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【ノヴァーリス3】

「いやいやいや、ちょっと待って。僕に整理する時間をください。……天使に気を取られてうっかり邪魔なのが付いてるのが見えなかった」


 ノヴァーリスに声をかけてきた青年は端正な顔立ちだったが、彼女の後ろに控えていた四人を見てブツブツと独り言を繰り返し始める。


 ――変な人だなぁ……。

 ノヴァーリスは一人で自問自答を繰り返している青年を眺めてそんな感想を抱いた。

 橙色の髪はサラサラと流れて美しく、白い肌に琥珀色の瞳。長い睫毛は目を伏せると影を作るぐらいで、中性的な雰囲気の美青年だったのだが、ノヴァーリスはそのことはあまり気にならなかった。

 むしろ挙動と言動がおかしくて、申し訳ないと思いつつかなり変な人だと思っていた。


「なぁ、やっぱコイツただの軟派だって!」

「軟派?」


 ノヴァーリスが首を傾げると、ローレルは一瞬口ごもってから助けを求めるようにシウンを見る。


「……ふぅ。どうやらノヴァーリス様にお近づきになりたかった輩のようです」

「じゃあ休める場所というのは嘘だったの?」


 王宮育ちの王女であるノヴァーリスは長い間馬車に揺られることには慣れていなかった。その為やはり疲れていたのだろう。疲労感からなのか、シウンを上目遣いで見上げた彼女は甘えたような表情だった。


「残念ながらそうなのでしょうね」


 短い溜め息を吐き出してから、シウンはついノヴァーリスの頭の上に口付けを落とす。


「は?ちょっと待て今何した今!!」

「シウンくんよ。ふざけてるのか」


 シウンがローレルとレオニダスに無理矢理引き剥がされ責められる中、ノヴァーリスは自身の頭に触れて少し頬を赤らめた。


「……はぁ、ほらオウミ様。不発ですから行きましょう」

「カッコ悪いですよ」


 声をかけてきた青年――オウミの従者であるムッタローザとアナベルがやって来て、一人苦悩しているオウミを連れていこうとした。

 大通りは人で賑わっているが、流石に王子であるオウミは注目が集まる。

 だがオウミはこの人混みの中で、先刻のシウンの発言を聞き逃していなかった。


「ノヴァーリス様……あぁ!天使ちゃん、君はロサのノヴァーリス姫か!!」


 そしてウィンクしながらそう言い放ったのだ。


「「!」」


 全員が瞬時に驚きの色を見せる。

 アキトが眠そうな顔でシウンの背中を叩いたのは、彼の失言に対しての注意だった。


「……あれ?皆固まってどうしたの?」

「ちょ、オウミ様っ!!貴方いきなり何を言い出すんですか?!」

「いやだって……」


 喧騒が大きく当事者以外は誰も聞いていないのが救いだった。擾々(じょうじょう)たる大通りはいつも通り変わらず、時が流れている。


 二人の従者の顔が近付いてきたので、思わずオウミは気持ち悪そうに目を逸らした。


「……そんな貴方はこの国の王子、オウミ様ですか」


 眉間に皺を寄せながらシウンは自身のミスを取り戻す方法を思案する。


「うん、ビンゴ!てことで、本格的にここじゃ話せなくなりそうだね。さっき言ってた()()()()()()()()()()()()()()に案内してあげるよ。あ、罠じゃないから。それは安心して」


 目を細めて微笑んだオウミに一行は顔を見合わせた。

 彼の二人の従者もノヴァーリスに失礼にならないようにと、何度も頭を下げてくれている。


「あー、たくっ!いきなり王族にバレるとは……どっちにしろ、俺たちは付いていくしかねぇな」

「……ですねー。逃げても情報がスパルタカス王に行くだけですしー」


 レオニダスはガリガリと頭を掻くと、乱れた頭のままオウミたちの後を付いていくことにした。アキトもレオニダスの後を追っていく。


「……大丈夫です。行きましょう」


 心配そうなノヴァーリスの表情を見て、シウンが苦笑しながらそう言った。

 コクりと頷いたノヴァーリスの手を取ったのはローレルだった。


「きっちり仕事はするから安心しろよ!」

「ローレル……ありがとう」


 ノヴァーリスは小さく微笑む。彼女はローレルの砕けた口調に初恋の相手の面影を見ていた。ローレルに初めて会った時から、どことなく思い出の少年に持っている雰囲気が似ている気がしたのだ。


