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プロローグ★

挿絵(By みてみん)

 女を王と(いただ)く国はアンデシュダール大陸の中でもロサだけである。無論、女王の伴侶は王となるが絶対的な権威はなく、女王の威光を支える存在だった。


「お、お生まれになられましたっ…!」

「そ、そうか!」


 中庭に駆け込んできた侍女の言葉に、ついに私も父親になるのかと胸を躍らせた王――アシュラムは無邪気な笑顔を浮かべると、大きく肩を上下させ呼吸を整えている侍女の肩を叩き(ねぎら)った。それから鼻歌交じりに城の中へ入っていく。


 その日、女王――ルドゥーテの世継ぎである王女の誕生に国中が沸いた。誰もが明るい未来と国の繁栄を思い描いたであろう――占い師の不吉な予言を聞くまでは。


「早く占っておくれ。この子に相応(ふさわ)しい名を」

「……お待ちを」


 ()(かご)に揺られる我が子を愛しそうに玉座(ぎょくざ)から見つめるルドゥーテとアシュラムに(うなが)されるも、老いた占い師は白い石の床を慎重に歩を進めていた。

 彼の国や周辺国では生まれた子の名を占い師につけてもらうことが慣例であった。


「……まさか」


 赤子に手を(かざ)した占い師はかすれた声で呟く。

 だがシンッと静まり返った謁見(えっけん)の間では、その囁くような声でさえよく響いた。


「申してみよ、今すぐに」


 ルドゥーテの声は普段の優しい声音ではなく、鋭利(えいり)な刃物を突きつけているかの(ごと)く冷たかった。


「……青なのです。御子(みこ)薔薇(ばら)は青なのです……っ」


 占い師の声に(おごそ)かな静寂に包まれていたはずの場が、一気に騒々しくなる。名付けの()は貴族たちへのお披露目も兼ねているため、暇をもて余している彼らは嬉々としてこの非日常的な異変を楽しんだ――相手が王族といえど、人の不幸は蜜の味なのだ。


 ロサの紋章は薔薇。

 それを魂と例えて色を見、未来を予言し、相応しい名をつけるのが占い師の役目である。だが彼女はただ唇を震わすだけで続きを口にしなかった。いや出来なかったという方が正しいだろう。


「青……だったら、なんだというのだ!」


 ルドゥーテの怒号のような言葉に占い師はやっと我に返ったように顔を彼女に向けた。くすんだ柿色のローブが小さく悲鳴をあげたように音を立てる。

 美しいルドゥーテの顔には苛立ちと不安の色が渦巻(うずま)いていた。その横でアシュラムは妻と占い師を交互に見ながら言いあぐねているようだ。


 三年前にも吐いた同じ台詞を口にするとは、と占い師は(しわ)だらけの上瞼(うわまぶた)を閉じる。


「……御子はこの国を滅ぼすでしょう」


「そなた、私は知っておるぞ。三年前にも、隣国ダリアで同じ台詞を口にしたそうだな。スパルタカス王はその為に三番目の息子を殺したとか」


「……あの御子も、青いダリアでした……」


 上瞼はこんなにも重かっただろうか。

 ルドゥーテの怒りに満ちた顔を思い浮かべながら、占い師は絞り出した台詞を言いきってから、彼女を見た。

 そして思わず息を飲んだ。


「私は違う。我が子を殺すものか。血を分けた母と子、その運命に逆らって見せようぞ」


 大理石に揺らめいていた人々の影は静止画のように時を止めていた。誰一人として噂することなく、森閑(しんかん)としている。


「わ、私も父親としてこの子とルドゥーテ、そして国も守って見せるよ!」


 凛としたルドゥーテの声とは違い、アシュラムの声は震えて頼りなかったが、それでも占い師やその場にいた者の心を動かすには充分だった。


「……では私の予言が外れることを祈って。御子にノヴァーリスの名を」


 深々と(こうべ)を垂れた占い師の色褪(いろあ)せたローブを眺めながら、ルドゥーテは誰にも知られないようにぎゅっと拳を握りしめる。女王として母として、その時彼女は覚悟を決めたのだった。


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