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【オウミ2】

 山の洞穴の中で一夜を過ごした一行は、朝になってローレルが居ないことに気付いた。

 岩壁に刻まれた『俺は抜ける』というメッセージを見つけ、特にノヴァーリスは肩を落とし残念がってるように見える。

 静かに迎えた朝の空気を感じながら、確かに彼は飛び抜けて明るかったなとオウミは一人頷いていた。


「で。朝から姿が見えないのがもう一人……」

「オウミくん、アナベルさんは一体何処へ?」


 オウミの呟きが聞こえたわけではないだろうが、ソワソワしながらレオニダスが尋ねてくる。彼には悪いがオウミの口元の筋肉はひくひくと()()ってしまった。


「い、いやぁ……何処に行ったか知ってるか?ムッタローザ」

「いえ。私は特に聞いておりませんが……」


 後ろで荷物の整理をしていたムッタローザに話を振るが、やはり彼女は何も知らないらしく首を横に振って、また手を動かし始める。


 ――あー、少しは空気を読んでくれ。くそ、こうなったらいい加減この人可哀想だし……全部ぶちまけるか!


 心配そうに洞穴の外を見るレオニダスを眺めながら、オウミは大きく首肯く。今ならレオニダスを残念な結果から救えるかもしれない。いや救わなくては。と妙な正義感が顔を覗かせ始めた。


「あの、レオニダス候?実はアナベルは――」

「オウミ様っ!!大変ですっ!!」


 ――アイツは下半身に貴方と同じモノが生えた野郎なんですよ。

 と続けたがったが、洞穴に飛び込んできたアナベル自身に言葉を遮られた。


「何事だ?!」


 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)であるムッタローザまでとは言わないが、高い身長としっかりとした肩幅のレーシーが声を張り上げる。

 シウンやノヴァーリスも、息荒く肩を揺らしているアナベルに視線を向けていた。テラコッタに至ってはこのやり取りを記録しようとしているのかもしれない。


「オウミ様、今……信を置けるものに使い鴉を飛ばしてハイドランジア王都の様子を窺ったのです。そうしたらリベラバイス様が不義を行ったため、王都から追放されると……」

「不義だと?!母に限って、そんなわけあるはずがないじゃないか!」


 アナベルの言葉にオウミが即座に声を上げる。

 表情はいつもよりも真剣で、その顔色は青くなっていた。


「アナベルさん、貴女も大分顔色が悪いが……」

「……いえ、少し頭が……痛むだけです、大丈夫です。リベラバイス様の心境を考えれば……っ」


 呼吸が落ち着かず暫くフラフラしているアナベルに、レオニダスは心配そうに声をかける。アナベルは首を横に振ったが、辛そうな手を握ったのはエクレールだった。


「な……んです?」

「……エクレールがお前を治療しようとしている。何か頭にダメージを受けているんじゃないか?」

「いえ、頭に怪我などしていませんよ」


 ジェイドの説明に「大丈夫です」と微笑むとアナベルは優しくエクレールの手を払う。

 それからオウミに向き直って真剣な表情を見せた。


「リベラバイス様は昼に王都から馬車でご実家に送られるみたいです。この山道を急ぎ引き返せば、ギリギリ間に合うかと」

「あぁ。ありがとう。実家っていっても母の家は貧しい農家だ。不義を働いて戻ってきた者を温かく迎える家でもない……。悪いけどノヴァーリス、僕たちも一度君たちから離れるよ」


 オウミは独り言を呟くと、申し訳なさそうに微笑んでノヴァーリスがいた方を見た。


「え……?」


 そしてそのまま固まってしまう。

 ノヴァーリスが毛布などを綺麗に畳んでオウミに笑顔を向けていたからだ。彼女の後ろでもシウンが荷物を背負っていた。


「オウミ、私たちも行くわ。役に立てるかどうかわからないけど」

「え、ちょ!ノヴァーリス、危ないよ?!それにこれは個人的な僕の問題であって……」

「ふふ、それを言うならロサを奪われたのも、今たくさんの人に追われているのも、私の個人的な問題だわ。……でも貴方は私を助けてくれた。だから今度は私が助けたいの」


 もちろん足手まといかもしれないけど、と続けたノヴァーリスにオウミは彼女が愛しくなってギュウっと抱き付く。


「あはは、ノヴァーリス様は発言も全て愛しいほど可愛らしいかも知れませんが、こう簡単に抱き付かれては迷惑です」

「ちょ……痛いんだけどっ」


 そんなオウミの額をぐぐっと掌で押し返すシウンの笑顔は冷たい空気を纏っていた。それでも抱き付こうとするオウミと離そうとするシウンの間に挟まれながら、ノヴァーリスが少し困っているとテラコッタが助けに入る。