「……ノヴァーリス様、こちらは失礼します」

「はぁ?!真似すんな!!ボケッ」


 反対側の手を今度はシウンに握られ、ノヴァーリスは少し動揺しつつも振り払うことはしなかった。


 ――二人が合体したらあの人にもっと似てるのかも。

 そう考えてから、ノヴァーリスは可笑しくて歩きながら吹き出した。絶対に二人は物凄く嫌そうな顔をするだろうと想像してしまったのだ。

 クスクス笑っているノヴァーリスに、シウンとローレルは首を傾げるばかりだった。






「はぁ?!()()()()()()()()()()()()()()って娼館かよ!」


 大通りの途中を曲がる小道に入ったと思ったら、そこから幾度か白い塀を曲がった。そしてついた裏通りには怪しい店が幾つも並んでいたのである。


 ローレルがつい大声を上げてしまった通り、そこは娼館が並ぶ裏通りだったのだ。

 道行くのは女に縁の無さそうな醜男(ぶおとこ)か、稼いだ日銭で楽しみにきた男、または貴族の使いの者だと思われる男だけだった。

 もちろん男を見送る女や客の呼び込みをしている女もいた。彼女たちは乳房を出すためにしか見えないドレスを身に纏っていた。


「……こ、ここは、何をする為のお店なの……?」


 ぎゅうっと震える手でシウンとローレルにしがみつくように身を寄せたノヴァーリスは先程からずっと浮かんでいた疑問を口に出した。

 先刻からずっと自身に絡み付くような視線と、ボソボソと投げ掛けられている卑猥(ひわい)な言葉で大体を察していたが、あまりの恐怖に口から出てしまったのだ。


「……女が男に体を売ってるところ?」

「アキトくんっ?!」


 シウンとローレルが困っていると、前を歩いていたアキトがくるりと振り向いてそう言い放つ。

 ノヴァーリスは一気に顔を真っ赤に染めると、オウミが案内してくれた娼館の中の一室に到着するまでずっと下に俯いていた。


「さてと……ここなら誰にも邪魔されず、誰にも聞かれないで話せるよ」

「それにしてもなんでこんな場所に」


 満面の笑みで手を叩いたオウミにレオニダスは苦笑した。


「この娼館は僕が経営してる娼館なんだよねー。だからかな?」


 確かに案内された娼館は通り過ぎた他の店とは違い、清潔な雰囲気のする高級そうな店だった。

 この部屋も白い壁に立派な絵画や時計が飾ってあり、細かな彫刻などがあしらっている戸棚や机などの家具もある。広々とした天蓋(てんがい)ベッドも(しっか)りとしたものだ。


「……王子が娼館経営ですか」

「すみません、オウミ様は本当に残念な方なんです」

「エロの化身です、申し訳ないです」


 シウンの呟きに、ムッタローザとアナベルがお茶を用意しながら溜め息と同時に謝罪を吐き出す。


「いやいや、別に金儲けや自分の欲望の為だけじゃないからね?!僕だって監視ぐらいはされるんだよ。ある人から疎まれてるから。で、どこにでも密偵がいるし、気にすんのも面倒だろ?だから自分の店持ってそこを隠れ蓑にしようと思ってさ!こういう不潔で汚らわしい場所をあの人は嫌うから」


 そこまで苦々しい表情で話してから、オウミはぽんっと手を打った。


「あ。きちんとした自己紹介がまだだったね!僕はオウミ。このハイドランジア王国の王位継承者だよ!」

「従者のムッタローザです」

「同じくアナベルです」


 胸を張って名乗ったオウミに続いてムッタローザとアナベルも頭を下げる。


「さぁ、君たちは?」

「……私はノヴァーリス。先程仰ってた通り、私はロサの王女です」


 考えていても(らち)が明かないと、ノヴァーリスはシウンとローレルの手を離してから、覚悟を決めて答えた。それに対しオウミは嬉しそうに口角をあげる。


「ようこそ、ノヴァーリス姫。……ところで噂では誘拐されたと聞いていたんだけど……やっぱりあれは嘘みたいだね」


 ノヴァーリスの純粋な瞳を見つめながら、オウミはそう言い切った。

 ノヴァーリスはオウミからの視線に少しだけくすぐったさを感じる。そしてオウミが印象そのままの人物でないことをその時に悟った。


「俺は従者のシウンです」

「あ、俺は一応護衛で、ローレルっていう」

「ふぅん」


 オウミはシウンとローレルを一瞥すると、興味なさそうに頷いてから今度はシウンだけをじっと観察した。


「……なんです?」

「いや……なんか誰かに似てる気がしただけ。あと、僕たぶん君を怒らせるかもしれないなぁって思って」


 目を細めて笑ったオウミにシウンはピクリとほんの僅かに眉根を動かした。

 オウミの視線が一度ノヴァーリスを見たのだ。そしてそれをシウンが見たことを確認すると、彼に向けてウィンクをする。


「……オウミ様の噂は聞いておりましたが、それは叶わないと思いますよ」


 ふっと挑発的に笑ったシウンは隣のノヴァーリスの手を引いて、彼女の肩を抱くと引き寄せた手の甲に口付けを落した。

 何もわからないまま、そうされたノヴァーリスは突然の出来事に大きな目を(まばた)きさせながら真っ赤になって狼狽(うろた)える。


「いや!だから!何すんだって!!」

「いや一々ローレルが騒がないでください。関係ないので」

「関係あるわ!ボケェェッ!!」


 シウンを押し退けると、ローレルはノヴァーリスの手の甲を何度もゴシゴシと手拭いで拭い始めた。

 溜め息をついたシウンだったが、レオニダスの力の入った手が肩に乗っかったので薄い笑みを浮かべたまま、何かを口にするのは止める。


「まぁここまで来たらしょうがねぇ。一度小さい時に会ってるが覚えてねぇだろう。まぁぶっちゃけ俺も覚えてなかった。俺はレオニダスだ。今はロサで王女を誘拐した反逆者っつーことになってる」

