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【ビブレイ】

 その部屋の熱気と湿気は異様なほどで、充満する麝香(じゃこう)の香りと重なり、息苦しく頭がおかしくなってしまいそうだった。


「……はぁ……」


 天蓋ベッドの上で男女は生まれたままの姿で座っている。絡め合った指と脚、そして乱れた呼吸と二人の濡れた肌から先刻まで何がそこで行われていたかは想像がついた。


「……ウィンドミル」


 シーツをまるでドレスのように身に纏いながら、ビブレイは愛しそうにウィンドミルの胸元に手を伸ばす。黒に塗られた爪でつぅーっと円を描いた。


「あぁ、ウィンドミル……」


 もう一度愛しそうにビブレイが名を呼ぶと、彼女の実の兄であるウィンドミルは彼女のプックリとした赤い実のような唇に自身の唇を重ねる。

 当たり前のように口内で絡められる舌は、お互いの唾液の味を確かめ合うように深く長かった。


「……もう着替えなくては」

「どうして?」

「またミナヅキが来たらどうする?」

「あの子は朝が苦手よ」


 目を細め艶やかに笑うビブレイにウィンドミルは小さく息を吐き出してから衣服に手を伸ばした。


「また協会(カーネーション)から魔法使いが来るかもしれないだろう」

「来ても大丈夫よ。私たちにはインマキュラータがいるもの。そうでしょう?」


 ビブレイがベッドの上から視線を動かすと、そこには一人の男がいた。二人の交わりを全てそこで見せられていたらしい男――インマキュラータは額に汗を浮かべながら陰茎を勃起させていた。


「ふふ、可愛い……。いいわ、次はお前に抱かせてあげる」

「う、ウィンドミル様は……」

「…………好きにしろ」


 ウィンドミルのその顔は言葉とは裏腹に、不愉快極まりないと言った表情だった。

 彼は心よりビブレイを愛していた。何でも望みを叶えてやろうと心に誓うほど愛していた。だから彼女が望むのならば、ウィンドミルはそれが腸が煮えくり返るほどの嫉妬に駆られるものであっても、感情を圧し殺して頷くしかなかった。


「その代わり、しっかりするのよ。お前の力で協会の魔法使い共を黙らせて」


 そしてビブレイもウィンドミルをこの世の誰よりも愛していた。彼が嫉妬の炎で身を焦がすのを見るのが、どれほど彼女に充足感を与えるものだっただろう。

 それだけでビブレイの身体は悦び、どんなつまらない男の愛撫ですら感じてしまうのだ。


「は、はいっ!今まで通り、これからも……貴女様の為にっ」


 インマキュラータは醜男ではなかった。

 どちらかと言うと、中性的な美青年である。薄い金髪に青い瞳の、線の細い色白の美男子だ。

 そして彼は魔法使いだった。二十年前からずっと、たった八歳の頃からビブレイだけに飼われている魔法使いなのだ。


「……あ、来ました」


 折角ビブレイのしっとりとした柔肌に触れようとしたところで邪魔をされ、インマキュラータは憎々しげに窓を見る。

 そこには小さな蝶が何匹も窓の外に飾ってある花に群がっていた。

 その蝶の内の一つを捕まえると、インマキュラータは白目を剥く。それは彼の魔法が発動された時の印だった。


『お前たちは何も見てない。王妃ビブレイの部屋では何もなかった。いつも通り王妃は部屋で朝食を召し上がられていただけだ』


 蝶を操って情報収集をしていた協会の魔法使いに、インマキュラータは蝶を通じて記憶操作を行った。

 彼は人の頭の中に入り込み、記憶を()り替える事が出来る魔法使いなのだ。また彼は魔力量が高く、他の魔法使いの気配を敏感に察知出来た。


「……ふふ、いい子ね」


 インマキュラータを後ろから抱き締めると、ビブレイは妖艶に微笑む。彼女の柔らかで豊満な胸の感触にインマキュラータは喜びで震えた。


 この二十年間、ビブレイの秘密はこのインマキュラータのお陰で協会に伝わることはなかった。勿論、王宮内の誰にも露呈していない。

 何故なら怪しまれることがあっても、インマキュラータが記憶操作を行えば、疑い自体が綺麗に消えてしまうからだ。


「……あの女が妊娠なんてするからよ」


 ビブレイはインマキュラータに軽くキスをしてから、ポツリと独り言を漏らす。

 二十年前、鼠のような顔付きに(なまず)のような髭を生やしたウィローサが嬉しそうに側室が懐妊したことを伝えてきた日、ビブレイはどれほど情けなかっただろうか。どれほど悔しくて堪らなかっただろうか。

