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【ミナヅキ】

 ミナヅキは兄であるオウミの事がずっと好きだった。

 その好意は、家族間での兄妹愛ではなく男女間の恋慕に違いなかった。


 成長するにつれ、オウミとの距離感が変わっていくことに耐えられなくなったミナヅキは、オウミと一番仲が良かった頃の年齢のまま生きることにする。

 それがオウミを独占するために必要なことだと思っていた。その為なら他人にどう思われようが良かったし、オウミ以外の人間は母や父を除き有象無象(うぞうむぞう)に過ぎなかった。


 ――なのに、何故なの?


 王の間で、ミナヅキは息を殺しながら群衆の中に紛れて一部始終を見ていた。


 ビブレイに衣服を全て脱げと命令された女が、その上半身を露にするかしないかの瀬戸際で、オウミが動いたことが信じられなかった。

 まともに話を聞いていなかったミナヅキだったが、そのオウミの行動が間違いであることは分かる。


 オウミの美しい刺繍が施されたマントが、彼から離れ女を優しく包み込んだ。


「……貴女の輝くような美しい肢体を、他の男に見られるのは我慢なりません。僕の心を嫉妬の炎で狂わすおつもりですか?」


 ――聞きたくない。見たくない。そんな言葉も!そんな表情も!


 愛しげに紡がれた言葉はどこか熱っぽく、そして女の頬を伝っていた涙を拭ったオウミの舌に、ミナヅキは癇癪(かんしゃく)を起こす。

 傍に居たウィンドミルの背中を殴り、インマキュラータの髪の毛を(むし)り取るように強く引っ張った。侍女が持っていた幾つものグラスも床に叩きつける。


 だが幾らそこで暴れようがオウミの視線はミナヅキの場所には向かなかった。

 優しく女をお姫様抱っこすると、ムッタローザとアナベルの名を呼んで、ウィローサとビブレイに笑った。

 彼が何を言ったのか、ミナヅキには理解できなかった。


 ――違うわ、お兄様、それは間違いよ……!

 そこに居るべきは私であって、そんな女じゃないの。

 どうして私を見る目は年々憐れなものを見るように同情的なのに、その女を見る目は蕩けるように甘いの?!


 オウミが女好きで日毎に夜の相手を変えていることも知っていた。だけど、それは自分を愛しているからだと、ミナヅキは信じて疑わなかった。


 その彼女の自信がその日全て崩れる。


 城を出ていったオウミは戻ってこない。きっと先刻の笑みが別れの挨拶だったのだろう、だが自分には一切振り向かなかったのは何故なのだ。とミナヅキは唇を震わした。

 そんな中、ビブレイのヒステリックな声が耳煩く響く。


 ――……ロサのノヴァーリス……


 ミナヅキとて一国の姫だ。

 だから知っている。

 ロサの青薔薇姫。

 国を滅ぼすと予言されたノヴァーリスのことは。


 ――許さない、許さないわ……

 私から大切な兄を奪おうとするなら、とミナヅキはドロドロとした黒い感情を溢れさせながら、オウミたちが消えた出入り口を睨み付けた。


 無言で立っているウィンドミルの背中に今度は蹴りをいれる。


「……ミナヅキ、落ち着くんだ」


 冷静な声がウィンドミルの口から聞こえても、ミナヅキの苛立ちは収まらなかった。


「役立たず!役立たず!!お兄様を早く連れ戻しなさいよ!!お兄様を返してよ!出来ないなら死ねっ!!」


 ――私だけのお兄様。私だけの王子様。


 周囲から異様な目で見られようとも、ミナヅキは止まらなかった。その言動と行動に拍車がかかる。


「お母様もお母様よ!!どうしてお兄様を行かせたのっ!お兄様がいないなら、私は部屋の窓から飛び降りるわ!生きていても楽しくないの、お兄様がいないと嫌なの!!」


 幼い子供のように駄々をこねた。

 手足を暴れさせ喚き散らす姿を見て、王の間にいた者たちが溜め息をつく。それぞれの目がミナヅキの狂気を感じ取ったのだろう。知っていた者は顔を伏せ、知らなかった者は彼女を凝視する。


「落ち着きなさい、ミナヅキ」


 ミナヅキの台詞に傷付いたかのように、眉根を寄せ眉尻を下げたビブレイが彼女を優しく抱き締めた。


「そんなのはいらないの。お母様が幾ら偽りの愛をくれたって何の腹の足しにもならないわ。私にはお兄様だけが必要なのよ!」


 ――だから殺すわ。

 ノヴァーリスを殺す。

 私からお兄様を奪った罪。

 オウミお兄様も殺す。

 私の愛を裏切った罪。


 ビブレイを冷たく突き放すと、ミナヅキは唇の端を無理矢理上にあげて笑った。ビブレイの眉間には皺が寄り、それでも愛しげに我が子を諭す言葉を探そうと必死になる。


「死ね」


だがミナヅキにその母の愛は届かない。


 ――死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……!


 ミナヅキを見るビブレイとウィンドミルの目が、悲しそうな色を揺らしていた。

 肩を震わせ一人笑っているミナヅキに掛ける言葉も思い付かない。


 呪うように頭の中で同じ台詞を吐き出すと、ミナヅキは狂ったように王の間の天井を仰いで、そこに描かれた天井画の天使たちに両手を上げ祈った。


 ――あの女を殺す役目は私にください。

 勿論オウミお兄様は私の物です。お兄様が違うと首を振るのなら、私の手で殺して見せますから。

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