【ユキワリソウ】★
「……貴方、俺に言いましたよね?干渉してはいけないみたいなこと。おい、聞いてんのかこのクソ金髪野郎……もといムーンダスト様」
「ユキちゃん、本当に隠さないよね~」
あはは、と苦笑しながら頭を掻いたムーンダストは、机の上に置いてあったオルゴールの螺を回し始めた。
キリキリと細工の音が響き、王子と王女を象ったブリキ人形が音楽に合わせてくるくる動く。そして二体は真ん中で交差するときに口付けを交わした。また離れ、中心で口付けを繰り返す。
「……最高幹部の意見を聞かず、勝手にリド王子を連れてきてどうするおつもりなんですか」
「いやだって、あの子はすごい才能を持ってるんだよ~?それはあの人もわかってるさ」
ブリキ人形を眺めながら答えるムーンダストにユキの怒りは頂点に達した。
ダンッ……と石壁を力任せに叩き「リド王子の教育係は俺がしますからっ!!全部髪の毛抜け落ちろ!禿散らかれ!!」と、怒鳴って闇に消えるのだった。
「ん~、禿げるのは嫌だなぁ……」
ポツリと呟いてから、ムーンダストは口角を上げる。
それから窓の外を眺め、協会の広場に最高幹部である男と数人の幹部たちが慌ただしく集まってきているのが目に見えた。
ムーンダストは人差し指と中指を揃え自身の手を銃に例えるとその固まりに向けて撃つ。
「バァン!」
「あ、あの、ユキワリソウさん……」
「……俺はその名前が嫌いだ。だからユキでいい」
「ではユキさん……」
「なんだ」
ユキは後ろをついてくるリドに振り向き足を止めた。
長い石の廊下はここにいる人間のように無機質で何か気味が悪い。言い知れぬ不安を感じて震えているリドにユキは微かに頬笑む。
「安心しろ。別にお前は何もされない。お前はムーンダスト様が勝手に連れてきた特異な存在で、あの人が選んだものを協会の幹部たちは手出しを出来ない。最高幹部でさえ、あの人には何も言えない」
それからユキはリドの肩に手を一度置いてから軽くポンポンっと叩くと施設を案内し始めた。
リドはユキには不思議と人間味の温かさと安心感を感じた。
他にも何人かの協会の魔法使いたちを見かけたが、全てがどこか人形のような薄気味悪いものに見える。
「……頭がおかしくなりそうだろ。あいつらは全員ほぼ洗脳されてる。俺もムーンダスト様の下で働いていなきゃああなってたかもな」
「洗脳って……」
「協会は大陸のすべての国の争い事に干渉はしない。が、すべての国に協会の持てる技術を惜しみ無く提供する……表向きのこの言葉には続きがある。我々協会は大陸の管理を任された選ばれし者たちである、とな」
吐き捨てるように言ったユキは周囲を見渡してから、協会の書院の奥にある閉ざされた書斎にリドを案内した。
書院の中だけでも蔵書の数がダリアの所蔵しているものとは比べ物にならないほどであったが、その閉ざされた書斎の中はさらに驚くべき数だった。
「……どうしてこんな」
「協会はその国の不都合であろうがなんでも記録している。消してしまった過去であろうが、王族が抱えてる秘密でも、な。……これを見たら、実質協会は大陸中を支配しているのと変わらねぇと思わないか」
ユキに同意するように頷いたリドは、近くにあった棚の一冊を手にする。無意識に取ったその本は、ダリアの王家について詳細に書かれていた。
「あぁ……ダリアでは抹消されていた、ソウウンのことが載ってる……っ」
「ソウウン?」
あるページを指で擦りながらリドの呟きに、ユキは首を傾げる。
「あ、ごめんなさい……青のダリアです。殺される弟に、僕が付けたんです」
「そうか……」
背中を丸めたリドにユキはただ相槌を打つだけだった。
