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【オウミ】

「……珍しいですね。王妃の小間使いが騎士たちと話してるなんて」


 オウミは一度欠伸(あくび)をしてから、腕を胸の前で組み訝しげにそう言ったムッタローザの視線を追う。そこには王妃がずっと傍に置いているインマキュラータの姿があった。

 インマキュラータはヘコヘコと頭を下げ、美青年だというのに陰気で薄気味悪い笑みを浮かべている。

 早朝の中庭ではなかなか見かけない光景だなとオウミはもう一度大きく口を開いて腕を伸ばした。


「……オウミ様」


 その時アナベルが走ってやってきて、オウミに耳打ちする。

 その顔は真っ青でただ事じゃない気配がした。


「……え?こんな朝早くに王の間に集まれと?あの人が?」

「えぇ。しかも王もミナヅキ様も出席を」

「それは……インマキュラータの笑みより気持ち悪いな」


 伸ばしていた腕を閉じると、オウミはアナベルと顔を見合わせて引きつった笑みを浮かべた。







「王妃よ、一体どうしたと言うのだ?」


 オウミがムッタローザとアナベルを連れて王の間に辿り着いた時、ウィローサが眉根を寄せてビブレイに尋ねているところだった。

 王の間には先程中庭で見掛けた騎士たちがいて、またインマキュラータの姿もあった。彼は喉が乾いたのか、側にいた侍女に飲み物をもらっている。

 そしてすぐ傍にはビブレイの兄、ウィンドミルの姿もあった。


 ――一体何なんだ……?

 オウミは段々と嫌な予感が胸を過っていた。

 いつもの香りを身に纏ったビブレイが口を開き始めると、それは加速していく一方だ。


「……陛下、大事な同盟国、ロサで起こった事に私はずっと胸を痛めておりました。誘拐された王女のことを思うと胸が張り裂けそうな気持ちで……同じ娘を持つ母親としてとても辛かったのです」

「む、むぅ。そなたがそのように胸を痛めておったとは……」


 ビブレイの悲痛な声と表情にウィローサは眉間の皺を消し、久方ぶりに彼女を同情的な目で見つめる。


「……ですが昨夜、この城の王族だけしか知らぬ隠し部屋で……一人の少女を見付けました」


 ――……なんだと?

 ビブレイの言葉にオウミは思わず顔を上げた。

 途端、ウィローサに見えないようにしているビブレイの口角が吊り上がる。


「少女、とは……」

「これ、あの者を此処に」


 近くにいた騎士にビブレイが命令すると、扉を開け王の間に一人の少女を連れた騎士二人が入って来た。


「?!な、なんと……!」

「……っ?!」


 息を飲んだのはウィローサとオウミだった。

 ムッタローザとアナベルも瞠目したまま固まっている。

 その場にいた全員がその少女――ノヴァーリスに視線を注ぐ中、ウィンドミルの隣で眠そうに立っていたミナヅキだけは興味無さそうに目を擦っていた。


「まさかノヴァーリス王女なのか……?」


 震える声でウィローサは冷や汗をかく。

 それは彼に取ってあってはならないことだったからだ。


 ロサの同盟国でありながら、あの日――ノヴァーリスの十五歳の祝賀会で起こる惨事を前以てダリアのスパルタカスから聞いていたウィローサは仮病を使って協力した。

 グレフィンの王位簒奪(おういさんだつ)も、スパルタカスの介入も、全てを知っていた上だった。

 だからこそ、今彼らが血眼になって探しているノヴァーリスが、ここにいては有り得ないのだ。

 それではハイドランジアは危険に晒されてしまう。

 陰で同盟国(ロサ)を裏切り、ダリアに協力したというのに、このままではダリアを更に裏切ったことになってしまう。スパルタカスとの約定を(たが)えてしまうではないかと、みるみる内に顔色が悪くなった。


「陛下、彼女が王女だとすれば……もしやその者は誘拐に加担したものでは……」

「そ、そうか!我が王宮にロサの反逆者と内通していた者が……(いや)待て、先刻そなたは王族しか知らぬ隠し部屋で見付けたと言ったのでは……」

「えぇ、申しましたとも。ねぇ、お前たち。()()()()()()()()()のは()()()()()隠し部屋だった?」


 ウィローサの青い顔に気付かない振りをしながら、ビブレイは騎士たちに振り向く。

 水色のドレスを身に付けているノヴァーリスを連れていた騎士二人は、一瞬ピクリと眉を動かした後、夢を見ているかのような口調で彼女を見付けた時の状況を説明した。


「四階です、それも東側の……、ある筈のない扉が開いていたので中を見れば……」


 ――何を、言ってるんだ!そんなわけないだろう!!