「全く!急ぐんじゃないんですか?!早く行きましょう!」

「あ、それなんだけど……テラコッタはジェイドとエクレールと一緒にここに残って待っていて?ジョエルとレーシーも」

「「何故ですか?!」」


 テラコッタと同時に声を合わせて憤慨したのはレーシーだった。


「や、あの……、ジェイドやジョエルには危ないかもしれないし……、レーシーには皆を守っていて欲しいから」

「それを言うならノヴァーリス様自体大人しく此方で待っていていただけると助かるのですが」


 指を重ねたり離したりしながら話すノヴァーリスに溜め息をついたのはシウンだった。

 彼の後ろでジェイドが「俺を子供扱いするなっ」と叫んでいるが、彼はエクレールの身の安全が保証されるのであれば問題ないようだ。


 納得のいかない顔で唇を尖らせているテラコッタにノヴァーリスは苦笑する。

 置いていかれるということがショックなのか、レーシーは一言も発しなかった。


「じゃあ行こう!」

「はー……問答無用で付き合う方に入れられている俺、超可哀相……」


 やる気満々のレオニダスを尻目にアキトは大きく溜め息を付いたのだった。









「本当に後悔しない?」


 岩の崩れたような陰にノヴァーリスたちは身を隠していた。

 オウミの言葉にふるふると首を横に振ると、ノヴァーリスは彼に微笑む。無言だったが、その微笑みだけでオウミは大分心を落ち着かせることができていた。


 山と平地の境目の道をゆっくりと行く馬車は、シンプルな装飾が施され高級感がある。


 ――間違いなく、これだ。

 オウミはムッタローザとアナベルに合図をすると、一斉に馬で傾斜の緩い崖を(くだ)り降りる。

 その後ろをノヴァーリスを乗せたシウン、アナベルを乗せたレオニダス。ムッタローザ、アキトがそれぞれ続いた。


 ――上から見た限りじゃ伏兵は見えなかったし、それらしい罠もなかった気がするが……


 オウミは周囲に警戒をしながら、馬車に止まるよう声を張り上げた。御者をしていたものがオウミを見て酷く怯えている。

 それでもオウミは一切止まらず馬車の扉を勢いよく開けた。


「母さんっ!!」


 ノヴァーリスとシウン以外の全員が馬から降りる。

 中に叫んだオウミの声はぷつりと途切れて、その場に沈黙が走った。


「……オウミ?」

「……嫌だ、どうしてこんなっ!!」


 ノヴァーリスが首を傾げたのと同時に、オウミの大声が響いた。

 ムッタローザとアナベルが馬車の中に入ると、リベラバイスの膝に顔を預けてオウミが崩れ落ちていた。


「リベラバイス様……っ!」


 ムッタローザも息を飲む。

 眠っているようなリベラバイスの唇の端からは赤い血液がツゥーッと垂れていた。

 そして手の中には小瓶が握られており、そのラベルには「愛するリベラバイスへ」と書かれたラベルが貼られている。それは盲目のリベラバイスでも読めるように協会が作った特殊なインクで綴られていた。


「これは……毒かな」


 オウミが泣き崩れる横でアナベルから小瓶を受け取ったアキトが呟いた。その呟きにピクリと泣いていたオウミが眉を(ひそ)める。


「アキトくん、本当にそれは――」

「皆さん!馬車の中へ!!」


 オウミが立ち上がったのも、シウンが異変に気づいて声を張り上げたと同時だった。


 山のもう少し上った場所から矢の雨が一斉に降り注いだ。

 びしびしびしっとノヴァーリスたちがいた地面には矢が突き刺さっていく。四頭いた馬たちが全て横腹を地面に倒し崩れ落ちた。また巻き添えで馬車の御者が逃げ出そうとした途中で矢の雨に倒れる。彼の体液が乾いた大地に僅かな赤い線を描いた。


