【ローレル】★
「黒の月桂樹という盗賊団を使って女王を殺そうとした上、王位を簒奪するつもりだったのが処刑されたアシュラム。そして王女を誘拐し、兄であるアシュラムと共謀した反逆者が俺ってことになってる」
「はー……最低ですね、レオニダス様」
「ついでに共犯者」
「……はー、俺、最悪の主人を選んだんですね。俺、超可哀想」
レオニダスに指を指されたアキトは顔を両手で覆い、落ち込み始める。そんな二人を見ながら、ノヴァーリスとシウンは状況を整理し、今後どう動くか考えを張り巡らせているようだった。
そんな四人を部屋の隅で眺めているのが、レオニダスが口にしていた盗賊団黒の月桂樹の生き残りだったローレルである。
――あー……これ俺、やべぇな。コイツらこんなのんびりしてるが早くしねぇと、ここに兵が攻めてくるじゃねぇか!
一刻の猶予もない状況に気づき、ローレルの頭の中は、どうやって抜け出し逃げるかということばかりが大半を占めていた。
そして結論が、逃げるなら今、だった。
四人が話し込んでいる今の内に、とっとと縄を抜けて逃げ出そうと思ったのだ。
ゴキッ……ゴキュッ……
ローレルには足の速さや並外れた反射神経、反応速度以外にも自慢できることがもう一つあった。
それは体の関節を外せることである。
「あ、痛っ!痛だだだっ?!」
「はぁー……言ってませんでしたっけ?それ協会が販売していた魔法の縄なんでー……関節を外しても無駄ですよー。生きてるみたいに締め付けてくるんでー」
無表情でそう言い放ってきたアキトにローレルは殺意が湧いた。
――そんなことは早く言っとけ、ボケェェ!!
涙目で低く唸っていると、ふとローレルは自分に人影が重なったことに気づいて顔を上げる。そしてぎょっとした。誰かと思ったらノヴァーリスだったからだ。
「……どうしてこの人を縄で縛っているの?話を聞けば私とシウンを助けてくれたんでしょう?」
ローレルを覗き込むように見てきた大きな双眸は宝石よりもキラキラと輝いているように見えた。
動いて話すノヴァーリスを間近で見たのは、ローレルにとって初めてである。城の中で見たときも遠くからであり、昨夜も彼女は気を失っていたからだ。
「得体が知れない者だからです。何度聞いても黙りで」
「それでも私を殺したい人なら、ダリア兵に突き出すか狼に任せとけば良かったでしょう?……えっと、きゃっ!」
「っ?!」
シウンに対して唇を尖らせると、ノヴァーリスはローレルの縄を解こうと縄に手を伸ばした。だが触れた瞬間に魔法の縄は伸びてノヴァーリスまで巻き込んで縛ってしまったのだ。
ローレルは顔にノヴァーリスの胸が押し付けられるという状況に吃驚して開いた口が塞がらなくなっていた。
「ノヴァーリス様っ!」
「あー……待ってシウン。これ縛った俺にしか外せないから」
慌てたシウンを制止し、アキトがローレルたちの横にやって来て縄を解いてみせる。
「あ、ありがとう、アキト」
「……んー、大丈夫です?」
突然のことに驚いたのはノヴァーリスもだったようで、彼女は気が抜けたようにアキトにもたれ掛かった。
そんな様子を見て、ローレルは小さく舌打ちする。
彼は先刻まで鼻孔に漂ってきた、今まで嗅いだことのないほどの甘い香りに鼓動が煩くなっていて、頬に当たっていた柔らかい感触が名残惜しかった。
「ノヴァーリス様、アキトの言う通り、大丈夫でしたか?」
「……大丈夫よ。少し驚いただけで……貴方は大丈夫?」
シウンが近付いてくると、ノヴァーリスはアキトから身体を離し、表情を一度引き締めてからローレルをもう一度覗き込んできた。
「あ、あぁ。俺は大丈夫……」
ノヴァーリスの瞳の中に自分の姿が映るのが何故かくすぐったいような感じがして、ローレルは黒目を泳がす。
「名前と職業を聞いてもいい?」
自身の胸元に彫ってある刺青を服の上から押さえつけながら、ローレルは小さく首を縦に振った。
「お、俺の名前はローレル。…………旅人、なんだ」
――さよなら、黒の月桂樹団!
ノヴァーリスの澄んだ瞳に向かって嘘を吐いたローレルは、清々しいまでに胡散臭い笑顔だった。