「レオニダス様の従者アキトです……もう限界なんでベッド借りますね……」


 挨拶しながら天蓋ベッドのシーツの中に靴を脱いで潜り込んだアキトを眺めながら、オウミはレオニダスが差し出している手を握った。


「本当に君達を見付けたのが僕で良かった。今日は気兼ねなくゆっくり休んで。あぁ、隣の部屋も同じ間取りなんでそっちも使っていいよ。ここはもう彼が眠ってしまったし、男性陣が使うだろうから、ノヴァーリス姫が向こうをどうぞ」


 ノヴァーリスが「ありがとう」とオウミにお礼を言うと、彼は癖なのかまたウィンクをする。


「本当にオウミ様に他意はございません。ロサにもダリアにもこのことは伝わらないので安心してください」


 そう付け加えたアナベルが優しく微笑むと、レオニダスはその仕草に思わず見惚れた。

 それを感じ取ったのか、アナベルはレオニダスを見るとまた彼にだけ微笑んだ。レオニダスは年甲斐もなく思わず顔を赤らめる。


「……えー……っと!取り敢えず、君たちに会ってロサで起こっていることの大体は把握できたかな。で、ハイドランジアに知人でもいたのかい?」


 オウミはレオニダスがアナベルに騙されていることを知りつつ、何も言わずに話を続けることにした。


「えぇ。えっと、オウミ様。色々感謝しております。ですが、これから私たちがどこへ向かうか、詳しいことはお話しできません」

「だよね!わかるわかる。だけどノヴァーリス姫。この国で君の味方になれるのは、きっと……いや間違いなく僕しかいないよ。それだけは覚えといて」


 器用にまた片目を閉じると、オウミは申し訳なさそうな顔をしたノヴァーリスの頭を撫でた。

 それからオウミは「敬語を止めてお互い名前で呼びあわない?」と軽い口調で提案してくる。

 ノヴァーリスは少し戸惑ったが、触れられた手があまりにも優しい手付きだったので、ゆっくりと首を縦に振ることにした。


「ムッタローザ!アナベル!一先ず城に帰るよ!そろそろあの人が僕を気にする時間だ。あの人の()がこの辺を彷徨(うろつ)き始めてはノヴァーリスが見つかってしまうかもしれないからね」

「はっ!」

「それでは失礼いたします。店を任せている者には食事などもご用意させますので」


 オウミの真剣な表情にムッタローザが頷き、アナベルは一礼したあと最後にレオニダスに笑みを向ける。


「あ、浴室もあるから寝る前に入ったらいいよ。今日は薔薇風呂にしておくから」と最後に言い残して、オウミと従者たちは颯爽と部屋から去っていった。


「……あー、今日でマジ美形に殺意湧く理由が七つは増えたな」


 ローレルがソファに乱暴に座りながら舌打ちすると、シウンはボーッと出入り口の扉を見つめて突っ立っているレオニダスの肩を叩く。


「んぁ?!ど、どうかしたか?」

「いえ。……実はレオニダス様に真実をお伝えしようと思ったのですが、思いの外面白いので暫く放置させていただくことにしますね」

「ん?んん??」


 満面の笑みを浮かべて、シウンはアナベルの胸元が絶壁だった理由をレオニダスに伝えるのを止めた。いつかは気付くだろうと、それまでは楽しみながら見学してみようと思ったのだ。


「…………」


 ノヴァーリスは一人、部屋の内装を見渡しながら、ロサの王宮を思い出していた。


 ――何時(いつ)になったら、私は彼処(あそこ)に帰れるだろう。お母様に会えるのは……


 その自問に答えるものは誰もいなかった。

お読みいただきありがとうございます!

いつもは章が終わるときにしか後書きを書かないのですが、本日二名の名前を修正いたしました。


×シロードゥラン→○ジロードゥラン

×ラピナス→○ルピナス


すみません、世界や国やら登場人物まるっと花の名前(所属している国の紋章&名前で検索するとお花の画像が出てきますよー)なのですが、この二人の名前を私が見間違えておりましたm(_ _)m

たまに花単体の名前もいます(ユキとか)

そういうのも楽しんで頂けたらなと思いつつ(笑)面白かったら感想お願いしますね。めっちゃ喜びます(笑)


ちなみにシウンは【薔薇・紫雲】

青のダリアは【ダリア・蒼雲】

オウミは【紫陽花・青海】です。

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