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【ノヴァーリス2】★

 ノヴァーリスは荷造りを終えてから、ベッドに腰を掛けたまま懐剣を取り出す。

 刃が光を反射するのを眺めながら、この短剣で変えられた過去はなかったかと昨夜の出来事を振り返った。

 だが考えても、こんな短剣一つでは誰の命も救えない。

 昨夜消えた命の数を想像し、ノヴァーリスは静かに瞼を伏せる。

 いつも通りの朝で、パーティーの準備で慌ただしかったが皆変わらず笑っていた。

 ルドゥーテが無事なのは分かっているが、護衛をしていたエマやテラコッタはどうなっただろうか、と息を吐く。


 ――それに……


「……リドは無事なのかな」


 ダリアの第二王子が死ねば流石に噂ぐらい聞こえてくるだろう。そう思わないと、ノヴァーリスには辛かった。


「……何故生きてる?もうとっくに死んでいるはずなのに」

「?!」


 両肩を強く押され、ノヴァーリスはいつの間にか天井を見上げていた。

 目の前には男がいる。

 いつの間にレオニダスの屋敷に侵入し、この部屋に現れたのかわからなかった。

 自分をベッドに押し倒し、馬乗りになっているのは一体誰なのか、とノヴァーリスの表情の色はだんだんと青ざめてくる。


「お前は死んでいるはずなんだ!!」

「ひっ!」


 男の腕が(つる)のようなものに変化し、そのままノヴァーリスの首を絞めた。禍々(まがまが)しい赤い眼光は最早(もはや)人のそれではない。


 ――この化物は一体なんなの?!

 呼吸が出来なくて苦しい。ノヴァーリスは顔を歪めながら、手にしていた懐剣を力一杯男の太股に突き刺す。


「ぐぎゃあぁっ?!」


 男の絶叫に階下からシウンたちが飛ぶように走ってきた。


「ノヴァーリス様っ!」

「ぬぅ!」


 太股に突き刺さった懐剣を抜き捨てると、男はノヴァーリスの上から素早く窓際まで移動する。だがシウンの踏み込みはそれよりも早く男に到達していた。


「貴様っ……!」


 剣の切り裂く音がヒンッと響く。

 次の瞬間には男の身体は真っ二つになっていた。


挿絵(By みてみん)


「……な、なんだよ、アイツ!強ぇじゃねぇか!……お、俺の次にだけどっ」

「わー……ローレルって恥ずかしいね」


 あまりにスピーディーな決着にローレルは口を開けたままつい感心してしまうが、ハッとすると負け惜しみを付け加えた。アキトにそれを見抜かれ、顔を真っ赤にして彼の首を絞める。


「……こいつは……人間なのか?」


 レオニダスが男の死体に近付くと、蔓のような腕がピクリと動き、次の瞬間にはドロッとした液体に変わっていった。


「な、何なの……?」


 部屋の隅に転がった懐剣を拾い上げながら、ノヴァーリスはレオニダスとシウンの間に立つ。二人の隙間から男の死体がドロドロと溶けていく様子を眺めた。


 最終的に黒い染みだけを残し跡形もなく溶け消えた男の死体の場所には、木の札が一枚残されていた。木の札には一つの紋章が描かれている。


「これは……」

「アマリリス皇国の紋章だわ……」


 シウンがそれを拾い上げると、ノヴァーリスはポツリと呟く。


 アマリリス皇国と言えば、ダリアよりも東にある国であり、さらにダリアとは長い間両国の国境で小競合いをしている国であった。


「はぁ?皇国(アマリリス)がなんで姫さんの命を狙ってんだよ」

「わからない。だけど……この人は『私は死んでいるはずだ』と繰り返し言っていたの。……そもそもこの人は人間?」


 人がこのように泥のように溶けて消えるのか。そして蔓のような腕を持つ人間がいるのかと、ノヴァーリスは頭の中が混乱していた。またローレルの言う通り、顔を合わせたこともない皇国に命を狙われる筋合いもなかった。


「まさか皇国までダリアと組んでるとかじゃねぇよな……?」

「少なくとも俺がや……いや、俺がダリアを通ってきた時はまた二か国の間で小さい紛争があったみたいだけどな」


 レオダニスの不安にローレルは頭を捻る。


「……今回のこれは……なんとなくだけど、ダリアとは関係ない気がする」


 そう言ったノヴァーリスに確信があったわけではなかった。


「……真相はわかりません。一先(ひとま)ず、これは持っていきましょう。……さて、ノヴァーリス様、出発です」

「えぇ」


 頭を振って気持ちを切り替えると、ノヴァーリスは木の札を服のポケットに押し込んだシウンをまじまじと見つめた。

 いつも着ていた燕尾服ではなく、動きやすそうな衣服に着替えていたからだ。黒の革手袋をキュッと着用する様子は何故だか新鮮な感じがした。


「……私はこのドレスで大丈夫なの?」


 不意にシウンと視線が絡まり、ノヴァーリスは慌ててそっぽを向く。

 それから誤魔化すように流石にドレスは目立つのではないかと口にした。勿論、シウンがくれた薔薇のブローチを手放すつもりはなかったが。


「あぁ、途中馬車の中で着替えていただきますから。ハイドランジアについたらドレス姿でも大丈夫でしょうし」


 目を細めたシウンにノヴァーリスは見透かされたような気がしてそわそわと手元が落ち着かなかった。


「馬車は四台用意して、俺たちが乗る以外の馬車は適当な方向に移動してもらうことになってる。迷惑はかけたくなかったが、協力すると煩くてな。勿論、領民には俺たちがどこへ行くかは伝えてないから安心しろ」


 レオニダスの台詞に頷くと、ノヴァーリスは窓の外を見る。

 田畑が続く丘の向こう側に見える森から、土煙が上がっていた。



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