ふと、その背中がピクリと何かに反応する。
「……そんな馬鹿な、彼は……彼は確かに生きてた!」
「どうした?誰のことを言っている?」
ユキが訝しげにリドの顔を覗くと、彼は真っ青な顔をしていた。
「シウンです、この、三番目の王妃の甥として書かれている、シウンは、姫の執事をしていて……っ」
ユキは震えているリドの指の先の文字を追う。
そして無言のまま、息を飲んだ。
『王妃ロゼア自殺後、城で王妃の世話をしていた甥も死亡。死体は協会が処分。尚――』
「本当に本人だったのか?間違いなく?」
王妃ロゼアはスパルタカス王の三番目の王妃だ。
あの青のダリアの母親である。
ユキが確認するように言うと、リドは大きく頷いて見せた。
「彼と別れるとき彼に思い出したと、僕と彼の思い出を口にしたら彼は驚いていましたが、確かに頷いて……っ」
「……そうか。リド、彼の死体を処分したという魔法使いは俺の教育係でリンドウという、今は協会から姿を消した男だ。……それとお前はこの記録の続きを読んだか?」
「……え?」
ユキは嘗ての仲間の姿を思い出しながら、書物をとんとんっと指で叩く。
そこは先刻の一文の続きだった。
『尚、ロゼア王妃の姉も五年前に死亡しており、七年前に王と関係を結び子を宿していた。つまり死んだ王妃の甥は王のご落胤である』
「……シウンは、……父の、落とし子?」
ふらりと力が抜けたリドを慌ててユキは支えた。
ユキはそのシウンという男を見たことはないが、このリドの様子から、本当に死んだはずのロゼア王妃の甥なのだろう。
「あぁ、そうだ。……彼は父と同じ黄昏色の瞳をしていた……」
独り言のように呟くと、リドの周囲の空気が震え始める。
「リドっ!落ち着け!魔力が解放されたばかりで、お前は力を上手くコントロール出来ない!心を鎮めろっ」
キィィーンっと耳の奥で響き始めた音に、ユキは顔を顰めてリドのか細い肩を揺すった。
「……可哀想な、僕の兄さん……っ、居場所がなく、生まれた弟も、母代わりの叔母さんも奪われて……どんなに辛かっただろう……っ、父をどんなに恨んでいたことだろう……!」
リドの心の叫びが書棚を揺らし、窓硝子は激しく震動している。だが、リドが涙を溢した後に気を失うと、それらは瞬時に止まったのだった。
「……クソ、厄介なヤツを……」
ムーンダストへの恨み言を頭の中で浮かべながら、ユキはその腕の中でぐったりしているリドの顔を見つめる。顔色が悪く目の下には物凄い隈があった。そして身体は痩せていて、特異な骨格をしているのだろう。肩や手足の骨の一部が大きく、まるで骸骨でも抱いているようだとユキは鼻で笑う。
それから顔をあげて今一度先刻の書物を見た。
リドの言う事が真実で、シウンという男がスパルタカスの落とし子であれば、彼がロサの王女の執事になっているのは偶然じゃない、とユキは考えていた。
リドが気絶する前に言っていた通り、彼は間違いなくスパルタカスを恨んでいる筈だ。そして、彼が仕えたときにはノヴァーリス王女とリドは既に婚約を結んでいたに違いない。
「……つくづく運のない男だな、シウンとやらは」
王子としては生まれず、母は死に、叔母をもスパルタカスに奪われ、生まれた弟は青のダリア、その後精神を病んだ叔母も自殺。
そして復讐しようと狙っていた筈だ。だがそれもグレフィンとスパルタカスによって機会を奪われた。
「……待てよ。……リンドウさん、あんた……助けたのは一人だけ、か……?」
今はここにいないリンドウに尋ねるように、ユキは一人呟く。
脳裏に浮かぶリンドウの穏やかな笑顔。思い出の中に答えはない。
埃っぽい書斎の中はただ森閑としているだけだった。