らせると、アキトを抱えて崖を滑り降りてくるムッタローザの近くまで馬車を走らせた。


「あはは、逃げられると思ってるんです?」


 ムッタローザを追うようにアナベルが崖を駆け降りてくる。


「シウン、扉を開けとけ!!」

「はいっ!」


 レオニダスの言葉にシウンは大きく頷くと、ムッタローザが飛び移れるように馬車の扉を開けた。


「矢だ!放て!!」


 丘の上に居たウィンドミルが騎馬隊に弓を構えさせながら、突撃してくる。アナベルにも当てるつもりかと、レオニダスは眉根を寄せた。

 二人を収納した馬車は大きく揺れ、深く沈む。馬たちも短く(いなな)いたが鞭打たれ、その脚を動かした。

 騎馬隊が放った矢が地面や馬車の外側に突き刺さるが、なんとか馬車を急遽旋回させて山の下に広がる森の中に馬車を滑り込むように走らせる。


 その後すぐに馬と馬車を切り離し、意識のないアキトを抱えながら乗馬したレオニダスが先頭を走った。二頭目にはノヴァーリスとシウンが。三頭目にはリベラバイスの遺体を抱えてオウミ。四頭目にムッタローザだった。


 全員表情は重苦しく暗いものだったが、必死で馬を走らせる。

 特にレオニダスの形相は凄まじいもので、弱々しくなるアキトの呼吸音と脈に大量の汗をかいていた。


 ――死ぬな、死ぬなっ!頼むから死ぬんじゃないっ!!

 ぬるぬるとした血液の感触に泣きたくなる。

 手綱を握る手に力がうまく入らない。



『アキトです。今日から宜しくお願いします……うん、寝ても宜しいですか』


 初めてアキトが従者として家にやって来たことが思い出される。思わず大声でツッコミを入れたレオニダスに対して、彼は曖昧に白い歯を浮かべていた。



 レオニダスは歯を食い縛って、落ちそうなアキトの体を支える。崖から落とされた時に腕などを折っているのかもしれない。それとも肋骨だろうか。

 眉間に皺を寄せる苦しそうな表情にレオニダスは安堵する矛盾を抱いた。


 ――生きてる、まだ生きてる!


「頑張れ、アキトくん!もう少しだからっ」


 レーシーたちが待つ洞穴は直ぐ其処だった。

 アキトに声をかけながら、レオニダスは更に脹脛(ふくらはぎ)の内側に力を込めて、馬の腹を精一杯蹴る。


「ジェイド!!エクレールっ!!」


 馬から飛び降りるようにして、アキトを抱えたレオニダスは今ある希望の糸を手繰り寄せるように二人の名を呼んだ。

 レーシーやテラコッタが何事かと聞いてくるが、その説明はシウンたちに任せることにする。


「な、何なんだ!」


 エクレールは無言で治癒魔法を使ってくれたが、ジェイドの方は瞬きをして突っ立っているだけだった。


「いいから!お願いだ、アキトくんを助けてくれ!必要なものならなんだって揃える!」


 レオニダスの必死な形相に無言で頷くと、ジェイドはシャツの袖を二の腕の辺りまで捲り上げる。


「……っ、水と今から言う薬草を探してこい!エクレールはそのまま止血に集中してくれ!」


 そのジェイドのキビキビとした態度と言葉遣いに、レオニダスが重ねて見たものは(かつ)ての親友の姿であった。

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