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【リベラバイス】

 その日、息子であるオウミが国を出たことを知らないリベラバイスは、城内の騒ぎに一人首を傾げてばかりだった。


 普段からバタバタと使用人の走り回る音が聞こえてくる廊下であったが、使用人だけではなく騎士たちの甲冑が揺れ擦れる金属音も混ざっている。


 ――何かあったのかしら?

 恐る恐る扉を開き廊下に顔を覗かせるが、目の見えないリベラバイスには詳細が判らない。

 ただ所々でオウミの名前と、ロサの王女という単語が耳に入ってきた。


 自身の息子が何かをしでかしたのだろうか?ともう一度首を傾げてから、ざわざわと落ち着かなくなり、その胸騒ぎに唇が僅かに震え始める。


 ――ウィローサ様に、陛下にお会いしたい。

 オウミにももちろん会いたくて堪らないが、耳に入ってくる情報を整理するとそれは叶わなさそうだ。ならばウィローサに会えればと考え付くが、彼が最後にリベラバイスを訪ねてきたのは一月も前のことだった。


 最近は若くて美しい側室の元に足繁く通っていると聞いていた。


『リベラバイス、私はそなたといると心が癒される』


 そう笑ってくれたウィローサの穏やかな表情をリベラバイスは片時も忘れたことはない。目が見えなくなった後も、ウィローサのその笑顔とオウミの生まれたときの血だらけの姿は瞼の裏にはっきりと記憶として残っていた。




「……誰?」


 目が見えなくても暗闇の中に差し込む光の具合から、大体の時間帯は予測できた。だからもう夕暮れだということは分かっている。

 そんな時間帯にリベラバイスを訪ねてくる人はオウミ以外はいない筈だ。だがこの足音はオウミではないと断言できた。

 だからもう一度リベラバイスは表情を険しくして問う。


「……誰なの?」


 声音は震えていた。

 返事のしない訪問者。太陽の光を飲み込む闇のように、じわりと自身に近付いてくるのが分かる。


「……そう怯えるな。お互いに楽しもうじゃないか」

「?!」


 粘着質な低い声音に、リベラバイスは後退(あとずさ)るが、すぐに部屋の壁に阻まれた。


 リベラバイスの細い手首を謎の男が掴む。

 強い力だ。痛いと顔を歪めようとも、リベラバイスの手首を男は離してくれなかった。


「ひっ……」


 突然リベラバイスの頬を男の舌が味わうように這う。それだけで彼女は気持ち悪くて、全身を嫌悪感と嘔吐感が走り巡った。


「止めて!止めてくださいっ!離してっ!!」


 必死に声を荒らげるが、衣服を乱される。男の大きな手が身体の至るところを(まさぐ)ってきた。


「いやぁぁあっ!!」


 抵抗しようにも力もない上に、リベラバイスは目が見えない。ほぼされるがままに男の息が上がっていく。


 ――嫌、止めて!お願い、誰か助けて!


「誰か!助けてっ……!」

「無駄だよ、助けなんて来るわけがない」


 せせら笑う男の声が冷酷にそう告げた。

 リベラバイスの瞳からはボロボロと涙が溢れ出してくる。


 ――ウィローサ様……っ!


 愛する男の名を、人生でこの人だと信じた人の名を、リベラバイスは祈るように呼んだ。


 例え多くの側室の一人だったとしても。

 与えられた愛は本物だと、子を宿した時の彼の心から嬉しそうな笑顔は本物だったと、リベラバイスは夢見る乙女のように信じていたのだ。


 信じていたからこそ、毒を盛られ、かつて目の前に広がっていた世界を奪われようとも、城の中で一番薄暗く騒がしい部屋に閉じ込められようとも、耐えられたのだ。


 その時、聞き慣れた――そして待ち望んでいた足音がリベラバイスの耳に入った。

 男の乱暴な動きに噛んだ唇から血が垂れ、奪われた場所もヒリヒリとした痛みを発していたが、リベラバイスは自身の部屋の前で止まった足音に心を震わせる。


「ウィローサさ……まぁ!」


 ――助けに来てくださったのですね、私は貴方の事を信じておりました……!


 だが扉を開けたウィローサは、中の様子を見て信じられない物を見たという視線でリベラバイスを見下ろしていた。

 勿論、そんなウィローサの表情などリベラバイスには判らない。


『大丈夫か?リベラバイス!私はそなたに何かあったらと、……あぁ本当に心臓が止まってしまいそうだった』


 過去の優しかったウィローサの台詞がリベラバイスの中で再生される。


「……き、貴様ら……何をやっているんだ……!」

「……え?」


 震えるようなウィローサの怒号にリベラバイスは表情を凍らせた。


「リベラバイス、私はそなたを信じていたのに……!息子の事で胸を痛めておろうと思ってやって来たというのに……!よもやそなたが不義を行うとは……っ!」


 ――不義……?

 リベラバイスの瞳から溢れていた涙が凍ったように止まる。


「そんな男と姦通(かんつう)していたとは……!!」


 それはリベラバイスに取って、死刑宣告のように冷たく心に刺さったのだった。

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