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【シウン2】

 レオニダスがアルベリックを埋めるための穴を家の裏庭に掘っていた。夜の闇が一層濃くなり、レオニダスの額からは玉のような汗が零れ落ちた。

 それを眺めていたシウンは、ふと煉瓦の壁際に落ちている物に気付く。


「…………ノヴァーリス様」


 拾い上げたそれはノヴァーリスに渡したブローチだった。

 周辺の土を観察してから、シウンは小さく溜め息を吐く。

 彼の黒髪がさらさらと風に揺れ、黄昏色の瞳は何かの炎を宿らせていた。


「……っと!……待たせたな!王都に向かおう」


 掘った穴の中にアルベリックを埋葬すると、レオニダスは満足そうに笑う。エクレールの頭部を首の上に固定していたジェイドはその笑みに少しだけ口角を上げて返した。彼にとってそれは慣れない表情なのか、微かに引きつっていた。





 馬車に乗り、御者をレオニダスとローレルが交代でする。

 馬車の中にはシウン、アキト、ジェイド、エクレールがそれぞれ好きな格好で座っていた。会話らしい会話はなく、御者をしている二人が一番騒々しい。


「……で。この馬車で王城に突っ込むのか?それはただの阿呆だぜ!」

「誰もそうは言ってないだろ。ただ正々堂々と真っ向勝負といこうと思ってだな!反逆者ではないとウィローサのおっさんに直接勝負を仕掛けてやろうかと」

「捕まって殺されて終わりだろ。バッカじゃね?!」


 シウンはローレルとレオニダスの会話を聞きながら、(てのひら)の中に収まっているブローチを握り締めた。馬車の中から覗く切り取られた空は、うっすらと色を明るくしている。夜明けだ。


 馬車が王都への門を通過した時だろうか、門が内側から固く閉ざされる。


 ――何が……

 シウンだけではなく、レオニダスも顔色を変えた。

 まさか既にばれたのだろうか。そんな表情になる。

 だが慌ただしく移動する兵士たちは、シウンたちに全く興味を示していなかった。


「そっちだ!!」

「西門も閉めろ!!逃げられるぞっ!」

「でもなんでオウミ様を?!」

「詳しいことは知らん!!だがロサの王女が一緒らしく……!」


 通り過ぎる兵たちの言葉にジェイドとエクレール以外の全員が顔を見合わせる。そして瞬時に理解した。


「おっさん!西門だ!閉ざさせないように邪魔しようぜっ!」

「誰がおっさんだ!だが了解したっ」


 ローレルの言葉にレオニダスが大きく頷いて手綱を強く引っ張った。

 今兵士たちの手によって閉ざされそうな西門に向かうと、(ひし)めく通行人たちで馬車の足が止まってしまう。


「アキト!少し暴れてください!!」

「はー……面倒なんだけど」


 シウンが先ず飛び出して人混みを掻き分け、門を閉ざすための縄を持っている兵を背後から気絶させた。

 アキトも後を追い、周辺の兵をなんとか打撃で倒していく。


「な、なんだ?!貴様らはぁっ?!」

「曲者だ!こいつら門を閉じる邪魔をしているのか?!」


 兵たちの怒号に町人たちや旅人たちが悲鳴を上げた。レオニダスは大陸の最西にある海洋国家――アザレア共和国から来た商人から買った短銃を取り出すと、それを空に向かって放つ。


 パァーンッ……と聞き慣れない発砲音にその場にいた者たちが口を閉ざした。


「この馬車を通せ!!さもなければ撃つ!」


 混乱した声が上がるが、先刻よりも馬車が通れる道が出来上がる。それを逃さずレオニダスはそこに馬車を進ませた。

 前ではシウンとアキトが兵に囲まれている。


「よっしゃ、ローレル様の出番だぜ!!」


 意気揚々とローレルが飛び出し、シウンたちを囲んでいた兵たちの間に滑り込むと、地面に両手を着き逆立ちをするように体や足を持ち上げてから、開脚したままその場で回転した。


「……なんかローレルに活躍されると腹立つなぁ」


 それを見たアキトは目を細めると、門の壁を駆け上がる。門の上にいた弓兵を数人そこから落とした後は、そのまま何人かを殴り倒した。鉤爪では人を傷付けてしまうと素手で戦っていたが、なかなかその拳は重く威力があったようだ。


