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【ノヴァーリス】

「はぁ?追放された理由が死体を勝手に解剖したから?おいおい、そいつヤバイやつじゃん!」


 ローレルが御者をしているレオニダスの隣で声を上げると、馬車の中でノヴァーリスの表情が不安の色でいっぱいになった。


「馬鹿っ!アイツは腕のいい医者なんだよ!ただ、ちょっと……医術の為に暴走することが多いだけだ……」

「いやそれが滅茶苦茶不安!!」


 レオニダスの言葉尻が消え入るように小さくなる様子を見て、ローレルはさらにつっこむ。

 朝にハイドランジアの王都を出たというのに、もう太陽は真上に昇っていた。

 暫く何もない草原を進んでいた馬車だったが、やがて小さな村の囲いが見えてくる。


「はー……流石にお腹空きましたね」

「そうですね。村についたら食事にしましょう。食材は王都で買いましたから」


 アキトが瞼を擦りながら外を見れば、シウンも頷いた。


「待て」


 レオニダスの声がいつもより低くなる。

 村の様子がおかしいことに気付いたのだ。


「……あいつらは」


 思わずローレルは呟いた。

 村の中心にある小さな広場に村人が集められている。

 震えながら肩を寄せあっている村人の前に紅い装束を着た男たちが数人いた。

 ノヴァーリスがレオニダスの肩越しにそれを見ようと身を乗り出した瞬間――


「姫さんっ!」


 ヒュンッという風の音。

 前にいたローレルが慌ててノヴァーリスに覆い被さる。


「ぐっ!」


 ドスッと馬車の内側に矢が突き刺さった。

 その矢はどうやらローレルの左肩を掠めたらしい。裂かれた布地の下がじわりと赤くなっていた。


「ローレル、血がっ」

「だ、大丈夫だ!これぐらいどうってことないから!それより、アイツらは紅の針葉樹(レッド・コニファー)だ!山賊だぞ!」


 心配そうなノヴァーリスの声と視線に少し動揺しながらもローレルは叫んだ。

 同時に矢を放ったと思われる男の荒々しい雄叫びのような声が村中に響く。


「煩い猿だなぁ……で、山賊でしたっけ?あー……じゃあ手加減なしでいいですかね?」

「アキトくん、ノヴァーリスがいるからね。あんまり派手にやらないように」


 ガシャンッとアキトが自身の両手に手甲から指先にかけて重そうな灰色の鉤爪(かぎつめ)を取り付ける。

 ノヴァーリスは初めて見る武器に瞬きを繰り返した。そもそもいつも眠そうなアキトが戦っている姿など想像できなかった。

 だがレオニダスの口調から相当手練れらしい。

 これにはシウンやローレルも驚いた顔をしていたが、何も言わずに飛び出して行ったアキトに我に返る。


「ローレル!貴方も、いつまでもノヴァーリス様にくっついてないで行きますよっ!」

「どわっ?!」


 ノヴァーリスから強引に首根っこを掴まれて引き離されたローレルはシウンと同時に馬車の外に出た。


「……あーもう面倒なんですけど」


 ガシャカシャッと金属音の後に肉を切り裂く音がずっと続いていく。一見気だるそうなアキトの動きは遅そうに見えたが、まるで幽霊の如く山賊たちの攻撃を(かわ)していた。


「本当にアイツ強いじゃん……っと!!」


 ローレルは馬車から転がり落ちた自身に向けて矢が放たれた事に気付き、その場を転がって避ける。その後地面に刺さった矢を見てから走った。

 ローレルは村の右の屋根の射手(しゃしゅ)に狙いを定める。彼は上から攻撃され続けるのも邪魔だと判断したのだ。


「では俺は貴方たちですね」

「な、に?!」


 ニコリッと笑ったシウンは村の広場にいた図体のでかい男の背後に回っていた。

 村人を人質に取っていた彼らは、突然の来訪者たちがあまりにも強かった為、人質を使う余裕もなかったらしい。思考がそれに辿り付いたときには、シウンに背後から斬られていた。

 シウンも派手に暴れているアキトや上からの目を潰し回っていたローレルのお陰で気付かれずに背後に回れたのだ。


「ず、ずっりー!!コイツ、背後からいきなり斬ったぞ!卑怯じゃん!」

「村の人たちに犠牲が出る前に殺したと言ってください」


 ローレルが文句を垂れるがシウンは何処吹く風で微笑む。


「あんたら、大丈夫だったか?」


 馬車から降りたレオニダスとノヴァーリスが近付くと、何度も頭を下げてお礼を言っていた村人たちの一人が目を見開いた。


「お?おー!レオニー!!」

「アルベリック!!」


 レオニダスと彼がアルベリックと呼んだヒョロッとした男が肩を叩き合う。

 ノヴァーリスは自分の父親以外でレオニダスを愛称のレオニーと呼ぶ人を初めて見た。その為アルベリックのことを眩しそうに目を細めて見る。あの優しい穏やかなアシュラムの笑顔を思い出して、ほんの油断で涙腺が緩んでしまうからだ。


