【アキト】☆
アキトは夢を見ていた。
柔らかい羽毛布団に包まれて空を飛ぶ夢だ。
眼下に望む草原で、裸のレオニダスが羊の上で躍り狂っていた。
「ふふ……」
「ん……!」
「……え?なに……?」
意味不明すぎて笑えるなぁ……と夢で考えた瞬間、アキトの耳に甘い声が聞こえた。
どこかで聞き覚えがある声だ、と意識した時、重い瞼がうっすらと上がる。
――あれ?これマシュマロかな……
ふにゅんとした感触が手にあって、アキトは無意識のままそれを揉むように触った。
「んんっ!」
また聞こえた甘ったるい声に、段々と意識が覚醒してきた。
アキトは視界に入った蜂蜜色の髪と白い肌にハッと目を見開く。
――ノヴァーリス様じゃないか!
辺りを見回せば、ここはオウミが経営しているという娼館の一室だというのを思い出した。
そして何故かノヴァーリスがアキトの眠っていたベッドで隣に寝ていたのだ。
「……レオニダス様たちがこんなことを許すはずが……」
ない、と言い切りたかったが、レオニダスを代表にシウンもローレルも部屋の中にはいなかった。
「……おかしいなー……?」
シーツの上で寝た状態のまま首を傾げると、アキトは鼻先にあったノヴァーリスの首もとに顔を埋める。
すんすんっと匂いを嗅げば、普通に石鹸と薔薇の香りが漂ってきた。
――あぁ、ノヴァーリス様、湯浴みされたのか。
そんなことをボーッと思いながら、そこでやっと自身の手がノヴァーリスの形の良い胸を左右ともフニフニと揉んでいることに気付いた。
指を動かす度にぴくんっとベッドの中で身体を跳ねさすノヴァーリスにアキトは完全に目が覚めた。
「…………なんだこれ」
思わず低い声が出る。
アキトはどうしたらいいものかと思案した後、一先ずノヴァーリスの耳朶を甘噛みした。
「ひゃ……んん、くすぐった……っ!」
眠っていたノヴァーリスは夢の中で犬とでも戯れているのか、擽ったそうに身を捩らせると、クスクスと笑っている。
――えぇー……?これで起きないとかこの人どれだけ無防備なんだろ。
アキトはノヴァーリスの胸を包んでいる自身の手を離すことはしないまま、うーんと短く唸った。眠るのが人生一番の楽しみとはいえ、アキトも十八歳という年齢の立派な男子である。
「……まぁいいか」
「いや良いわけないでしょう。何普通にまた眠ろうとしてるんですか」
「足音も立てずに近付いてきて、人のほっぺた抓るのやめへにょ」
いつの間に背後にいたのか、シウンが凄みのある笑顔を浮かべてアキトの頬を抓っていた。その抓る力がぐぐぐっと強まり、アキトの口が横長に変形したため、言葉尻がおかしくなった。
「しょんなひょとしゅるほ、もっと揉んじゃうへど」
「ん、んんぅ」
無表情で続けたアキトの言葉の後に、ノヴァーリスの口からまた甘い声が漏れる。薄いシーツの下でアキトの手がワサワサと動いていた。
シウンは凍った表情のまま、アキトの頬から手を離すと直後に彼の真横にザンッとナイフを突き刺した。
柔らかいベッドの中に銀色の刀身は深く沈み、目に見えるのはその鍔と柄だけであった。
――おぉ、恐ぇ。ノヴァーリス様に関してはマジで冗談が通じないなこの人。
アキトはパッと手を離すと、身体を転がしベッドから下りる。
「……ところでレオニダス様はどちらで?後、そんなに怒るならどうしてノヴァーリス様を俺の隣に?」
基本的に話すのも億劫であるアキトは長い自身の質問にうんざりした。
「レオニダス様は隣の部屋のソファで眠ってます。ノヴァーリス様は少々身の危険があった為……はぁ……貴方は一度寝たらずっと眠ってるとレオニダス様が仰られていたので安心していたのですが」
刺々しいシウンの言葉にアキトはさらに面倒臭くなる。
「……まぁ俺も男なんで」
「でしたね。これからは気を付けます」
――笑顔が恐いんだっつの。
アキトは小さく溜め息を付くと、もう一人行方不明なことを思い出した。
「ローレルは――」
「ローレルは生ゴミを処理しに王城近くまで行ってます」
なんで生ゴミを処理しに行くのに王城近くなんだよ、とツッコミつつ、アキトは面倒臭くなったので続きは聞かなかった。
暫くして眠っていたノヴァーリスが起きたが、彼女は自分の身に起こったことを全く気付いていなかった。
ただ夢見が良かったのか、少し沈みかけていた心が回復したのだと言う。
「へぇー。アレで回復するならいつでもしますけど」
「え?」
いつも眠そうなアキトがニヤリと自分に向けて笑ったのを見て、ノヴァーリスはキョトンとした顔をして首を傾げるのだった。
その後すぐ、アキトがシウンに後頭部を叩かれたのは言うまでもない。