【ギネ】
「多くの仲間を殺したな。お前を信じていた者への裏切りに対してお前は胸が痛まないのか?」
抑揚のない冷徹な声でスパルタカスはギネにそう言い放った。
女王ルドゥーテが座っていた玉座に腰掛けている彼は、まるでロサの王だった。
アシュラムが座っていた席にはグレフィンが鎮座している。その間抜けさはギネが鼻で笑ってしまうほどだった。
「あんたは策略で嵌め殺した相手に一々情けでもかけるのか?犯りたくて犯った女がその後どうなろうが関係ねぇだろ。弱いやつが死んだ。馬鹿どもばっかりだったなって呆れを通り越して胸がムカムカするぜ」
「不敬な!口を慎め!」
ギネの口調や態度にダリア兵たちが激昂する。
だがギネは挑発するようにボサボサの獅子のような頭を掻き乱すと、余裕の表情で笑った。
「ははは、不敬罪にでも問うつもりか!ならばここにいる人間何人かは道連れにしてやらぁ。大体俺の王ではない。無論、そこの馬鹿面も違う!」
スパルタカスとグレフィンを順に指差すと、ギネはここに俺の王はいないと大声でそう言い切る。
今にも斬りかかりそうなダリア兵を制止したのはスパルタカスだった。
「よせ。無駄に命を失うことになる。……ギネよ。お前の忠誠心などいらぬ。ただ従え。ノヴァーリス王女を誘拐し反逆を企てているレオニダスを殺してこい。その際、反逆者の手によって王女が命を奪われることになったとしても、攻撃の手を緩めるな」
それまで戻ってこなくてもいい。と告げられてギネは肩を聳やかして笑った。
破れ鐘のような声が耳を劈く。
「必ずや反逆者の首をお持ちしましょう」
態度を少しだけ改めたように振る舞うと、ギネはスパルタカスに背を向けた。
「クライスラー、お前も行け」
「……御意のままに致します」
――人形みてぇだな。この坊ちゃんは。
ギネは出陣の準備をしながら、隣の馬の前で甲冑を着せられているクライスラーを横目で見る。
「……私が気に入らないのか」
「ははは、戦鬼クライスラー様。噂は聞いてますぜ。だが東の国境線は良いので?殿下」
ギネのすべてがクライスラーを小馬鹿にしていた。
クライスラーはそれを感じながらも、無表情のまま首を縦に動かす。
「皇国は今こちらに攻め込んでくる状況ではない。こちらを手中に納めるのが先決だ」
冷静にそう言った口調から、皇国の内部状況を把握しているのだろうとギネは思った。
「ふはは、殿下の事は少しだけ気に入った!」
「……何もお前に気に入られるようなことはした覚えがないが」
眉間に皺を寄せたクライスラーの背をバシバシと叩くと、ギネはギラギラとした目で周囲を見回してからもう一度クライスラーを見る。
「まぁ殿下はそこで見ていてください。俺が必ず片を付けますから」
ぶんぶんと腕を振り回したギネにクライスラーは馬に乗りながら問うことにした。
「ギネ。貴様はどうしてこちら側に付こうとしたのだ。私の父やグレフィンを王だとは認めていないなら尚更」
「……さぁね。ただこっちの方が強いやつと殺り合えそうだと思ったから、で納得してもらえますかね?ぶははっ」
馬上で大笑いするとギネは腕を掲げる。
状況把握のできていないロサの生き残りたちは、裏切り者を始末しようとギネに忠誠を誓っていた。
それがギネには腹を抱えてしまうほど愉快で仕方がない。お前らが殺す相手はここだと目を細める。
「さぁ始めようぜ。草木一本も生えないように、全部燃やし尽くせ!!反逆者は全員皆殺しだ!」
この日、レオニダスが想像すらしていなかったことが彼の領地内で起こった。
ギネはレオニダスの領民を全て彼を庇った罪人とし、家や田畑、物に限らず人すらも焼いたのだ。
女、老人、幼子すらも、見せしめのように全ての命が奪われた。
この日起こったことはロサ中を震撼させたのだった。