「使い鴉で大体は状況把握できてる。家で話そう」

「あぁ。しかしなんで山賊に……」

「アイツらは紅い針葉樹(レッド・コニファー)と言って、ハイドランジアやロサの一部では有名な山賊だ。長年取引してた黒の月桂樹(ブラック・ローリエ)が壊滅したらしくてな。取引の損害分、村を襲うことで補おうとしてんだろ。……あ、言っとくが先刻ので全員じゃねぇぞ。どっかの山にアジトがあるっつーまではわかってんだけどな」


 レオニダスとアルベリックの会話に後ろを歩いていたローレルが噎せた。それを不思議そうに見つめながら、ノヴァーリスは首を傾げる。


「ここが俺の家」


 村の中を少し歩くと、煉瓦造りの変わった建物の前でアルベリックは振り返った。村の他の家は村長らしき人物の家ですら木材だったが、アルベリックの家だけは違う。


「死体を保管してるからなぁー。異臭が漏れるんだよな。木だと」

「……いやたぶんこれ煉瓦でも手遅れじゃね?」


 銀色の縁の眼鏡を中指で押し上げてニヤリと笑ったアルベリックにローレルがぽそりと呟いた。

 ノヴァーリスも確かにアルベリックの家の周囲だけ空気感が違うことに気付く。横を見ればシウンもほんの少し眉間に皺を寄せていた。


「あー……そんなことより眠いんで……」

「わっ!アキトくん、普段より体力消費したからと言って立ったまま寝ないの!……アルベリック、俺は馬車を家の横にまで移動させるから、この子頼む!」

「お、おう。って重っ!!」


 全体重を掛けられるとは思わなかったのか、アルベリックがアキトにもたれ掛かられて悲鳴をあげる。だがシウンもローレルも手を貸そうとはしなかった。


「……、……」

「……手伝う?」


 その時、家の中から純白のドレスの上に十字の描かれたエプロンをつけている女性と、白の燕尾服を着ている少年がこっそり顔を覗かせる。

 二人とも若葉色の綺麗な瞳をしていたが、女性の方は水色の髪を一つに束ねてアップにして、ドレスと同じようにフリルのついた帽子の下に納めていた。

 少年の方は薄桃色で少し天然パーマなのか、くるくるとした柔らかそうな髪だった。


「親子……じゃないですよね?」


 ノヴァーリスが考えていたことをシウンが口に出して尋ねると、白髪混じりの栗色の髪を揺らしてアルベリックは大笑いする。


「はははっ!俺が生きてる人間の女に恋をするわけないだろう。コイツらは南の蛮族に襲われた町の子供でな。二人は兄妹だが、妹は死んだんだ。で、脳と腕と足と瞳だけ俺が作ってた人形に移植したのさ」

「……は?」


 ローレルが間抜けな音を出したが、シウンもノヴァーリスも寝惚けていたアキトもアルベリックの台詞に頭の中が一度真っ白になった。

 馬車を移動させてきたレオニダスですら、口をポカーンと開けたまま、白いドレスの女性を見る。


「だからー、コイツは人形なんだって。ほら喋らねぇし――」

「エクレールは人形じゃない!俺の妹だ!」


 アルベリックが人形と言った女性の胸元を乱暴に叩くと、その手を少年が物凄い形相で叩き払った。


「痛ぇな!……ったく、わかったっての!コイツが妹のエクレール。生前から回復魔法が使えたが、見事復活した今も使える。手術した俺にも原理はわからん!……で、こっちの生意気な坊ちゃんがジェイドな。コイツには衣食住を提供してやってる代わりに俺の医術を全て叩き込んでる」


 二人のやり取りから、アルベリックの言うことは真実なのだろうと妙な説得力があった。(にわか)には信じがたい事だったが、エクレールは人形で、そして確かに意思を持って動いているのだと。

 その証拠にエクレールは不意にローレルを見ると、彼の傍までやって来て肩の矢傷に手を当てると見事に傷を塞いだのだ。


「……山賊に見つからなかったのね?」


 ノヴァーリスは手当てをしている様を睨み付けるように見ているジェイドに近付くと、できる限り優しい声音で語りかける。


「…………死体の中に紛れたから」


 ――歳は私より大分下なのかな?

