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【リド】

 ――全神経を一点に集中させて……


「……ハッ!!」


 パァンッと(てのひら)を向けた先にあった瓶が弾けるように砕け、硝子の破片が散らばって飛ぶ。

 その様子に誰よりも驚いたのはリド自身だった。


「ん、だいぶコントロールできるようになってきたな」


 木の幹に(もた)れ掛かっていたユキがリドの後ろで拍手をする。彼の銀髪が木漏れ日に照らされてキラキラと色を変えていた。


 リドは後ろに振り返ると、猫背を普段よりも丸くしてから歯を震わせる。


「ぼ、ぼぼ、僕の力、すごく怖いんですがっ!瓶が砕け散るとか、これを人に使うとか無理ですっ」

「誰が人に使えと言った。発想が怖ぇぞ」


 眉間に皺を寄せて訝しげにリドを見るユキに「えぇえ?!」と彼は目を回した。


「だ、だっ、て!ユキさんが、大切な人を守るための力の修行だとっ」

「それは言った。だが大切な人を守りたいなら、別に攻撃するんじゃなくて近くの棚を倒して時間稼ぎするとか。色々あるだろ。何さらっと人体に危害加える気満々なんだ」

「あぁあ、すみませ……!」


 ユキの言葉に(もっと)もだとリドが挙動不審に手足をバタつかせる。その様子にユキはふっと表情を不機嫌そうなものから和らげた。

 リドはそんな彼の表情を最近嬉しく思っていた。


「……あぁ、そうだ。これ」

「え?!」


 ユキが木陰の闇の中に手を突っ込んだと思ったら、見慣れたヴァイオリンケースを取り出したので、リドは()頓狂(とんきょう)な声を上げてしまった。

 黒い革地に金でダリアの紋章が入ったケースは、スパルタカスがリドの誕生日への贈り物として、たった一度だけくれた物だった。

 長年使ううちに磨り減ったような部分もあったが、リドはそれをとても大切に使っていたのだ。


「……どうして……」

「あ?俺は影さえあればどこにでも移動できるし、物体も生物でも影を使って移動させることもできるんだよ」


 リドの呟きに言葉の意味のまま答えてから、ユキは「あ」と声をあげて乱雑に頭を掻く。


「違うな。……お前が弾きたがってるんだろうなと思ったから勝手に持ってきた。迷惑だったか?」

「そ、そんな!」


 ユキの溜め息にリドは慌てて首を横に振った。

 彼の長い前髪がボサボサと普段よりも崩れる。


「すごく、すごく嬉しいです!……僕の、宝物だから」


 大粒の涙がポロポロとリドの目から零れ落ちた。

 それは彼にとって、ノヴァーリスに愚鈍ではないと言われた時と同じぐらいの嬉しさだった。


「……そうか。なら俺の為に何か弾いてくれ」

「え!……あ、はいっ」


 一瞬躊躇ったリドだったが、またユキの表情が険しくなったのを見て、慌てて何度も首を縦に振る。

 人にヴァイオリンを弾いてくれと言われたのは初めてだった。




 ケースから愛しそうにヴァイオリンと弦を取り出すと、すぅっと深呼吸する。

 その時ばかりはリドは猫背ではなかった。真っ直ぐにピンっと背筋を伸ばして構える。


 ユキは黙ってその様子を眺めていたが、リドが演奏を始めるとその異変に気付いた。

 音が響きすぎるのだ。


「これは……」


 協会(カーネーション)が持つ森の一つでリドの修行をしていたが、その森全体に響き渡るヴァイオリンの音にユキは戸惑った。

 そして木々や草花の陰に様々な動物たちが姿を現していることに気付いて、更に目を剥く。


 動物だけてはなく、昆虫も木々たちも――全てがリドのヴァイオリンの音色に合わせ歌っているのだ。

 なんて神秘的な光景だろうか、とユキは言葉を失っていた。

 真上にあった筈の太陽が傾くまで、その場にいる生物たちがリドの演奏に酔いしれたのだ。



 ――あぁ、ノヴァーリス様は無事だろうか。もし今度お会いできたとしたら、ヴァイオリンを弾いて差し上げたい。

 リドのノヴァーリスへの想いが重なっていたのだろうか。ヴァイオリンの音が甘く切ないものに変化している。


 リドが顔を上げたとき、彼は観客の多さに吃驚した。


「……え、あ……!い、いかがだったでしょうか……!」

「いや……」


 リドが既に背中を丸めたことに軽く息を吐くと、ユキは服についている頭巾を深く被る。


「……良かった」


 それだけだと言うのに、リドは舞い上がるほど嬉しくなった。

 そして暗くなってきた空を見上げてから、変な胸騒ぎを感じ始める。


「これは……前にも」

「どうした?」

「その、嫌な予感がします……たぶん、これは……ノヴァーリス姫に何かが」


 そこまで口にして肩を震わせ始めたリドに、ユキはポンポンっと肩を叩いた。


「お前の魔力も大分安定してきたし、コントロールも上手くなった。そろそろムーンダスト様からの話をお前に伝えよう」


 そうして手招きしたユキは、リドをズズッと影の中に引き擦り込むように手を引いたのだった。

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