「お、お前らは何をしているんだ?」

「あぁ、騒ぎを起こしてオウミ様に気付いてもらおうとしているのと西門を逃げ道に開けとこうとしてるとこ」


 馬車の中から聞こえたジェイドの疑問にレオニダスが苦笑しながら答えた。


「オウミとは……この国の王子か?」


 王子、という単語に顔を(しか)めたジェイドを一瞥してから、レオニダスは馬車に向かって斬りかかって来た兵士の剣を手にしていた短銃で受け止める。

 その様子を眺めながら、兵士の腹部に蹴りをいれたシウンの背後にはまた別の兵士が影を作った。


 ――しまった、間に合わないっ

 後ろの気配に気付きつつも、蹴りを放った体勢からなかなかそちら側に振り向けない。シウンが焦った瞬間だった。


「はぁぁあっ!!」


 風を切る重そうな両刃剣がシウンの頭すれすれを通り過ぎ、背後の兵士の鎧を身体ごと弾け飛ばした。


「貴女は……!レーシー殿っ?!」

「シウン殿、助太刀します!が……」

「この腐れシウンコーっ!!ノヴァーリス様をどこにやったんですか?!事と次第によっちゃぶっ殺しますよっ?!」


 体勢を戻したシウンに黒いドレスを着たテラコッタの回し蹴りが飛んでくる。レーシーはそんなテラコッタの様子に溜め息を吐きながら、戻した剣で自分に襲いかかろうとした兵士を薙ぎ払った。

 シウンはテラコッタの蹴りをさらりと(かわ)す。


「テラコッタ、無事で良かった。ノヴァーリス様なら――」


 西門はほぼ制圧した。

 アキトやローレルの活躍も横目で見ながら、シウンは耳に入ってきた馬の蹄の音に目を細める。


 兵に追われているのは白馬に乗っているオウミだ。茶色の馬二頭にそれぞれムッタローザとアナベルが乗っていた。そしてオウミの前には彼のマントに包まれたノヴァーリスが座っている。


「ノヴァーリス様、不甲斐ない自分を責めてください!ご無事で良かった!!オウミ様もありがとうございます」

「シウン、あ……テラコッタ?!レーシー?!」

「ノヴァーリス様ぁあっ!!」


 ノヴァーリスの声が嬉しそうに弾んだ。

 テラコッタが奇声に近いほどの大声をあげ、目尻に涙を浮かべていた。

 だがシウンはノヴァーリスが一向に馬から降りてこないことに眉根を寄せる。


 ――まさか、そこまで怒ってるのか?

 だけど、先程の声は心の底から嬉しそうな声音だった。テラコッタを見つける前から、シウンの名前を呼んだ瞬間から声は弾んでいたし、表情も柔らかかった。

 いつもならば、自分に抱き付いてくるであろう状況にシウンは訝しげにオウミとノヴァーリスを交互に見る。

 ノヴァーリスはその視線に頬を赤らめると、ぎゅっと更にオウミの身体に身を寄せた。


「……なっ」


 これはシウンに取ってショックな出来事だった。


「あ、あはは、そういうのは後にしよう。今、そういう状況じゃないから!」

「え、えぇ!一先ずこの門から外へ……!」


 オウミの馬上からの台詞に我に返ると、シウンは西門を駆け抜ける。

 同時にレオニダスも馬車を動かした。


「おいおい、でもこっからどうする?!関所は封じられるだろうし……っ」

「心配ない!私たちが通って来た山道は、新しい地図には記載されていない旧い道のようで――……なっ?!」


 走りながら叫んだローレルの言葉にレーシーが丁寧に答える。だがそこで顔を見合わせた二人はお互いに驚愕した顔のまま、言葉を失っていた。


「二人とも、どうしたんですか?」


 レオニダスの御す馬車にテラコッタとアキトが飛び乗る。

 絶句したままのローレルとレーシーにシウンが振り向いて尋ねるが、二人とも目を見開いたまま暫く口をパクパクさせていた。


「き、貴様……何故、ノヴァーリス様と……!」

「いや違う!それは勘違いだ!!今はほら!それよりも抜け道を……うん!さぁ続けて!!」


 黒目を落ち着かない動きでキョロキョロさせながら、ローレルはレーシーに続きを促した。彼女は一瞬迷ったが、今の状況を考えて横に首を振り言葉を続ける。


「あの林を抜けた先に切り立った岩がある!その向こうに滝があるんだが、その裏に馬を隠してある!私の従者ジョエルには斬りかからないでくれ!あと馬車は悪いが林の中で捨てるぞ!」


 そう言ったレーシーに頷くと、シウンはもう一度ノヴァーリスを見た。

 それからズボンのポケットにつっこんだブローチを握ると、そっと息を吐いたのだった。


 西門では兵が続々と集まってきていた。

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