 自身の身長とジェイドの身長を比べて、そんなことを思っているノヴァーリスの考えが分かったのか、ジェイドはノヴァーリスの髪をぐいっと強く引っ張った。


「お前、俺を子供だと思っているだろう?身長は平均より……ほ、ほんの僅か低いだけだからなっ。俺は十四だぞ!」

「そ、そうだったの?ごめんなさい、でも私より一つ下だわ」


 髪を引っ張られたせいで少し屈むことになったノヴァーリスは目の前のジェイドに向かって微笑む。それは髪を引っ張られたことに対しての抵抗だったのだが、ジェイドは目を大きく見開いた後、プイッとそっぽを向いた。

 ほんの少し頬に朱色が入ったような気がして、ノヴァーリスはクスリと小さく笑う。


「ノヴァーリス様、大丈夫ですか?」

「ふふ、大丈夫よ」


 シウンに髪の毛は一本も抜けてないということをアピールすると、彼はそうじゃないと言わんばかりに溜め息を吐き出した。


「よし、まぁ取り合えず、中に入れ」


 村を救ってくれた者達への関心は高いらしく、村人たちの視線を感じてアルベリックは家の中に入ることを促す。

 ノヴァーリス達も大人しくそれに従うのだった。



 家の中は入るなと言われた扉以外は普通だった。

 そこら中に死体が転がっていたりしたらどうしようかと怯えていたノヴァーリスはホッと息を吐く。


 それから軽く自己紹介をした。

 アルベリックはノヴァーリスが幼子だった頃に会っているらしく、アシュラムのことを残念だと悔やんでくれた。ルドゥーテの事は医学の発展を分かっていない分からず屋だと口にしたが、アシュラムの事は本当に人間的に好きだったらしい。


 暫くして居間のソファーにアキトが横になると、アルベリックはレオニダスに真剣な表情を向けた。


「……死神男爵の元には行かなかったんだな」

「ジロードゥランか?何故だ?」


 親しくもない男の名前を出されて、レオニダスは眉根を寄せる。


「知らないのか?ヤツがノヴァーリス姫の誘拐に関わったとされる侍女を匿ってるって話だぜ?」


 その言葉にノヴァーリスとシウンの顔色が変わった。


「アルベリックさん、その侍女って……?」

「あ?いや、名前までは知らねぇよ。悪いな、ノヴァーリス様。ただ噂じゃ変わった緑の髪と珍しい瞳をしてたんだと」


 首を振ったアルベリックの言葉に二人は顔を見合わせて「テラコッタ!」と手を打った。


「テラコッタが生きていたんだわ!」

「彼女が生きていたなら、アシュラム様の無実の証明と、あの日起こった事の全てを暴露できるかもしれません!」


 レオニダスが判らないといった表情を向けると、シウンはそのまま続ける。


「テラコッタは只の侍女ではありません。彼女は見たものを映像として、聞いたものを音声として記録することが出来、さらに好きなときにそれを再生できる魔法使いなんです」

「はぁ?!なんだよそれ!」


 ローレルもノヴァーリスとシウンにつられたのか、声のトーンが上がっていた。レオニダスも少し希望が見えたのか表情が明るくなっている。

 だが唯一人、アルベリックの表情だけは冴えなかった。


「……喜んでいるところ悪いが、今朝使い鴉からの情報では……死神男爵の領地に軍が向かったらしい。それもレオニー、お前の領地を燃やし尽くしたギネの野郎だよ」

「……な、んだと?」


 レオニダスの掠れた声に、ソファーで寝ていたアキトが上半身を起こす。

 怒りのような悲しみのような憎しみのような……そんな色が全部混ざりあった色をした目で、レオニダスはアルベリックを見つめた。


彼処(あそこ)は領民(ぜろ)だぞ?一軍なんか向かわせてどうすんだ……、そんな、ジロードゥランは……」

「死神男爵の名も終わりだろうな。耐えられる筈がない」


 アルベリックの言葉に肩を落としたのはレオニダスだけではなかった。


「そんな、テラコッタ……!」


 ノヴァーリスもへたりと力が抜けたように膝から崩れ落ちるのだった。

いつもお読みくださりありがとうございます!

素敵な挿絵がまた増えておりますので、たまに目次に戻って確認してみてくださいね!

もし面白いと思って頂けましたら、感想や評価などもお待ちしております!

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