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【オウミ】★

 ハイドランジア国王ウィローサには息子と娘が一人ずついた。

 なかなか子宝に恵まれなかったからか、一時期子種がないのではとまで噂されたウィローサだったが、数年後に側室の一人が懐妊したことを切っ掛けに、王妃も王子が生まれた一年後娘を生んだのだった。


 そんなウィローサの息子である王子の名はオウミという。

 彼は幼い頃からずっと女を手玉に取る魔性の美少年だった。

 二十歳になってもオウミは相変わらず色んな女性に手を出し、それは身分や既婚者関係なく手当たり次第だった為、流石のウィローサも彼の自由過ぎる性生活を改めるよう二人の従者を監視役として付けた。



「ちょっ、勘弁してよ!もう一月(ひとつき)もお預け喰らってんだけど!」


 ハイドランジアの王都で情けない声が路上に響く。


「いいえ、一月だろうが一年だろうが我慢していただきます」


 瑞々(みずみず)しい橙色(だいだいいろ)の髪を揺らして抗議している美青年を前に、壁のように仁王立ちしている女性は男でもなかなかいないほどの筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)だった。

 褐色の肌を露出させている格好だったが、柔らかい胸などまったくない。盛り上がった部分は全て金属かと思うほどの硬化な筋肉だった。


「なんでだよ!僕の立派なモノが腐り落ちてしまうだろ!!」

「オウミ様、いい加減にしてください。普通乙女の夢に出てくるような王子様はそんな下ネタ発言しませんから」


 静かなおっとりした口調でオウミを(いさ)めたのは、色白美人だった。細身で長身だったが、男を惑わすほどの色香を漂わせている。


「煩いよ!乙女の夢とかどうでもいい!男女が最終的に行き着く先は挿入しかねぇーから!!」

「「最低ですよ!!このエロ王子っ!!」」


 大声で喚いたオウミに従者二人のツッコミが落ちた。

 そんな三人のやり取りを遠巻きに見ている町人たちはいつものことかと生暖かい視線を向けている。


「いや!待て!大体お前たちは僕を勘違いしている。僕が来る者拒まずの節操なしとか思ってんだろ?!だがそこのムッタローザが全裸で迫ってきても命の危機を覚えるだけで欲情なんかしないと断言できる!!」


 これにはムッタローザの硬化な筋肉がピキピキと反応した。強面ではあるが一応女性である彼女にとって、流石に先程の発言は聞き逃せない。


「じゃあ私が全裸で迫ったらどうするのです?!」

「普通に吐くわ!!お前の下半身にぶら下がってる(おぞ)ましいモノ見たら前日に食べた物も全部まるっと吐き出すわ!!」

「王子、あんたの下半身にもぶら下がってるでしょうが」

「僕のは女の子を気持ちよくするために存在してんの!アナベルよ、お前のそれは男に苦痛と新たなる世界を無理矢理抉じ開ける為の(いびつ)な鍵じゃねぇか!!ふざけんな!」


 ゼェハァと息切れしながら叫んだオウミに微笑んでいたアナベルは雰囲気をガラリと変える。


「いい度胸じゃねぇか、てめぇの尻の穴に歪な鍵無理矢理突っ込んでやろうか?あぁ?!」


 先刻までの穏やかな甘い声は嘘みたいにドスの利いた声と乱暴な口調になっていた。完全におっさんである。


「あーもうヤダー!こんな従者いらねぇーよぉ」


 情けない声でわんわん泣き真似を始めたオウミにムッタローザとアナベルはため息を吐き出す。

 午前中からこんな下らないやり取りをしているとは、と考えてからアナベルはポンッと手を打った。


「そういえば、知ってます?隣国ロサのこと。女王が伴侶に裏切られ、王女は誘拐されたとか……」

「……はー、ノヴァーリス姫のことね。僕も一目ぐらい会ってそのままチューぐらいしときたかったなぁ。女王様めっちゃ美人だったし、絶対美少女だっただろうに。てかさ、本当は十五歳の祝賀会だから、僕行けるはずだったんだよなぁ。父さんが病気でも仮病でもさぁ……まぁ色々あるんだろうから、いいけど」


 オウミは深い溜め息をつくと、政治的な外交問題と口に出しそうになったのをぐっと堪える。


 ――でも正直、ロサのゴタゴタは他人事じゃないし。飛び火してこなきゃいいけど……


 自国の憂いを考えてから、面倒臭くなったオウミが大通りに顔を向けたときだった。


「……天使?!」


 大通りをキョロキョロとしている美少女がいたのだ。

 蜂蜜色の髪にコバルトブルーの瞳。人形のような愛らしさはまるで天使だとオウミは思った。


 その美少女は人目を気にしている節があり、王都の巡回兵たちに対して顔を背けたりしている。

 見るからに挙動不審だったが、オウミは訳有りの女の子ほど簡単に落とせるものはないという持論があった。


「ふふふ、禁欲生活も今日で終わりだ!俺はあの子とヤる!!」

「だから一々最低なんですけど」


 従者の忠言など聞く耳を持っていないオウミは素早く大通りの人混みに溶け込み、自然な足取りで美少女に声をかける。


「ねぇねぇ君!もし身を隠せてゆっくり休める場所を探してるんなら、僕が案内してあげるよ!」

「ほ、本当?!」


 ――はは、声も可愛いなぁ。

 鼻の下を伸ばし始めながら、そんなことを考えていたオウミは次の瞬間には表情が凍り付いた。


挿絵(By みてみん)


「では案内していただきましょうか」

「はー……良かったー。俺もう眠いんだよねー……」

「いやアキトくん、馬車の中で寝てたよね?!惰眠(だみん)(むさぼ)っていたよね?!夜通し馬を歩かせてたの俺なんだけど?!」

「つかさ、コイツただの軟派じゃねぇの?」


 美少女には四人の男がくっついていたからだ。

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