表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/114

【ウィローサ】

 ウィローサはオウミが王都から脱出した報せを聞いてから、長い溜め息を吐き出す。

 それから午前中のミナヅキの姿を思い出しては、頭を押さえた。ほぼ白髪に変化した髪は、少し生え際が後退している。青年期は橙色の髪色だったのだろう。ほんの僅かにその色の髪が混ざっていた。


 ――やはり、ミナヅキはどこか病んでいるのだ。もう歳も十九だというのに十歳ぐらいの子供じゃないか。いやあれは遥かに性格も悪い。

 それだけじゃない、と白い顎髭(あごひげ)を弄りながら、ウィローサはまた溜め息を吐き出す。


 広々とした王の寝室は、目を覆いたくなるほど、豪華で(きら)びやかな装飾品に囲まれていた。

 普段は気にならないものだったが、今のウィローサには酷く滑稽なものに見えた。


 そしてその時、ふっとオウミの産みの母であるリベラバイスのことを思い出した。

 最後にリベラバイスと言葉を交わしたのは、彼女が風邪を引いた一月前のことだとウィローサは首を縦に振る。確かあの時はビブレイが懇意にしているという医者の薬を手渡したのだ。


 ――そうだ。オウミのことを気にして胸を痛めているかもしれない。


 リベラバイスは優しい性格の可憐な女性だった。

 彼女のことを浮かべると、ウィローサは心が静かになる。懐かしい過去に瞼を閉じると、自然と口角が上がっていた。


 息子のことを心配しているであろうと、ウィローサはその日の黄昏時にリベラバイスの元へ訪れる。

 部屋の前についた頃には空は暗くなっていた。


「リベラバイス……?」


 部屋から漏れている声にウィローサは眉間に皺を寄せて、掠れた声で彼女を呼んだ。

 開けた扉の向こうでは、ウィローサにとって信じられない行為が行われていた。瞠目した目がそれをただじっと見つめる。


「ウィローサさ、まぁ……!」


 甘えたような声音でリベラバイスがウィローサの名を呼んだ。

 だがリベラバイスと重なっている男の影にウィローサはその声が汚らわしい音にしか聞こえたなかった。


 よくよく見ればリベラバイスは泣いていたのだ。

 だがオウミがよりによってノヴァーリスと逃げたこと、今目の前で信頼していたあのリベラバイスが他の男に抱かれているというショックで、ウィローサの脳は正しい判断を下せなくなっていた。


「……き、貴様ら……何をやっているんだ……!」

「え……?」


 口から出たのは怒りの声だった。


「リベラバイス、私はそなたを信じていたのに……!息子の事で胸を痛めておろうと思ってやって来たというのに……!よもやそなたが不義を行うとは……っ!」


 こんなことを彼女に言いたいわけではなかった。

 だがウィローサは溢れ出す感情を止めることが出来ない。ドロドロとした黒い泥のよう物が全身を覆っていく感覚だった。


「そんな男と姦通(かんつう)していたとは……!!」


 心臓をぎゅうっと服の上から鷲掴みにするように押さえると、ウィローサは大声を張り上げる。


 ――苦しい、……息が、出来ない。


「リベラバイスよ、死刑だけにはさせない。そなたを愛していたからだ。だが、不義を行った以上、この城には置いておけない」


 こんなにも冷酷な声が自分自身から出るとはと、ウィローサは自嘲しながら、息苦しい胸元をとんとんっと叩いた。


「待ってください、陛下!私は――」


 目の見えないリベラバイスとは目線が合わない。

 それだけがウィローサには救いだった。


「黙れ!!」


 その場で崩れ落ちたウィローサの怒鳴り声に、城の者が走ってくる。

 ウィローサは壁に寄りかかりながら、兵たちに拘束されたリベラバイスの姿をぼんやりと眺めていた。


 ――おか、しい。あの男はどこに……っ


「ごほ、苦し……誰か!……医者を」


 心臓がキリキリと悲鳴をあげ、ウィローサは呼吸ができなくなっていることに気付いた。そして嗅ぎ慣れた麝香(じゃこう)の香りに眉を(ひそ)める。


「……()()はもう死んだの?」

「いえ、まだ意識があるかと」

「そうなの?……まぁー、貴方。早く死んでくださいな」


 ウィローサの記憶が正しければ、その声はビブレイとウィンドミルの二人の声だ。

 残酷なビブレイの笑みにウィローサは反論することもできず、ただ静かに息を引き取ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