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【リド】

 協会(カーネーション)の敷地はリドの想像よりも遥かに広大なものだった。


 協会へとリドがムーンダストに連れられて来た夜から、二回目の夕暮れが訪れようとしていた。


 昨日は教育係であるユキに迷惑をかけてしまったなと、ぼんやりと考えながらリドは無機質な石の廊下を歩く。腕の中にはたくさんの書物が抱えられていた。

 そして見晴らしの良い大きな漏窓(ろうそう)から差す光の色に思わずリドは立ち止まった。


 黄昏(たそがれ)だった。


「……あぁ、たった二日前のことなのに……」


 ――こんなにも遠い日々のように感じる。

 黄昏を見て一番に思い出すのは、父スパルタカスの冷たい眼差(まなざ)しだ。

 そして今となってはもう一人の腹違いの兄だったらしいシウンの優しい微笑みだった。


 一晩寝てリドは気付いた。

 ノヴァーリスの横に立つシウンの姿を思い出して、わかったのだ。


 ――シウンは復讐とかどうでもよかったんだよね。ただきっと貴方は……弟と同じ青だと言われた姫に興味があっただけなんだ。そして真っ直ぐに成長していく姫の横に居たかっただけなんだ。

 でなければあんな表情を浮かべてノヴァーリスの隣にいないだろうとリドは一人首肯く。

 シウンのノヴァーリスを見る目は、リドと同じだった。

 恋い焦がれる目だ。


 ――だから僕は気付いたよ。シウンが願っているのはたった一つ。青薔薇だと言われたノヴァーリス姫の幸せだけ。


「……そう、だよね?」


 空に向かって問うたリドは泣きそうになっていた。

 もう黄昏時は終わり、ほんの一瞬で沈んだ夕日の赤い残り日が闇に飲まれて消えていく。


 一息つくと、リドは自室に向かって再び歩き出した。

 抱えている書物の中には、大陸地図と国々の紋章と歴史が書かれたものもあった。これらは先日ユキに教えてもらった閉ざされた書斎から持ち出していた。


 大陸地図で見る限り、協会の中立とする領土は小国パンジーより大きい。一日かけて幾つもの書物を読み漁ったが、いつ頃この協会が設立されたのかも分からなかった。

 ならばと閉ざされた書斎に置いてあるものを持ち出して調べることにしたのだ。








 リドは彼に与えられた狭い自室でひたすら頁を捲り続けた。

 この狭い部屋は王宮に居たときより遥かに何もない。だが何故かこの何もない部屋は王宮のリドの部屋より居心地が良かった。


「パンジーは年々領土を減らしているなぁ……」


 その減らした分はダリアや皇国アマリリス、そして北のクレマチスに奪われていた。三つの大国に挟まれる小国故の憂いだろうか。

 だが数年前からパンジーに協会の介入――中立を謳う協会からすればただの技術提供があってからは周辺国の攻撃は止んだようだった。


「その代わり、皇国(アマリリス)の国境線で紛争が起きやすくなったのか……」


 そう言えば、兄であったクライスラーがよく皇国との戦に出陣していた。


 ――ダリアとクレマチスがぶつからないのは、二つの間に協会とパンジーがあるからで……

 だからこそ、ダリアからするとクレマチスは情報の少ない国家だった。その為スパルタカスやクライスラーは旅人と称した密偵を忍ばせていたりする。

 愚鈍だと呼ばれていたはずのリドは、こういうものに全く興味を示さなかったのだが、今はのめり込むように調べものを進めていく。


「……クレマチスは始まりの民の末裔が住む……?」


 始まりの民?とリドは首を傾げると、別の文献を探し始めた。

 暫くして、リドが表情を明るくさせ手に取ったのは、始まりの物語と書かれた絵本のようなものだった。


『雪溶けて氷の山から生まれし者、それ(すなわ)ち始まりの民なり。大地を覆う草木の露から生まれし者、それ即ち森の民なり。家畜と生き風のように生きる者、それ即ち風の子なり。始まりの民は自在に竜や獣の姿に変化でき、森の民は人の姿をした獣なり。そして風の子は自由を愛する人々なり』


 口に出して読んでみても、リドはただ首を傾げるばかりだ。謎かけだろうか、だが真実をそのまま書いてるのだとしたら?


「……つまり、人間以外の種族ってことになるのかな……?竜なんて絵本だけに存在するものだと思ってた……」


 見たことも聞いたこともなかった。

 少なくともダリアではそんなモノはいなかったのだ。勿論、隣国のロサもそうだろう。ロサの南に位置するハイドランジアはどうだろうかとリドはその頁を探す。ハイドランジアはさらに南の未開の地(アガパンサス)である森林地帯に住む蛮族からの攻撃を受けることが多々あるらしい。

 その未開の地(アガパンサス)は大陸の形上、ハイドランジアにしか面していなかった。つまりここもダリアにとっては全く情報がない。いや何も勉強しなかったリドにとっては、かもしれない。


「そもそもここもよく知らない……」


 リドが大陸地図を見ながら指差したのは、ロサの西にある無国籍地帯(サルビア)の砂漠を越えた先にある海洋国アザレアである。

 東に無国籍砂漠地帯(サルビア)があるため、実質()の国と昔から交流があるのは国境線がアザレアの南で重なっているハイドランジアだけだった。


 ――そもそも無国籍地帯(サルビア)の砂漠が大きすぎるんだ。

 ロサの一部の領地も砂漠の上にあった。リドもロサの文献で読んで知っている死神男爵の領地だ。


 リドは溜め息をついてから、ぐぐっと両腕を真上に向かって伸ばし、体を解すために少しだけ動かした。


 気付いたときには、もう時計の針は寝る予定だった時間よりも三時間は進んでいる場所に針を置いていた。


 リドも今夜はもう眠ることにしたのだった。

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