 そして自身の正室と言う立場と身を案じたことだろうか。

 一度子を生んだ側室――リベラバイスを亡き者にしようと画策したが、その計画は失敗に終わった。毒の量が少なすぎて殺せなかったのだ。

 ただリベラバイスを盲目にすることが出来たので、ビブレイは満足だった。


 だが問題は、いくら我慢してあの醜い男に抱かれようが、一向に妊娠の兆しがなかったことだ。

 それもその筈だ。ウィローサの子種は側室の懐妊が奇跡と呼べるほど少なく弱かったのだ。


 二十年前のあの日、ビブレイは焦った。

 そして元々恋人であった兄ウィンドミルに泣き付いたのだ。

 家の為に身を引いていたウィンドミルの心に再び愛の炎は灯ってしまった。ビブレイも失った愛が戻ってきた喜びに身を震わせ、二人は久し振りに熱い一夜を過ごしたのだ。


「……ミナヅキの出生の秘密を決して他の者に知られてはいけない」


 ――彼女の濃い紫色の髪と瞳は、私たちの血筋が濃いことを示している。


「邪魔なウィローサとオウミを殺し、私たちが権力を掌握するまで……絶対にバレて堪るものか」


 ビブレイは息をつくと、くしゃくしゃとインマキュラータを見上げながら彼の髪を撫でた。


 ――たった一つ気掛かりなのは、ミナヅキがオウミを愛してしまっていることね。


 ミナヅキは十九歳になっていたが、その幼い言動と性格は到底他の家へ嫁に出せるものではなかった。

 そして彼女が兄だと信じているオウミを本気で愛していることも頭が痛いところだ。

 ビブレイは目を閉じると、どうしたらいいものかと思案する。


 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「……誰?」

「……我らが王妃よ、ご報告が」

「あぁ、私の可愛い()ね」


 扉の向こう側から聞こえた低い声にビブレイは口角をあげる。インマキュラータを押し退けると、ビブレイは裸のまま扉の前に立った。


「これを」


 扉の向こうで短く言葉を発すると、その者は扉の下の隙間から部屋の中へと一枚の紙を渡してくる。

 ビブレイは紙を拾い上げると、二つ折りにされたそれを広げ中身を確認した。


「……ふふ、そう」


 すぐにそれを蝋燭の火で燃やすと、ビブレイは愉しげに笑った。その笑みは妖艶でいて、どこか禍禍しい雰囲気を醸し出していた。


「オウミがロサの王女を匿っていたとは。……ここから南だと、ウツギの村ね……ここはダリアの王に恩を売るところかしら?」


 ――それともオウミを脅す?いえ違うわね。ロサの簒奪者(さんだつしゃ)とダリアの冷血漢に恩を売ると同時にオウミを失脚させないと……


 ビブレイはクスクスと肩を震わせると、自身の赤い唇をペロリと舐めた。

 その仕草の艶っぽさは、インマキュラータが生唾を飲み込む程だった。


 その一輪の花は、まさにハイドランジアを(むしば)む猛毒に違いない。

読んでくださったいる方々、心よりの感謝を込めてありがとうございます!

これにて第三章は終わりですー。

次からは四章に入ります。

四章からはもっと様々な動きが出て物語も慌ただしくなり、戦闘シーンなど増える予定です。

このまま読み続けて頂ければ嬉しいです!


また本日投稿が遅れましたことここで謝罪いたします。


もし感想などございましたら、私の糧になりますので、どうかよろしくお願いします!

※今回の話、表現をオブラートに包んだのと、第一章に挿絵が増えました。目次を見ていただけますと、挿絵がある話は★がついておりますので、また見ていただけますと幸いですー。

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