【レオニダス2】
レオニダスは二日酔いで頭痛が酷かった。
ズキズキと痛む山根と蟀谷を指で交互に押さえる。
「あー……」
「死人が生き返ったみたいな声出して。レオニダス様、下戸の上、酔っぱらったら人に絡むんですから、あれほど飲むなって言ってるでしょう」
「あー……アキトくんの声が頭に響く……勘弁してぇ」
「俺だって説教面倒ですよ」
本当に自身の台詞の長さに辟易したらしいアキトはそれ以上何も言わずに、呻いてソファーに仰向けに寝転がっているレオニダスの手に水が入ったコップを握らせた。
レオニダスは上体を少しだけ起こすと、その水を一気に飲み干す。そしてまたぐったりと天井を仰いだ。
「レオニダス叔父様、大丈夫?」
ノヴァーリスの声にひらひらとレオニダスは手を振る。
そんなやり取りをしていると、乱暴に部屋の扉が開いた。
娼館の外に出ていたローレルである。
「どうしたんです?そんなに真っ青な顔して……」
旅支度を整えていたシウンが眉間に皺を寄せると、ローレルはソファーに倒れ込んでいるレオニダスの前まで歩を進めた。
「おいオッサン!あんたんとこの領地が大変なんだ!」
「誰がオッサンだっ!いや、は?俺の領地がなんだって?」
レオニダスが勢いよく起き上がると、ローレルは黒目をギョロっと動かしてノヴァーリスを一度見てから、またレオニダスの顔を見つめた。
この様子にアキトも怪訝な顔をしている。
「オッサンの領地は全て燃やされたんだと。村も町も……建物だけじゃなくて、人も全部」
「……それ、本当?」
瞠目したまま無言のレオニダスの代わりに、アキトがローレルの胸倉を掴んだ。
「あぁ本当だ!領民皆殺されたんだよ!オッサンを庇った罪だとよ!!」
「そんな……!」
ノヴァーリスが絨毯の上に座り込む。
彼女の中で呪いの言葉のように占い師の予言が反芻していた。
それに気付いたシウンは「違いますよ、貴女のせいじゃない」と耳元で囁きながら、ノヴァーリスの小さな肩を抱き締める。
「……甘かった……っ」
頭痛が止んだ代わりにレオニダスは心を痛めていた。
ポツリと漏らした言葉を皮切りに、彼の中の何かが弾け飛ぶ。
「俺さえ居なくなれば、あいつらは無事だと思っていた俺が甘かったんだ……!」
――逃がせば良かった。他の領地に行けと言えば良かった。最後までこんな俺を信じたあいつらを俺が殺したのか。
「俺が殺したのも同然じゃないか!!クソ、クソ、クソォッ!!……っ、関係なかった、のにっ」
レオニダスの中に黒い感情が渦巻いていく。
歯を食い縛り、握り締めた拳はブルブルと震えていた。
「レオニダス様……」
アキトはローレルから手を離すと、レオニダスの背に手を伸ばす。だがすぐにそれを引っ込めた。
自身への不甲斐なさに切歯扼腕しているレオニダスに誰も声をかけられなかった。
暫く長い沈黙が続いたが、それを破ったのはノヴァーリスだった。
「レオニダス叔父様、皆。行きましょう!私、今は何もできないし、身を隠して逃げることしか出来ないけど……でも、前に進みたいの。何としてもお父様と叔父様の罪を晴らして堂々とお母様を助け出すわ。そして国を取り戻すの。そうしたら、叔父様の領民の皆も救われるでしょう……?」
「ノヴァーリス……」
真っ直ぐなノヴァーリスの瞳にレオニダスは少しだけ表情を和らげた。それからポンポンッと彼女の頭を撫でる。
彼女の瞳の奥に揺れているのは、確かに不安だった。きっとノヴァーリスも先刻のレオニダスと同じように自分自身を責めているに違いない。だが気丈に振る舞っているのは、ノヴァーリスがレオニダスを元気付けようとしているからだ。
レオニダスにはそれが嬉しかった。
「そうだねー。ハイドランジアは協力するよ。と言いたい所だけど、それは流石にまだ無理かな」
驚いた顔で全員が顔をあげ、出入り口の扉を見た。いつの間にか、オウミがムッタローザとアナベルと共に部屋の中にいたのだ。シウンは彼の気配に気づいていたらしく小さく息を吐いている。
「ノヴァーリス。レオニダス候。ハイドランジア、第一王子オウミはいつでも君たちに協力するよ。今後何かあったのなら、いつでも僕を頼って」
片目を閉じてウィンクしたオウミにローレルが舌打ちした。
そのローレルを横目に苦笑しながら、レオニダスはオウミの前に立った。
「ありがとう。俺たちは今からここの南に下ったとこにある村に住む知人を訪ねるつもりだ。もし何かロサやダリアに動きがあったら、使い鴉でも飛ばして知らせてくれないか」
「わかった、それぐらいならお安いご用さ」
レオニダスが頭を下げると、オウミは笑顔のまま頷く。
「オウミ、ありがとう」
「いやいや気にしないで?それに同じ青の花の魂らしいし」
「え?」
ノヴァーリスが首を傾げると、オウミは口角を上げて目を細めた。それから「僕も青の紫陽花なんだよ」とノヴァーリスの耳元で囁く。
「青の紫陽花……」
「そ。君は青の薔薇でしょう?……って言っても、ハイドランジアでは青は普通なんだ。僕たちの紋章である紫陽花は花の色を変えるからね」
だから、とオウミは続ける。
「国によって意味の変わる色なら、きっと破滅の色ってのも簡単に変えられるんじゃないかな?」
ノヴァーリスは口を開けたままオウミをまじまじと見つめた。
不吉な姫だと陰で言われ続けてきたノヴァーリスにとって、オウミの考え方は新鮮だったのだ。
「オウミ様、ありがとうございます。貴方のことは個人的に嫌いですが、それでも感謝しています」
「え、ちょっと待って。これお礼言われてるの?それとも悪口言われてるの?」
オウミとシウンの笑顔はお互いに張り付いたようなものだったが、短く握手をする。
ローレルとアキトも軽くオウミに頭を下げた。
「レオニダス様、お気を付けて」
「あぁ、アナベルさんも気を付けて……」
レオニダスは最後にアナベルと握手したが、名残惜しそうにその手を離した。
その様子を見てオウミとムッタローザは頭が痛くなり、シウンとアキトは笑いを堪えるので精一杯だった。