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【レーシー】

 レーシーは(ほとほと)困り果てていた。

 昨夜の夜盗の襲撃から今朝のアシュラムの処刑まで、あまりにも激動過ぎて感情や理解がついてこない。


「私はどうしたらいいのだ……」


 裏切り者のギネによって三階の窓から放り出された時、死を覚悟した。だが一命を取り留めることが出来たのは、あのエマという侍女のお(かげ)だった。

 落ちる勢いを殺してくれた糸の一部を握り締め、レーシーは酒場の奥のカウンターで歯を食い縛ばる。


『テラコッタという侍女を探し出して、ノヴァーリス様の元に……!』


 記憶では彼女は上半身と下半身が(すんで)(ところ)で繋がっているだけだった。レーシーもエマは既に事切れているだろうと思っていたが、彼女は生きていてレーシーを助けてくれたのだ。

 その時窓から身を乗り出したエマは言っていた。テラコッタという侍女を探し出すこと。そしてその侍女をノヴァーリスのところへ連れていくことを。


 ――私は託されたのだ……。

 次の瞬間にはエマの首はギネの凶刃(きょうじん)によって胴体から切り離されてしまった。

 思い出すだけでも吐きそうになる。


「彼女の想いを無駄にはしない……」


 エマの想い。そしてアシュラムの無念を。

 何故アシュラムが罪を着せられたのか経緯はわからなかったが、レーシーはアシュラムが悪の権現(ごんげ)だとは到底思えない。


 ――大体、城の者や兵を殺していたのはダリア兵と夜盗だ。それにグレフィンが白状していたではないか。

 ギネもグレフィン側だった。

 昨夜を思い出して、殺されてしまうと思ったルドゥーテが生きていたことを考え、レーシーはアシュラムが自身の命を引き換えにルドゥーテの命を救ったに違いないと結論付けた。


 レーシーは激昂すると鼻息を荒くし、注文した蒸留酒(じょうりゅうしゅ)を一気に飲み干す。どこかの骨が折れているのかずっと悲鳴を上げるような痛みがあったが、レーシーはそれを気力とアルコールで誤魔化していたのだ。舌の上に炎が走りそうな感覚を味わいながら、純白の鎧が人目につかぬように灰色のローブを(まと)い直した。


 昨晩のことをまた考えると、三階から落ちたときにレーシーを殺そうとしてきた黒装束の男の事も思い出す。

 特徴的な三白眼と八重歯のおかげではっきりと顔を記憶していた。


 ――あの男がもし生きて逃げているならば、グレフィン公の罪を立証できるかもしれない。


 アシュラムの処刑場では、一緒に夜盗たちの死体も晒されていた。夜盗たちの胸元には必ず黒の月桂樹団(ブラック・ローリエ)刺青(いれずみ)が入っていたのだ。


 ――問題は、私がテラコッタという侍女をあまり覚えていないことだな……。


 城の中で幾度かテラコッタという侍女と擦れ違ったことがあるのは覚えている。エマと同じく女王付きの侍女だったためだ。

 確かマラカイトのような髪色で肩までのボブヘアだった。

 背丈も大体このぐらいだったかと眉間に皺を寄せながら、レーシーは薄暗い酒場を後にする。


 今朝早くから町人たちに聞き回っていたが、一向にテラコッタの消息は掴めなかった。

 ダリアの兵に目をつけられては困るので、レーシーは慎重に探す。だが時間もない。このまま王都に滞在していては自身の身も危険だった。




「その子かわからないけど、夕べ遅くに来て今朝服を取りに来た子がそんな感じの子だったねぇ」


 丁度昼を回ったぐらいだろうか。

 仕立屋の女主人に話を聞いたら、頬に手を当てながらそう答えたのだ。


「本当か?!」

「えぇえぇ。本当さ。頭のてっぺんから毛先にかけて髪色が濃くなっていて……確かに緑だったね。瞳の色もそんな感じで……瞳孔が少し人と違う感じだったが、可愛らしい感じの子だったよ。言われてみれば王宮の侍女さん方が着るような制服だったかもしれない。黒のドレスを注文して着ていったのさ」


 逃げるために服装を変えたのか、とレーシーが頷いたところで、ふくよかな体を揺らしながら女主人は続ける。


「それにしてもあの二人の男は気味が悪かったね。一人なんて全身に包帯を巻いていたし、もう一人なんて口を縫合して口を利けないようにしていたんだよ!」

「?!待て、その者たちは辺境の死神男爵と付き人じゃないか!」

「へ?い、嫌だよ!まさかあの死神男爵だったのかい?!」


 レーシーの言葉に女主人は声を震わせると、真っ青な顔でレーシーに出ていけと手を払った。

 店を出たレーシーは昨夜の招待客名簿には確かに死神男爵の名前があったことを思い出す。だが祝賀会が始まっても姿を現さなかったので、てっきり欠席だとばかり思っていたのだ。いや、昨晩の祝賀会は欠席で正解だったのだが。


 ――ただ遅刻しただけだったのか。そして城から逃げてきたテラコッタと会ったんだな。


 いつもと変わらない町の様子を眺めながら、レーシーは薄汚れた石の道を歩いていく。


「……だが侍女を(かくま)う理由はなんだ?」


 レーシーは昨夜のギネの裏切りなどで、疑心暗鬼(ぎしんあんき)(おちい)っていた。

 あの変わり者の辺境の死神男爵には何か裏があるのではないだろうか、と。


 黒のシルクハットを(かぶ)った大男が馬に乗って町を去っていくのを見たという男の話を聞いたのは、それから数分後だった。

 思案していたレーシーは、門番たちの目を盗んで町を出る。商人から交渉して手に入れた白い馬に(また)がって。


 ――テラコッタという侍女を探し出して、ノヴァーリス様のところへ連れていく!


 自分の命を救ってくれたエマへの恩を返すために、女王と王への今までの大恩に報いるために。


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