 王族しか知らない隠し部屋の扉が開いていることも、其処にノヴァーリスがいたことも全部嘘だとオウミは握り拳を震わせる。


「……そんな馬鹿な、オウミ、お前……っ」


 ウィローサの言葉に、オウミは全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。

 父であるウィローサが息子を売る真似をする筈がないと断言したかったが、今の様子からは自らの保身に走るつもりのようにしか見えなかった。


 ――息子一人を反逆者の仲間扱いにし、己は関係ないと……そうするつもりですか。父上。


 ノヴァーリスが見付かった以上、ウィローサが取る手段を考えてからオウミは目頭が熱くなるのを感じた。

 そして今更反逆者の手から救い出しただけだと言っても遅いと、ビブレイを睨み付ける。その言い訳が出来ないタイミングを作ったのは、紛れもなく彼女だ。


 ――それにしても、何故騎士たちは嘘を……

 金か?女か?と考えてから、中庭でインマキュラータが騎士たちと話していた珍しい光景を思い出す。

 また前に一度アナベルが王妃の秘密を知ったかもしれないと口に出した事があったが、次の日にインマキュラータと擦れ違った後で彼はその事自体を忘れていたことがあった。


「……インマキュラータ、お前……」

「ひっ!」


 ――お前の仕業なのか。お前は魔法使い、なのか。

 睨み付けたところで状況は変わらない。

 怯えたようにウィンドミルの背に隠れるインマキュラータにオウミは長い息を吐き出した。


「オウミよ、答えろ……。お前の部屋の横にある隠し部屋で何故ノヴァーリス王女がいたのだ」


 ウィローサのその言葉にオウミは鼻で笑ってしまう。

 情けなくて涙が出そうになるのを我慢しながら、何かを口にしようとした時だった。


「陛下、畏れ多くも発言の許可を頂けますか?」

「む?それは勿論構わないが……」


 声を上げたのはノヴァーリスだ。

 ウィローサもこれには驚いたように彼女を見る。ビブレイも目を細めてノヴァーリスへと視線を動かした。


「……先程から私を、皆様……ノヴァーリスと呼ばれますが、私はそのような名前ではございません」

「な、何?!だが私は王女を知っておる、そなたは確かに――」

「いいえ、私は……アイダと申します。そしてただの娼婦でございます」


 ――まさか……!

 オウミは目を見開いてノヴァーリスを見つめる。

 一挙一動、幼き頃より叩き込まれただろう完璧な礼法をこなしている。そんな娼婦は存在しない。それなのに彼女は自分を助けるために嘘をついているのだ。すぐに理解して、そしてオウミはどうすることもできない歯痒さに身を震わす。


「嘘を申すな、そのドレスは娼婦が買えるような物ではないぞ」

「こちらは全てオウミ様が一晩夜伽(よとぎ)をする代わりにと、私に買い与えてくださった物です。こっそりと城から抜け出さなくてはならなかったのに、全ては私が鈍間(のろま)だったからですわ」


 ノヴァーリスの台詞にウィローサは段々と何も言えなくなっていた。例え本物だったとしても、娼婦だということにすれば事なきを得るのではないかと、そんな考えがウィローサに浮かんだのだ。騙された振りをすれば、息子を罪人にすることもないし、何も心配事がなくなると安堵の色さえ見え始めた。


「お黙りなさい!!」


 突然怒鳴ったのはビブレイだった。

 目尻を吊り上げ、彼女はノヴァーリスの頬を勢いよく平手打ちした。

 物凄い音が響き、思わずノヴァーリスの体はその場に膝をつく。


「たかが娼婦が……私に恥をかかせるなんて!!」


 赤くなった頬に手を添えながら、ノヴァーリスはビブレイを睨み返した。

 またそれが彼女の逆鱗(げきりん)に触れる。


「本当に娼婦と言うのならば、ここで今すぐ衣服を全て脱いで見せなさい!!ここにいる者たちに裸体を晒し、次にお前を高く買って貰えるよう売り込む機会を与えてあげるわ!」


 ――何を言っているんだ。そんなこと彼女ができるわけないじゃないか!

 オウミの脳裏に、自分が経営する娼館へと案内した時の事が(よみが)った。

 下衆な男たちの視線や野次を受けて、真っ赤になって下に俯いていた彼女は、明らかに生娘だ。


「……えぇ、わかりました」


 ――震えている。

 気丈に微笑んだノヴァーリスの声が微かに震えていた。

 それはオウミだけではなく、ムッタローザやアナベルにもわかる震えだった。


 (おもむろ)にドレスに手を掛けると、絹の擦れる音を出しながら彼女は衣服を脱いでいく。

 躊躇うこともせず、周囲の男たちの好奇の視線を受けながら、遂にノヴァーリスは下着に指を触れた。

 これを脱げば生まれたままの姿になる、と流石に彼女の瞳が潤む。

 既に露出した白い肌は透き通るように美しく、腰のくびれも、十分すぎる胸の膨らみも、男たちの視線を奪っていた。

 胸を隠すための布がゆっくりと剥がれ落ちる瞬間、其処に居た何人かが生唾を飲み込む。


 下着が床に落ちた刹那――


「……貴女の輝くような美しい肢体を、他の男に見られるのは我慢なりません。僕の心を嫉妬の炎で狂わすおつもりですか?」


 オウミの羽織っていたマントがそっとノヴァーリスを包んでいた。

 驚いたように顔を上げたノヴァーリスの目からポロッと大粒の涙が零れ落ちる。


 ――あぁ、やはり無理をして……っ


 ぎゅうっと胸を締め付けられるような感覚に、オウミはその涙を拭うようにノヴァーリスの頬に舌を這わせた。

 それからノヴァーリスをお姫様抱っこの形で抱き上げる。


「ムッタローザ、アナベル!」

「は、はいっ」

「えぇ!ちゃんと付いていきますとも」


 オウミに名前を呼ばれ、戸惑うムッタローザと笑顔のアナベルは対照的な反応だったが、素直に彼に従い前に出た。


「では陛下、王妃様。貴方たちのお望み通り、僕は城を出るとしましょう。どうぞ汚名は全て僕に被せてくださいね」


 軽い口調で笑うと、オウミはウィンクを投げる。

 呆然とする者たちの間をすり抜け、王の間から颯爽と去った。


「と、捕らえなさい!!」


 我に返ったビブレイが叫んだ時には既に遅く、オウミたちは城から脱出していたのだった。

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