「まさか、あんな上から……!」


 レオニダスは右腕を矢が掠めていたらしい。

 危うく死ぬところだったと溜め息をついてから、狭い馬車の中でどうやって逃げ出すかを思案する。


「はー……まず俺が行きます」

「では私も」


 面倒臭そうにアキトが手を上げ、その後にムッタローザが頷いた。


「アキトくん、気を付けるんだよ」

「はいはい。レオニダス様もしっかり」


 そんなやり取りをしながら、アキトは鉤爪を装備し外に駆け出す。矢が止んだら代わりに騎兵が崖を下ってやって来ていた。

 体格の大きいムッタローザと正反対のアキトがそれぞれ相手をするが、乱戦の中でも騎兵を倒した時に隙間として二人の姿が露出すると上から弓兵が矢を放ってきた。


「やはり、ずっと狙ってきておりますね」


 アナベルが苦笑すると、レオニダスも大きく頷く。

 だがその後にシウンとオウミが飛び出して行くのを眺めながら、レオニダスの口元には笑みが浮かんでいた。


「まぁ……でも、これぐらいの兵ならなんとかできるだろう」


 それから馬車の小さな覗き窓から上を陣取っている弓兵を狙って銃の引き金を引く。派手な音が響き、弓兵の一人が崖から転げ落ちた。

 ノヴァーリスは馬車内に響いた銃声に耳を押さえていたが、アナベルは目をぱちぱちと瞬かせてから、にっこりとレオニダスに微笑む。


「では……そろそろ私も行かせていただきます」

「え、アナベルさん?!あんたは危なっ――」


 レオニダスが制止するが、アナベルはオウミのように片目を閉じた。どこか色気のあるその仕草にレオニダスは顔を真っ赤に染める。


「私、ハイドランジアで一、二を争う槍の名手なんです」


 馬の死体近くに転がっていた細長い包みを解き、中に入っていた槍を手に取るとアナベルは囲まれているオウミの傍に走った。

 同時に槍の持ち手の部分にある仕掛けを押すと、尖った先端が一つだった物がガションっという金属音と共に三股(みつまた)に分かれる。


「ハァァアっ!!」


 アナベルの槍術は確かに大陸の中でも群を抜いているとオウミは思った。

 自分自身の従者でいること自体が彼に取って勿体無いものだ。だけどいつもアナベルは「私はいつだってオウミ様のお傍から離れませんよ」と笑う。


「ホント、お前の存在は心強いよ!」


 目の前の敵を剣で斬り倒しながらオウミは笑った。

 それに応えるようにアナベルの槍が騎兵たちの鎧や馬の体に風穴を開けていく。

 たった一突きに見えるそれは、実際には六ヶ所攻撃をしているほど速かった。


「アナベルさんも化け物ですが、アキトもですね……」


 オウミと背中合わせになったシウンがふぅっと短く息を吐き出しながら呟く。お互いにそれなりの数を倒していたが、アナベルとアキトの倒した数には到底追い付けそうにない。

 そしてアキトの方は既に弓兵たちがいる場所にまで届いていた。

 同時に駆け出したムッタローザが途中で囲まれて止まってしまっているにも関わらず、だ。


 そんな時だった。


 反対側の丘の上に新たな兵が現れる。

 指揮をしているのはウィンドミルだった。

 オウミはビブレイの兄であるウィンドミルが出てきたことに身体中の血液が沸騰するかのような怒りを覚える。


 ――母の不義という物も……母が手にしていた父からの贈り物のような小瓶の毒も。やはり、お前たちの仕業か!


 この時オウミは父であるウィローサが死亡したことは全く知らなかったし、それに気付くこともなかった。

 それはビブレイが狡猾(こうかつ)にウィローサの死を覆い隠したせいでもある。


 そしてウィンドミルの指示で、戦場にオカリナの音が響いたことにも反応できなかった。これに反応したのは馬車の中にいたノヴァーリスくらいである。

 オカリナが奏でたのは、全ての音が半音狂った短いフレーズだった。


「……な……アキトーっっ!!」

「あぁあっ?!」


 そしてウィンドミルを睨み付けていたオウミは、シウンの叫び声とムッタローザの悲鳴に数秒遅れて振り返る。


 弓兵を全て倒し終えていたアキトの腹に赤い染みがじわりと広がっていった。


「……マジ……かよ」


 いつも眠そうな眼が今は余計に瞼が重そうに見える。

 ゴホッと口から血を吐いたアキトは自身の腹に触れた手が真っ赤に染まったのを見て、そのまま前に頭から倒れ込んだ。

 スローモーションの様に、アキトの背後に立つ人影がはっきりとオウミの目に飛び込む。


「……一匹始末させていただきましたよ、オウミ様」

「は……?」


 槍を構えて三日月のように目を細めたのは、間違いなくアナベルだった。

 ボタボタと槍の先端から流れ落ちる血液を指でなぞると、アナベルはペロリと舌先でそれをまるで味見するかのように拭う。


「ビブレイ様のご命令で」


 信じられないと瞠目しているままのオウミにアナベルは追加で言葉を溢した。それから片側だけにある長いスリットを捲り上げ、自らの左尻側にある黒い蜂の刻印を見せ付ける。


 それは紛れもなく、ビブレイの手足となって諜報や暗殺を生業(なりわい)としている者たちの刻印であった。

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